パートフォー
○パートフォー○
その37
牧谷ゆりは、熱い缶コーヒーとペットボトルのお茶、毎日岸和也が注文する弁当が届くとあわせて、岸和也の資料室まで届けてくれるようになっていたのだ。
というのは、岸和也は、没頭するタイプなので、昼食を取り忘れることがしばしばあったというわけだ。
甘い匂いが、岸和也の鼻をくすぐるのであった。
本来、牧谷ゆりは、化粧の目立つタイプではなかった。しかし、最近、牧谷ゆりは、特徴的な甘い匂いを漂わせていた。計画が確実に実施されるには、この匂いが強烈であることが望ましかった。
岸和也は、口には出さないがその牧谷ゆりのこの匂いの理由を知らなかった。
岸和也の情欲の妄想は、この世界と「水と炎」の世界とを統合するために不可欠なものであった。
とは言うものの、ある事実についてこれは署内において公然の秘密というものになっていた。ただ、岸和也という例外をのぞけば。ようするに、署内で誰でも知っていることなのだった。
それは、どういうことかというと、岸和也も、牧谷ゆりが、三国一平という若者と、親しげに手を繋いで歩く姿を一度目撃しているのである。世情にうとい岸和也でさえもこの秘め事の一端に触れていた。
* *
三国一平、この若者がこの警察署に勤務するようになってそんなに月日が経っているというわけでない。三国一平は。この署において、まだ新人なのであった。
しかし、この新人の警察官、三国一平の活躍ぶり、働きぶりというのは、この警察署のほかの署員にとっては、目覚しいものがあったのだ。
「とにかくすざまじい能力を持つ新人」という評価を、短い期間に、この三国一平は、いく先々で勝ち得ていたのだ。
失敗ではあったが、そこに三国一平があらわれることで、嫉妬心を覚えた。計画は、あと一歩のところまで行っていたのだ。
資格、法律、そんなことはどうでもいいことだった!
(問題が解決できれば!)
彼は、実際に、多くの難問を解決してきているのだった。
とにかく、私は、何かを命令しているわけではなかったのだ。
そして、虚ろ船は、発覚するまで、この世界の人間と交流を続けた。
そして、虚ろ船は、発覚してしまい。交流は、そのときから途絶えてしまっていた。
* *
あの晩の葛藤が岸和也の心に蘇ってきたのだ。
岸和也の心には、確かに、葛藤というものがあった。このハレンチな思いから遠ざからなければ、この思いを断ち切れなければ、とんでもないことになってしまうかもしれなかった。
岸和也の頭の中には、あの日の夜のことが蘇ってきた。
岸和也は、現実と妄想の世界の境が見分けられなくなっていたのだろうか?
嗚呼、短い時間にいくつもの淫らな妄想が、
あの深夜の妄想の強烈な印象が……。そこには、牧谷ゆりの豊満な肢体が目の前にあったのだ。
岸和也は、凝視する。目を背けることができないというわけでああった。
妄想そして、現実に、さらに現実に、岸和也は、強烈な甘い匂いのために、体の中でなにかの力がうごめきだしていることに気づいた。
* *
彼女の体に触れてしまう。
神が登場! 得体の知れない強烈なものが現れた。
* *
上司の神尾、上司の神尾、上司の神尾
.エロの署長の神尾望夢
毛布にくるまって寝ている。
彼は、良い方に考える。決して、遊び過ぎで寝ているとは絶対に考えない。
「あの人が、あなたの反応を見てきてほしい」
縁故ではないかと噂されている。
歓迎会が開かれなかった。
彼が、例の甘い香りが店の前にいたことを知っている。
彼女は、彼がその部屋を留守にしていた時に、この部屋を私用で、隠れ家として利用している。
彼女は、この部屋でうたた寝している時さえももある。
大教授の弟子であるので、このポストを与えられているというところまで、彼女は調べ上げている。
強力すぎるライバルが現れたとしても、岸和也には、牧谷ゆりを庇うことしかできない
その38
岸和也は、クズ、カス、変態!
