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パートワン 1/4

題 世界は事件でできている


   あんたのわたし


○パートワン○


      その1


彼女は、急に身動きがとれなくなった。町中まちなかの出来事である。彼女にとって異変はすでに始まっていた。


(遅れそう!! こんな時に限って!!)


彼女は、踏ん張ろうとした。自分に対して叱咤した。


(まただわ、情けない!)


彼女は、意識を失いかけていた。彼女は、手すりをつかんだ。なんとか歩道に彼女は倒れずにすんだ。


「なんということか! 女王様」


「しっかりと目を見開きなさい!女王様」


彼女を強烈なしびれが襲った。彼女は、不意に反応した。彼女には何か話しかける声が聞こえた。


(女王様? 女王様って、何? 誰のことを言っているの)


彼女は、町中にありながら、あたかも夢の世界にいるような、そんな体験をしていた。


彼女は、このびっくりな事態で、取り乱してはならない、そう思った。彼女は、自分を叱咤激励した。


そうでなければ、彼女はその場に膝から崩れ落ちアスファルトの地面に飲み込まれそうになっていた。


実際に、夢の中にいるようであった。彼女を取り巻く世界が、世界全体がなにやら溶け始めた。


彼女の世界は、真夏のそして真昼の強烈な日差しに照らされ、さらにアスファルトの上に落ちたとるにたりない一粒のキャラメルのような、その危ういゆるゆるさで、そのたちまちにその形を、その姿を失ってしまいそうなその間際にあった。


(しっかりしなさい)


その声は、身に覚えはないが、しかし、その声は身に覚えのある声にも聞こえる。


しかし、こんな気持ち、自分が一文の値打ちもないというこんな気持ち。彼女は、この気持ちを立て直すことができないでいた。


(私、なにか溶け出していなくない?)


彼女は、自分の周りを見渡した。


たしかに、このところ悪夢にうなされる日が続いている。しかし、それはあくまでも夢の中の出来事であった。


しかし、この現実の世界で、夢の世界で起こるような出来事が起こっていた。


彼女は、この夢のような現実の世界で、溺れかけていることに気づいた。彼女は、自分がアスファルトの海に沈みかけていることに気づいた。


アスファルトの舗装は、彼女の体を支えてはいなかった。


すでに、いつものアスファルト舗装の表面ではなかった。アスファルトの舗装は、すでに溶け出して油性の液体のたまりになっていた。


そして、彼女の靴は、ずぼりと地面に浸かっている。彼女は、覚悟した。アスファルトの海からなんとか抜け出そうとした。


彼女は、この異常な事態に一時的にも勝利を収めることが出来た。


彼女は、最後のところで、しっかりと踏ん張る事ができた。彼女は、人通りの中にあった。


というか、彼女は自分が妄想の世界から、現実に生還した。彼女は、気分が落ち込んでしまう。いつも、前触れなく、この危険な状態になった。


自分が一文の値打ちもないという、憂鬱な確信。と、担当のクリニックの医者は言う危機的な事態が彼女に迫っていた。


しかし、すんでのところで、最悪の憂鬱の時間の到来を乗り切り、打ち勝つことができた。


しかし、まさに、そのせいで、彼女は、明朗な気持ちにはほど遠かった。


(こんな時間!)


そんな気分とは裏腹に、すでに彼女の足取りにはしっかりとしたものがあった。


もちろん、彼女の靴も、アスファルトの舗装もシッカリと、彼女の存在を受け止め、ゆるゆるの状態から立ち直っていた。


一時は、一歩も踏み出すことができない、そんな重い、憂鬱な気分ではあったのだが、結局は、無事にクリニックにたどり着いた。カウンセリングの時間に遅れることもなかった。


「お元気そうに見えますが、あれから具合の方はいかがですか?」


「……」


      その2


「順調そうですね。お仕事に打ち込めるというのは、素晴らしいことですね。お仕事は、最高の憂さ晴らしですから!」


彼女は、先ほど立ち寄ったクリニックのカウンセラーに言われた。


彼女は、カウンセリングの次の予定を決めると、クリニックをでた。


「悩みは、一人で背負い込んていてはダメ!」


カウンセリングでは、何度も何度も同じことを聞かされた。


しかし、いつの間にか、背負い込んていて気づかないのが、悩みというのではないか。カウンセラーに言い返したい気持ちが沸き起こる時もある。


彼女は、カウンセリングの先生には向かないタイプなのかもしれないと、時々思う。


彼女も、好んでカウンセリングを受けているわけではなく、家族や会社の人間が、その他まわりの人間が無言の圧力で彼女がカウンセリングに行くように持っていくように、持って行くったのだった。


