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ギンヤンマ

 1929年、昭和4年は中学生の碧生蒼太郎にとって特別な年となった。

 この年12月、将来において航空特務士官となるべき人材を育成する素地となる事を主眼とすべく、海軍省令により海軍飛行予科練修生予科練制度(予科練)が制定されたのだ。

 応募資格は満14歳以上で20歳未満の高等小学校卒業者。

 この発布は湘南の海の近くで中学校生活を送る蒼太郎に、村長の口から聞かされた。

 元海軍の船乗りであった村長は碧生家の末っ子を幼い時から可愛がってきた。

 その子が空に憧れている事、強く敏捷な体と真っ直な心を持っている事も知っており練修生募集の知らせを持ってきたのだ。

 15歳の碧生蒼太郎はこの知らせに飛びついた。

 憧れの飛行士になれる。大空を飛ぶ事ができるのだ。愛する空と海と郷土を守る事ができる。

 蒼太郎は一心に勉強し、また家業の農業を手伝いながら体を鍛えた。

 勉強に疲れると相変わらず好きなみかん畑の丘の上まで駆け足で昇り、仁王立ちになって海と空を眺めた。

 カモメや他の海鳥が海の水面すれすれを滑空し、さっと魚を狩ると急上昇して彼方へ飛び去る。

 その飛び去ったはるか向こうにも他の国があって、同じように空を見上げている人々がいるのだろう。

 そのまた向こうにも、同じ海の潮騒を聞いている人達がいるのだろう。

 蒼太郎は世界が無限に広がっていくような、胸拡がる興奮を覚えた。

 飛行機に乗って空を飛びたい。


 早春、まだ寒い時期に試験は行われた。

 志願者は全国で5807名に上った。うち合格は79名。実に70倍近い高倍率である。

 合格者79名の中に碧生蒼太郎の名前があった。

 空を夢見る「あお」という文字が二つも入った名を持つ少年は15歳で第一歩を踏み出したのだ。

 その一報に小さなみかんの村は喜びに沸いた。

 まるで戦勝パレードのようなお祭り騒ぎである。

 祝いの夕餉が催され、教師や町の顔役も含め村中の人達が集まった。

 主役は蒼太郎であるが、まだ少年で酒は飲めないし、緊張で祝い膳の尾頭付きにも赤飯にも手を付けられない。

 学生服を着たまま上座に置き物のように座っていた。

 滅多に末っ子を誉めない父や兄も、蒼太郎の運の強さや根性を誉めた。

 優しい母は可愛がってきた小さな末っ子の行く末を思い、台所でそっと涙していた。

 ただの飛行士ではないという事を、空が大好きな一心で受験したあの子は分かっているのだろうか。

 彼らが飛び立つという時は戦いが起こっているか有事の時である。

 飛び立った先に待っているのはただの美しい青い空ではない。

 聡明な母は単純な息子を心配していた。


 翌1930年、昭和5年6月、碧生蒼太郎は海軍飛行予科練習生第一期生として、横須賀海軍航空隊へ入隊した。

 この時の身分は、後の『乙種飛行予科練習生』通称乙飛と称される。

 教育期間は当初2年11カ月。 その後1年間の飛行戦技教育が行われ、全課程修了時には海軍二等飛行兵から海軍飛行兵長に昇格する。

 碧生達第一期生は、当初横須賀海軍航空隊の追浜基地で教育を受ける事になった。

 実家からは非常に近い馴染みの土地でもあった。

 碧生蒼太郎は16歳になっていた。順当にいけば20歳には飛行兵として一本立ちできる。

 彼の未来は洋々と拡がっているように見えた。

 勉強や教官達の鉄拳制裁という独特のしつけは怖かったが、彼らはよく耐え前向きに学びを続けた。

 予科練で学ぶ座学は物理、化学、国語、漢文、地理、歴史、気象天測、通信(電信)他12科目に及ぶ。