岸和也粘り強い、思い込みも粘り強い。
ライバルを、その素性を、調べ上げる、つけ回す、騙す、罠に陥れる。悪口を言う。濡れ衣を着せる。
殺人さえも厭わない。
さらに、裏切り、敵に味方し、売国ヤロウ!
彼女、彼を問い詰める。
ここに、一冊の正体不明の資料がある。
それは、不思議な世界を旅した女性らの相談にのった担当官による報告書をまとめたというか、これらの相談のもととなった彼女らによる手記のようなものである。
資料には、悲劇的な結末というものが暗示されていた、それは、読んだ彼の感想にしか過ぎないが、
牧谷ゆりが出版した本の帯には次のような文言が書かれ、多くの人の興味を引いた。
.「異世界絡みの人々」
「エリート、牧谷ゆりの彼氏」
「岸和也、公園でも子どもたちに悪さをしていた?」
「この人物と亀井一族の系統との関係は、ありそうな感じがする」
「しかし、本質的なところでは、対立とは超越した謎の勢力であることは確かだ!水と炎のシステム』に見られるように」
「虚偽を元に成り立つストーリー、世界観、未来像」
「虚偽が露見して、崩壊しそうで、崩壊しない未来、世界観」
「岸谷は、自分が神ではなく、主人公でもないことを思い知らされてしまう」
「岸和也について話そう。笑えるから」
「その日は、ライバル登場!」
「異世界から、きた超能力者とでもいうべきものである」
その39
もう何日も雨が続いている。梅雨はまだ終わっていない。
特に、この二、三日は、降りがひどくなっていた。
岸和也は、今日もこの大衆居酒屋にやってきたが、あいつは、指定席にはいなかったのだ。
岸和也の心は、空虚な日が続いていた。
非番のとき、この時間帯には、岸和也は、この大衆居酒屋に、必ず顔をだすことにしているが、やつに会うことができない。ただ、店は雨にも関わらず、客で混雑していた。
こういうことは、以前には全く考えられなかったことであった。
* *
ついにシステムが起動し、世界の統合はもう戻ることが出来ない局面を迎えていた。
薄汚れた迷彩服を着たあの男は、どんなにごった返している日でも、この大衆居酒屋の自分の指定席にいて、岸和也がこの大衆居酒屋を訪れると必ずあの男に会うことができたのだ。
しかし、岸和也は、この何ヶ月かこの男と連絡がとれてはいないのだ。
この日も、岸和也は、この大衆居酒屋に閉店まで居座ってみたが、岸和也は、迷彩服を着たあの男を見ることはなかったのだ。
この数ヶ月で、岸和也とあの迷彩服を着た男を取り巻く環境は全く変わってしまっていた。
この数ヶ月で、一番変わってしまったのは、特別調査費として、岸和也に支給されていた金があり、それを丸ごと岸和也は、あの迷彩服を着た男に渡していたのだが、その金が突然支給されなくなってしまったのであった。
世間では、用済みになった岸和也のことを笑いものにする人間があちっこちに出現していた。
だから、岸和也は、上司の神尾望夢に抗議しているというわけだ。
するとまた陰口が聞こえてくる。
「あいつは、正規の職員ではないのだから、こういう事もあり得る。あいつも、分かっていたはずだから構うことはない」
その40
岸和也の独白
(傘を打つ雨音が、神経を集中させてくれたのか、酔いは覚めてしまい、岸和也の頭の中は自分が関わっていた事件の一つ一つが、岸和也の手元から今では離れている)
(岸和也は、ようやく波に乗れかかっていたのに、岸和也の未来が開け、岸和也は、ようやく世間に認知され始めていた頃であったのに、岸和也にとってこの充実した時期というのは、あまりにも短かったというわけだ)
(岸和也が取り組んでいた事件のいくつかを、あの新人はいとも簡単に解決してしまったのだ)
(考えてみれば、岸和也は、不運だったと言わざるを得ない)