「それは、良かった。お天道様と、心の健康というのが、人間にとっては、一番大切なものですからね」


社長室の担当のお掃除スタッフも、彼女がカウンセリングに行った話をすると、機嫌が良くなったのだ。


彼女がカウンセリングに通うと、いろんなことが、スムーズに行く。二三日の間は、会社のスタッフの心は休まったのだ。


カウンセラーと馬が合わないことや、彼女のために出された薬をぜんぶ彼女の机の引き出しの奥にしまい込んでいることなど関係のないはなしなのであった。


* *


「あの模様、古風な、何かに似ていない?」


彼女は、クリニックの次の目的地に向かうため電車に乗っている。彼女は、車窓に流れていく景色に何か気にかかるものの存在に気づいた。


(あれは何?)


それはビルの屋根などによく見る、液晶式の広告の大きなカンバンで、カンバンには大きな文字で「警告☆水と炎のシステム発動中」という文が表示されていた。


彼女は、ふと思ったわけだが、ここを走る電車にこれまで何度も乗ってきたのだが、そんなふうに電車の窓の景色に心を奪われるというようなことはなかった(はずだ)。


彼女は、何故かこの景色に心を奪われた。いや、何故かということではなかった。それには、理由があった。


彼女にはそんなことを考える余地は与えられていなかった。


(見損ねてしまった)


(何があったのだろう?)


彼女のいつもの妄想が始まりかけたのかもしれない。しかし、すぐに自分を取り戻した。

尋常な状況ではなかった。


彼女は今電車の中にいる。

彼女は、我にかえった。彼女は、時計をみた。


(間に合うかしら?)


彼女のクリニックのあとのスケジュールの予定が迫っていた。


電車が急に混みだした。電車が停まり、電車に乗り込んで来る乗客の数が明らかに多くなっている。


子供たちが、乗り込んで来る乗客の中にいつもより多い。こんな時間に子供たちが、あまりの込み具合に、子供たちが、電車のあちこちでうめき声をあげた。


教師が数人乗っており、それぞれの教師がそれぞれ何人かの生徒を随行している。教師は、子どもたちに声をかけ、目を離さないように気を配っていた。


「怪物、恐い!」


その声に、何人かの子どもたちが反応した。


「もう大丈夫! ちゃんと、電車に乗れたから。電車を追っかけてくるなんてことはありません」


教師のなだめる声が、車内に響いた。


「……でも……、恐い!」


やはり、彼女に、子どもたちの動揺が伝染してきた。教師たちは、子供たちの様子に一層気を配った。教師は子どもたちの方を向き、子どもたちの一人ひとりの様子をしっかりみていた。


電車の乗客の一人が、子どもに話しかけた。


「あなたたち、山の手の街の神社の方にいたの?」


子どもは、頷いて、質問に答えた。


「やっぱり、あの噂は本当なのか?」


別の電車の乗客は、苦々しくそう言うと、顔をしかめた。


(……)


結局、彼女のまわりの騒ぎについて、不思議なことに気にもとめなかった。


メールが吉田暢子から彼女のスマホに届いていた。


     やっぱり、行くことにする。みんなの顔も見たいし、

     暑さで電車が遅れているという話だけど、みんな来

     れるよね?


(吉田暢子と、会うのは何年ぶりだろう。前は、みんなで頻繁に出かけていたのに)


彼女は、吉田暢子の旦那の転勤のせいで彼女に会えなくなっていた。


吉田暢子に続き、喜多真知子からメールが届いた。先方からオッケーがもらえたそうだ。これで、昔の三人がそろうことになった。


スマホをしまうと、電車の混み具合と子供たちなどのざわつきが気になった。


その日は、あとから考えてみるとたしかに縁起的にはあまり良くない日であった、迷信深い彼女にとって、その日は、巡り合わせ的に、占いサイトの情報から良くない日であることは分かっていた。彼女は、そいういう理由で、電車がこんなに混んでいるのか、考えてみたが分からなかった。


(今日は、いつもとは違う。いろいろ起こるな)


彼女は、彼女の人生の中では、楽しみにしていた日には、そんな日に限って、厄日になってしまい、たいていは、思いがけない邪魔が、不都合が起こってしまうのであった。それは、私の癖というべきものだった。