 電信はモールス符号で、蒼太郎はコツを覚えて得意な科目になった。

 反対に化学と物理は苦手だった。

 体技・武技と言う名の体育・武術の訓練も欠かせない。

 体技は体育なのだが、特色あるのは「操転器」という回転する鉄筋の大きな玉に入る訓練がある。

 手足を伸ばして骨組みをつかみ、ぐるぐると球体を回して移動し、三半規管を鍛えるというものである。

 初めての者はたいてい悪心を憶え、実際下りてから嘔吐する者もいた。

 棒倒しや海軍体操等、他にも独特の体技も多かった。

 また陸上戦闘(陸戦)の訓練も欠かせなかった。

 海軍と言えど飛行兵と言えど、陸に上がって敵と相対すれば肉体をもって戦う事になる。

 ガキ大将レベルと遜色ない喧嘩を勝ち抜いてきた蒼太郎にとってこれは得意科目だった。

 碧生少年の未来は拓けていた。


 昭和6年9月18日。

 中国大陸に一つの爆音が轟き渡った。

 中華民国の奉天(現・瀋陽)の近郊柳条湖で、日本が運営する南満州鉄道、通称満鉄の線路が、爆音と共に破壊されたのだ。

 中国北部の満州国を実質支配し、中華民国政府と緊張関係にあった日本陸軍の動きは素早かった。

 瞬く間に中華民国の軍による破壊工作と発表し、証拠として中華民国軍の銃や軍帽、機械部品等を上げた。

 その爆音が、やがて日本を泥沼の戦争に引きずり込む事になろうとは、当時の陸軍も軍や政府中枢も、大陸に進出した関東軍も想像してはいなかった。

 関東軍は満州の邦人保護と報復を口実に、瞬く間に中国北部を制圧し、実質支配下におさめた。

 満州族出身の支配者、張學良は日本軍と争うのを躊躇し、敵対関係にあった中華民国の蒋介石に合流した。

 諸外国は広大な中国大陸における日本陸軍の電撃的な進軍に驚き、警戒の念を強めた。

 横須賀の穏やかな海と空で勉強と訓練に励む生徒達には、その事実はもたらされない。

 陸軍の軍事行動は、中枢にいる将官クラスを除いて海軍にはほとんど知らされない。まして勉学中の練習生になど。

 湘南の空は明るく雲は高く、訓練と座学の合間に見上げる碧生には自分を待つ広い世界しか感じられなかった。

 空は世界とつながっている。自分が学んでいる航空学も、科学も、全て外国から入って来た知識の賜物だ。

 碧生は飛行機と空が繋ぐ、外国の先人達と自分達との絆に感動することすらあった。

 日本が諸外国から警戒され、孤立しつつある事も知らなかった。


 たまの休み、学生は外出を許された。

 碧生蒼太郎も飛行学校の制服に身を包み、誇りを持って意気揚々と学校の外へと繰り出した。

 面倒見のいい上級生や下士官から花街へ誘われる事もあったが碧生はいつもさっさと家に帰っていた。

 生まれ育った湘南の村は横須賀の飛行学校から遠くはなく、電車に乗って海岸線をのんびり揺られればすぐだった。

 飛行学校の短い上着とすらりとしたズボンの制服に身を包み村への道を歩くと、見知った村の人々や、子供の頃街に買い物に行かされた時に世話になったお店の人々とすれ違う。

 皆逢う度に

「大きくなったねえ」

「立派になったねえ」

と顔をほころばせ、挨拶をしてきた。

 女学生は顔を赤らめ、中には碧生の制服姿を憧れの眼差しで見る娘達もいた。

 ただ海軍予科学生碧生蒼太郎はその手の機微に全く鈍感であった。

 17歳の彼は自分でも気づかないうちに背丈がぐんと伸び、昭和初期としては珍しい程の長身になっていた。

 周りの学生もぐんぐん大きくなる時期なので自分ではさほど感じなかったのだが、学校の外に出てみると実感した。

 子供の頃お世話になったおじさんや、村のおばさん達が皆はるか眼下に見えるのだ。

 顔つきは華奢で、日頃外で激しい訓練に明け暮れているにも関わらず色白のままであった。