(ビギナーズラックというものに過ぎないのだろうが、あの新人は運が良かった。確かに、新人には資質があった。新人というものは、思い込みや偏見というものが比較的に見られない。たしかに、彼には偏見のようなものがなかったのだ。自分の疑問を素直な発想で 整理してみる。そしたら、周りからすれば、奇想天外な形で、手掛かりとなりうるもの、手掛かりとなりうる事実、手掛かりとなりうる証拠を発見してしまったというわけであった)
(既成概念にとらわれない発想、簡単に見えて、実は、闇の中の黒幕、そんなものに、偶然とはいえ関わってしまう。それも、その人間が持つ才能というべきものだ。新人のお手柄である)
(くそ! 本当にどいつもこいつもくそやろばかりだ)
(そんな偶然を含めて、その新人は、大いに評価されることになったのだ)
(岸和也が、そして、元は彼の所属する警察署が、抱えていた難事件事件は、同じ黒幕、同じ団体、組織を背景とした事件として、一気に、一網打尽に解決してしまいそうな展開になってきたというわけである)
(どいつもこいつも、俺が思っていたより、百倍くそ野郎ばかりだ)
そして、この新人に変わって、岸和也は、いろんな仕事から手を引くことになりそうな気配となっている。
そして、岸和也にとって自分の仕事回りで整理すべきことがいろいろと出てきているというわけだ。
* *
冴子の独白
私は、駆け出しの歌手。
(あのときに、私たちは私たちの世界とこの世界へと向かう道がつながるときに、起こった行き違い(不運)の中で、死んでいった私たちは、私は、死んでいったものたちの代表として、こうして蘇ることになったの、あなたがたは、この計画がどんなことを意味するのか十分に分かっているはずよね。)
彼女は、今度の予言者たちが話していることがついに実現しようとしているのだ。このことについて話していた。
水脈を通して、再び、私たちの分割された世界は、もとの一つの世界となって蘇る。
そう、みんなの言う通り! 私の人生はいろいろと大変!
私の人生は大変さ、その理由は、いろいろあるけど、しかし、それは、ろくに知らない相手の人に対して、ペラペラと話してあげられるような内容ではないのよ。そして、誰もがそうだと思うけど、その理由の中には、私の心の中にだけ、しまって置きたいものもある。人は、絶対に人に知られてはいけない秘密のいくつかを持っているものなのよ。だから、その理由は私の素振りや態度から、なんとなく感じとってほしい。
そして、信じてほしい。私は、ただ歌を信じて、歌のことを、ただそれだけを考えて生きてきた女。
本当ね! 今、私は、私のキャリアは、大事な時期に差し掛かっている。
そんな時期だからこそ、私の周りには悪い噂が、いろいろ流れてくるのよ。
でも、噂に関しては、良い噂でも、悪い噂でも、私は、それについて語ることはしないの。
というのも、それが私、冴子の生き方。
冴子の考え、それは、秘密を守ることは、自分の大切なものを守ること、そして、自分の大切な人たちを守るということ。
冴子は、知っている。あなた達が、聞きたい事が何なのかということ。
この街がずいぶんと安全になり、多くの人が訪れるようになったこと、そして、その人たちが、深夜でも安心してこの街で過ごせるようになったこと。つまり、これに対する私の意見。
そして、あの評判の悪かった輩、この街で評判の悪かった輩が、一掃されてしまったあの晩の交通事故。あの事故について思い当たることはないかということ。
あの輩を襲った不幸な事故については、警察でいろいろ聴かれたわ。あの晩、私があの輩に、追っかけ回されていたことは、街中の誰でも知っていることなのよ。だから、警察が事情を聴きたがるのは当然のことなのよ。