(案の定、次のトラブル発生だ)


案の定、彼女の予感は的中した。


真知子から、待ち合わせ場所に向かう電車が遅れているとスマホで連絡が入ってきたのだった。


大きいことなり、小さいことなり、悪いことには、悪いことが重なっていくものということである。


こういうことは、彼女が携わっているビジネスの世界では、さらに普通のことであった。


ひと月前からの打ち合わせをつづけて行っていたにもかかわらず、なんとか準備が整ったとは言ってなっとくしているにもかかわらず、大事なところで決定的な不都合が起こってしまった。


あの頃のショッピングの彼女らのルーティンは、楽しみにしていた学生時代のルーティンを再現してみようという試みは実現の見込みはなくなった。


彼女は納得いかなかった。


(大事なことだよ! ショッピングに行くときには、メンバー皆で集まって、現地集合ではなく、いったん別の場所に集合してそこでお茶して作戦を練ること)


真知子も、同じ考えだったようで、新しく待ち合わせ場所を決めようと連絡が来た。そしたら、変えようと連絡してきた。そしたら昔と同じように出来ると言うことらしかった。


彼女は、暢子や真知子とじかに会って、打ち合わせをしておきたかった。


こうなったら、彼女は、妥協するしかなかった。


彼女は、暢子や真知子とお気に入りの店での合流をあきらめて、目的地の近くで落ち合い、お茶することに合意した。


彼女は、電車に乗った。まだ、新しい待ち合わせの場所なら時間に余裕はある。


(ほらほら!)


彼女は、途中で暢子や真知子と合流するのに適した場所があったのは、少し幸運なことだと思った。


彼女は、バッグからプリントアウトを取り出した。それは、吉田暢子がまとめてくれたバーゲン情報を印刷ものであった。


(それにしても、暢子が言っていた美味しい話って本当にあるんだ。これぞバーゲン)


彼女は、プリントアウトの内容を一度じっくりチェックすると納得した。彼女は、プリントアウトをたたみ、バックにしまい込んだ。


(仕事の取引先のこと、クリニックのこと!嫌なことは忘れよう。それにしても、ショッピングは素敵だ。大喜びの子供たちのような高揚感!)


彼女の頭の中にあったイライラの種はどこかに消えてなくなっていた。


楽しいウキウキする気持ちが心に湧き出してきていた。


(悪いことばかりを考え続けるというのは、良くない)


運に見放されている時、どんよりとした曇りの日が続いていたりする中、雲の間から晴れ間が覗くなんてこととよく似ていた。


しかし、午後からは大事な仕事がまだ控えているというのに、友達と待ち合わせて、ショッピングとは、大胆不敵というか、危険なものであることは確かであった。


      その3


彼女と吉田暢子と喜多真知子は、新しい待ち合わせの場所で落ち合うことが出来た。


そして、バーゲン会場に向かった。


彼女ら、つまり、彼女と吉田暢子と喜多真知子の三人は最寄りの駅からしばらく歩いて裏通りに入り、とある雑居ビルを目指した。とある裏通りを進み、古風な、倉庫っぽいつくりのビルにたどり着いた。


今回の買い物企画の発案者であった吉田暢子は、勝手知ったる様子で、説明した。ここの雑居ビルの七階が販売会の会場であるということだった。吉田暢子は躊躇なく、荷物の搬入搬出のための、トラックが出入りしている荷下ろしの駐車場を抜けて行く道筋で、建物に入った。


気味の悪いエレベーター、階段


大きな階段を見つけた。


(階段を上がれということか)


     亀井閑子、おまえはなぜ来たのか。


(謎の声!) 


それは、どこからともなく聞こえてきた。そして、その時聞こえてきた謎の声は彼女にとって聞き覚えのある声であった。


「我らのかみの神によって、選ばれた人間のためのバーゲンセール」をうたっていた。


(しかし、これは本当なのか?) 