 母に似て日に焼けにくい体質らしい。

 彼自身は女のように白い肌の色と、切れ長の大きな目、ほっそりとした涼やかな顔立ちは気に入らなかった。


 蒼太郎は村の誉だった。

 帰宅して家でのんびりくつろいでいると、必ず村の者達が

「これを息子さんに食べさせてあげて」

と採りたての野菜や果物、果てはつぶした鶏や水揚げされたばかりの鯛を持ってやってきた。

 夜は近所の人達が集まっての酒宴だったり、父や兄達の勉強や訓練に関する質問攻めに逢う。

 実は帰宅しても蒼太郎自身に安らぐ時間はないのだが、それでもやっぱり家は格別だった。

 優しく聡明な母は、甘えん坊な小さな末っ子が帰郷するたびにぐんぐん大きく精悍になり、一人前の青年になっていくのを眩しい思いで見ていた。

 だが風呂の湯の加減を聞かれたり夕餉の世話をされる時、蒼太郎は未だにどこか甘えたような表情と声で母と話した。

 家に帰っての風呂の際、母は必ず脱衣所の外から湯加減を聞く。

 それはかつては父や兄だけの特権で、末っ子の自分は訪ねてもらえなかった。

 蒼太郎は内心誇らしい思いで細い屈強な体を湯に沈めていた。


「蒼太郎さん、お湯の加減は熱すぎない?」


 脱衣所のすりガラスの向こうに、細く戸を開けて尋ねる母の気配がした。


「いやちょうどいいです、お母さん。あの……」

「なに」

「心配してくれてありがとう。やっぱり家って、親っていいですね」

「そんなに大きくなったのに、何を幼い事を言っているんですか。背だけ伸びた子供みたいですよ」


 子ども扱いされた蒼太郎は体を洗いながら鼻白んだ。

 むきになると長い手足を洗う手つきが荒っぽくなる。


「僕はお母さんの子供ですよ。ずっとずっとそうですよ」


 その言葉通り、優しく美しい母の息子である事は蒼太郎の誇りでもあった。


「でも貴方はじきに子供ではなくなりますよ。母親としては寂しいけれど嬉しい事でもあるわね」


 母は新しい寝巻と丹前を用意してくれた。

 湯上りにそれを着て狭い自分の部屋に行き布団に転がる。

 よく干した日向の匂いのする寝巻と、のびのびと足を延ばせる柔らかい布団。虫の声と、みかん畑を吹き渡り葉をそよがせる風の音。

 子供の頃から変わらない、大事にしているものがそこにあった。

 ただ一つ気になるのは、帰郷するたびに母の顔色が青白くなり、元々ほっそりとしていた姿がよけいに痩せ着物がだぶついているように見えることだった。

 もう学校に帰るという日の昼餉の後、蒼太郎は思い切って台所に行き母に尋ねた。


「お母さん、何か体の具合が良くないように見えるんですが」

「ああ、心配かけた? ちょっと咳が続いてね。多分季節の変わり目によくひく風邪。おかげで食欲もなくて着物も緩くなってしまうのよ」


 母は女中の動きに目を配りつつ青白い顔を向けた。


「本当に気を付けてください。お母さんが元気でないととても心配です。親父や兄貴が何と言っても街のお医者にかかって診てもらってくださいね」

「ありがとう蒼太郎さん。その優しい所は子供の頃から変わらないわね」


 母は細い首をかしげて透き通るような微笑を浮かべた。


「当たり前です。僕がこの世で一番尊敬するのはお母さんですから。お母さん……と、天皇陛下です」


 あわててとってつけた末っ子の言葉に、母は笑い出し、すぐに顔を引き締めた。


「蒼太郎さん、貴方ももう大人なのだから自分の言葉には責任を持ちなさい。高い空と広い世界と、同時に足元の小さな世界や自分の周りのささやかな世界も大事にできるよう、そういう人におなりなさい。お母さんは学問がないから貴方に何も教えてあげられないけれど、これだけは言っておきたいの」