でも、その晩について、私には完全なアリバイがあることは、警察でもきちんと把握していて余計なことは聴いてこなかった。
警察で、街を駆け回っていた時、私が、私、冴子が全裸であったか聴いたのはよけいだと思う。
でも、それは「YES」。隠すほどのことでもないから、私、冴子は「YES」と答えておいた。
警察では、同情されたけど、私、冴子は同情されるほどのことではないと思う。
だって、人は、いざというときには、一糸まとわぬ状態であっても、そんな状態であっても自分の大事なもの、大切な人を守るためなら、街の中を駆け回れるものなのよ。
その41
それから、奇妙な出来事が出来事が起こっていたのだ。
冴子は、冴子が逃げ込んだスタジオのオーナーの咲に着せてもらったジャージを着ていたのだ。
* *
三国一平は
「もう予定の時間は過ぎているんですよ」
「あら大変!」
「何も起きてはいないのです。残念なことに」
「どういうこと」
* *
「我々が勘違いをしてしまっているのか」
「そうじゃなくて、私には感じるのよ。何かが起ころうとしているのよ。約束は、まもられているはずよ。実際に、私がここにいるのがその証拠だもの」
* *
(コーダ)
何かが時を刻み始めている。
それは、
署長に誰かが、声をかけた。
「署長、お客さんがお見えです」
「……」
「署長、吉富さんとおっしゃる方がお見えです」
署長は、振り返る。
* *
吉富の独白
ドアのところに一人の男が立っている。
「……」
「署長、お久しぶりですね」
「ええ、君は!」
「吉富です」
「おい、君たちなんか焦げる匂いがしないか」
署長の周りの人物がせわしなく動き始める。
「署長、大変です」
* *
鮫洲は、いつもの大衆酒場の客席の奥まったところの指定席に陣取り、いつものペースで飲んでいた。
そこに、駆け足で蕪木栄一刑事がやってきた。蕪木栄一刑事は、鮫洲の知り合いであった。岸和也を通して知り合いであった。
「何で君はこんなところでのんびり酒なんか飲んでいるんだ。ここにいては、危険だぞ。まもなく、この世界は、我々の住んでいる世界は、消え去る運命にあるんだ」
蕪木栄一刑事は、腕時計を鮫洲に示した。時計の画面は、カウントダウンモードが表示され、残り時間は五分を切っていた。
「警察署に異世界との結合に必要なメンバーがそろってしまったと言うことだ。この世界は、統合の作業をすでにはじめている」
巡り巡って、「真夏の夜の夢」と古代から呼ばれていた二つの世界の統合が始まったのだ。
二つの世界の統合と言えば聞こえはいいが、この統合によってひとつの世界が消滅すると言うことだ。統合とは、合体の意味ではないのだ。一つの世界が勝ち、一つの世界が滅びると言うことなのだ。すでに、どちらの世界が消滅してしまうかは決定されている。
そして、統合にそなえて、「水炎システム」が稼働している。
そして、俺はその統合を主催する「亀井閑子」「吉田暢子」「喜多真知子」が、カンバンモーターで起動された「虚ろ舟」が、警察署に向かっているのを目撃したのだ。
蕪木栄一が鮫洲に説明しているうちにも、時間が進み、もう一分を切ってしまった。
そして、この世界が終わりを迎え、異世界に置き換わってしまう時間がやってきた。
警察署がものすごい音響とともに、大衆酒場の客席にいる蕪木栄一と鮫洲の見ているところで崩壊をはじめた。つづいて、恐ろしくまぶしい光が警察署から発せられると、蕪木栄一と鮫洲は、まったく目が見えなくなってしまった。そして、まぶしい光はいつまでもつづき、世界が異世界と統合されてしまったと、思われた。
何も見えない強烈な光の世界の中で、蕪木栄一の時計のアラーム音がとまらずに鳴り続けているのが、この話全体を不審に思わせた。
了