「単なるキャッチフレーズ、気にしないで」


吉田暢子は、説明した。


そこに集まった客は少なかった。


「招待された人のためだけの販売店だから。デパートではないから、そんなのは期待しないで!」


彼女には、少し不信感が生まれた。不気味に思えた。建物自体が古めいていた。


喜多真知子の様子から、真知子がどこか怯えているように、彼女には、思えた。


吉田暢子は、この場所になじんでいた。吉田暢子は、元気で彼女と喜多真知子を売り場へと案内した。


三人は、販売点のある階に到着した。事務所があって、同時に商品の入った段ボール箱が積み上げあった。


倉庫がある。年季の入った什器がフロアの中心にギュウギュウに集められて、什器には、高級そうな服が掛けられていた。


高級そうな貴金属製品が、高級時計が置かれているガラスの陳列台が集められた区画があった。


「あそこじゃない! お客さんらしい。おしゃれな人たちがいる」


「確かに」


「ここにあるのよ!」


ここの店は、不幸に襲われて、何年も前に潰れてしまっていた高級百貨店の社員達によって運営されていた。そして、この雑居ビルの三つのフロアがこの倉庫だそうだった。


(これが、そこにしまわれていた高級アクセサリー!)


彼女の頭から疑問はたちまち消えてしまった。


はじめ疑惑のショッピングだった。しかし、彼女に疑惑が生み出す罪意識はなかった。


「なぜ、今頃?」


喜多真知子は、まだいぶかしげな表情だった。



会場には、彼女たちのために懐かしい商品が集めて置いてあった。あの頃は、手を出せなかった。いま、値札が付いているが、それは、当時とすれば投げ売り、在庫処分という値段であった。


それが、どれも一目で分かった。正真正銘のものなのだった。


「吉富さんから案内状が届いているのですが」


吉田暢子がいうと、その女性は丁寧にお辞儀してみせた。


封印されていた商品を、自分たちの幸運、運命の人であることを喜び合った。


三人は集合し、いたずらっ子ぽく笑った。


彼女はお会計を済ませた。


(悪いショッピング)


彼女は、また良心がうずくのを感じた。


彼女は、結局友達と目的の駅で落ち合うことができた。


そして、午前中はそのショッピングを楽しむことができた。


もちろん、用意してあったプリントアウトは、大いに役に立った。


ショッピングをすませると、理由もなく私は、開放感を満喫していた。


開放感のせいか、彼女は多分気が大きくなっていたのだろう。せっかく街に出たのだから、なにか、食べていきたいと思った。彼女らは、節制、節約ということを、先延ばしにし、あるいは、忘れた。ここでも、食欲を優先! 良心は目隠しされてしまった。


まだ、狙った店は空いてはおらず、とりあえずショッピングの戦利品を見せ合うために。、ファストフードの店に入った。



お昼前の昼食ではあった。お昼にしてはシンプルな食事であったのだが、私と友達は、会話に没頭していた。


突然、友達が我に返ったように話をやめた。


友達が彼女の腕時計の時間を見た。そして、私に聞いた。


「大丈夫?」


彼女は、親切に私の方に彼女の腕時計の時間を見せてくれていた。


「もちろん大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


「あなた、これから大事なお仕事なのでしょう? あなた、とても時間を気にしていたから」


「そうね、確かに、時間を心配していたわ。大事な仕事のときには、いつも、自分に悲観的になり、そして、いろんなことに神経質になるの……。そして、心を整えるために時間が必要になるの。でもね。今日は、買い物していると、ふと、自分の未来に確信が持てた。だから、今日は、仕事に向かうのに自分の心を整える必要はない。会社に着くのは、お昼休み過ぎになるだろうけど、誰も文句は言わない。ねっ、だって私が社長なんだもの」

友達は、笑みを浮かべ、納得してくれたようだった。


喜多真知子は一人は昔から裕福で今も同じ金持ち、もう一人、吉田暢子は昔はふつうの家庭の子だったのが、成金。その成金ぶりが彼女には気にかかった。


     *      *


彼女は、少し前、バーゲン会場での出来事が頭によみがえってきた。


(もったいない!)


品物が床に落ちていた。それが、ほおっておかれている。それを拾いたかった。そういう気持ちがなぜか猛然と起こった、彼女は、落ちている商品を四つんいになって拾いに行った。彼女は、しかし、貧乏とは完全に縁を切った気分だったのに。


喜多真知子と吉田暢子は、床に落ちた商品など目にもくれなかった。


     全員あくどい犯罪者、おまえらは、世界では姿を消える運命。


娘の遥がいつか話していた話しを思い出した。確かに彼女の娘の遥は、成金趣味を嫌っていた。娘の遥なら、今の彼女らには憎悪を抱くかもしれなっかった。


しかし、なぜか彼女は、不思議にその時腹が据わっていた。


      その4


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