 後年、この時の凛とした母の表情を、彼は痛みを伴って思い出す事になる。


 学校に帰る電車に乗る前、蒼太郎は村はずれの墓地に足を向けた。

 丘の上の、海と村全体を見下ろす場所に立った村の墓地。

 震災で死んだ子供の頃の友人「さっちゃん」こと『おがたさちお』の墓墓参りをする為だった。

 さちおの名は緒方家代々の先祖が眠る墓石の一隅にあった。

 7歳という享年が、童子のまま逝ってしまった魂を思い出させた。

 少女のように美しい澄みきった明るい目の、独自の世界に生きていた幸男。

 戦死したと知らず、兄の帰りを待ち焦がれていた小さな姿のまま、空に吸い込まれ地上に落ちて死んでしまった。

 蒼太郎は母が庭から切ってくれた仏花を供え、彼の好きだった饅頭を置いた。

 そしてしばし祈り、坂を下りて街の駅へと向かうのだった。

 背の高い細い制服姿が風に吹かれ、17歳と言う年齢に似合わぬもの寂しい風情を醸していた。

 母親譲りだろうか、軍人の卵というにはどこか透明感のありすぎる、儚い空気を彼は常にまとっていた。


 昭和7年5月15日は日曜日である。

 その前日5月14日の土曜日、蒼太郎は当分帰郷に及ばぬという父からの電報を受け取っていた。

 母が結核で血を吐いて倒れ療養しているからと言うのだ。

 うつるといけないからお前は戻ってくるなと言う、父と兄の知らせだった。

 家の事は使用人がいるし、母の看護もやってもらっているから心配ないとの文面だった。

 碧生蒼太郎は勉学に励み18歳の精悍な飛行学生になっていたが、電報を受け取るなり血の気が引いていくのを感じた。

 以前帰郷した時不安になるほど青い顔色をしていたのは、この病の為だったのか。

 思えばその頃は既に、相当病状が進んでいたに違いない。

 15日の日曜日になり外出許可が下りると、蒼太郎は真っ先に学寮を飛び出し実家へ向かった。

 来るなと言う父と兄の言葉は無視した。一刻も早く母を見舞い、顔を見て安心しなければとの一念しかなかった。

 小銭を出す手ももどかしく震え、彼はやっとのことで切符を買い、いつも帰郷する汽車に乗った。

 海辺の崖下の線路を進む列車。片側の崖にはみかんの木が青々とした葉を茂らせ陽の光を弾いている。

 蒼太郎はその眩しさをいつも愛していたが、この時はそこに心を向ける余裕すらなかった。

 母が血を吐いて倒れた。

 母が労咳になってしまった。

 治す薬もない病になってしまった。

 蒼太郎は固く目をつぶり、瞼に浮かぶ、先日帰郷した際の青白い母の姿を打ち消そうとした。

 だが母が倒れたという事実は彼の心を打ち倒すのに十分な力を持っていた。

 最寄駅の名を読み上げられても彼は到着したのに気付かず、慌てて汽車から飛び降りた。

 蒼太郎は村への道をひたすら走った。

 一刻も早く母の顔を見なくては。

 知り合いの挨拶にも気付かず、その一心で街から村への上り坂を一気に駆け上がり、走り続けた。

 二度三度、制服の帽子が飛びそうになったが手に握って、短く刈り込んだ頭全体に海風を受けながら走った。


 家に全力で駆け込み、何事かと使用人達に驚かれた。

 屋敷奥から出てきた父と兄に、蒼太郎はこっぴどく叱られた。

 軍人としての勉学に励む末っ子への折角の気遣いを無にしたと。

 いつもなら素直に謝る蒼太郎だが今日は違った。


「お父さんとお兄さんが自分を気遣ってくれたのはとてもよくわかります。でもお母さんに会いたいんです。会わせてください」


 蒼太郎は感情の高ぶりを抑えるのに必死だった。


「会わない方がいいぞ蒼太郎。お前が母さんを慕っているのは皆よく分かっている。でも母さんも、病み衰えた自分の姿をお前に見せれば絶対心配するだろう思ってる。だから知らせないでくれと言ったんだ」


 日頃気短な兄が、珍しく優しく諭した。


「それと、うつるぞ蒼太郎。労咳はうつる病だ。お前が感染したまま学校に帰り学寮や飛行学校中に拡がってみろ。どうするつもりだ」

「僕は大丈夫です。こんなに鍛えているんだし、絶対に病にかかったりしません。そんなにやわじゃありません」

「そういうもんじゃないんだ、あの病は」


 父が静かに割って入った。


「もういい。こいつが会いたいと言うんだ。どうなってもいいんだろう。会わせてやれ。その代わり絶対に俺達に取り乱した姿は見せるな。いいな」


 そう言い捨てて、不機嫌そうに屋敷の奥に入ってしまった。


 兄は蒼太郎を連れて土蔵に向かった。

 彼は不審に思った。なぜ土蔵なんかに? 母は母屋の座敷に寝かされているものとばかり思っていた。


「お母さん、蒼太郎が見舞いに来ましたよ。言いつけの通り『見舞うに及ばず』と書いたのですが、この馬鹿がどうしてもと帰ってきてしまって」


 兄は分厚く重い土蔵の扉を開け、中に声をかけた。

 この土蔵は自分も入った事がない。

 頑丈な錠前が付いており、碧生家の先祖代々の大事な物が入れられていると言われていた。

 兄に促され、蒼太郎は中に入った。


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