11.幽霊とか 見たことある?
【久々の投稿なので、これまでのあらすじ】
古代文明【セノアテ】のお宝を求めて《大八界洋》へと飛び出した、半魚娘のレイネルとセイウチ少年のチョミィ。歴戦の賞金稼ぎ《悪魔狩り》のダンデに借りた【一番星号】に乗り込み、立ちはだかる海賊や賞金首の【クジラ】たちを打ち倒し、船旅は次のステージへ。
霧深い惑いの海域に漕ぎだした【一番星号】の前に現れたのは、なんと幽霊船! 霧の海を抜け出すために、レイネル一行は幽霊船の調査をすべく 船内へと突入するのだった。
一行が踏み込んだのは、古めかしくも 確かに『船』の形をしたモノだった。しかし、いやに曲がりくねった廊下はどこまでも長く、振り返れば来た道は暗闇に埋もれてしまっている。
「おお、おい、パト! まだサゲンに連絡つくよな?」
「だだ、だ大丈夫です! サゲンさんもウゲンさんも“何ともねっす”って 返してくれましたよ!」
レイネルがチョミィにしがみつきながら問うと、パトもムームーにしがみつきながら 力強く返す。今のところは オバケらしいオバケは出ていない、の だが……。
「……ワタシ、キレイ……?」
「ぎゃあーーっ!!(×2)」
普段は強気なレイネルとパトが怖気づく姿に、悪戯心を出したムームーが 怪異の物真似を繰り出した。予想以上に飛び上がった二人に、腹を抱えて爆笑する。
「レイネルちゃんまで飛び上がったー! これは良い弱点見つけたぞ……でっ!?」
「何、率先して ふざけてるんだ、ムームー」
いつもはレイネルが喰らうダンデの拳骨が、今回ばかりはムームーの脳天に落ちた。
「いや、ムームーさんはね、緊張を解してあげようとしただけで……」
「次やったら“破ァ!!”(物理)しますよ、ムームーさん」
「……ごめんなさい」
真顔で拳を握るチョミィに 事態の深刻さを察し、ムームーの背筋が伸びる。「気楽な連中だ」と溜息を吐いたダンデの視線が、そのまま前方で留まった。
「……出口が現れたな。出口、というよりは船室か?」
後方の異常がないことを再確認し、ダンデがずい、と前に出る。
「一旦、レイネルとチョミィが殿につけ。ムームーは前に来い」
それぞれの「アイアイ、キャプテン」を背中に受けながら、ダンデは拳銃を手に前方の明かりへと向かっていく。聞き耳を立てているムームーが続き、レイネル、チョミィ、パトは後方を警戒しつつ 船長の合図を待った。
唐突ともいえるタイミングで現れた明かりは、やはり『部屋』から漏れ出している。だが、出所である『部屋』は『船室』と呼ぶにはあまりにも――……
「……子供部屋、か?」
【クジラ】をモチーフにしたぬいぐるみが、小さなベッドの片方に ところ狭しと並べられている。壁際に造り付けられた棚には【クジラ】の図録や帆船の模型が丁寧に飾られている。ダンデの幼少期とは趣味が違うが、明らかにここは『子供のための部屋』だった。
「妙な物音や気配は、今のところ ないよ」
「今のところ、か。よし、ガキども 入って来い! 得物はそのままでな」
船長からの合図に頷き、レイネルは三叉銛を、チョミィは拳を構えながら 子供部屋のような一室に踏み込む。ウゲンとサゲンに外の状況を確認してから、恐る恐るパトも室内に入ってきた。
「……おエライさんっつーのは、船にも子供部屋 造るモンなの?」
警戒はしつつも、レイネルは純粋な疑問をダンデに投げかける。室内をぐるりと見回し、ダンデはゆっくり首を横に振った。
「余所は知らんが、うちはあったぞ。だが 造りが違うな……船室ならもっと 揺れに配慮されてるはずだ。家具もこんなに置いたりしない」
「……すげぇな、キャプテンの実家」
「……生粋のお貴族様なんだね」
自分の返した答えから違和感を見つけ出し、ダンデはハッと 一行が入ってきた扉に振り返った。次の一歩を踏み出す前に、バタンと音を立てて扉が閉まる。
「ぎゃあーーっ!?(×3)」
レイネルとパトに加え、チョミィまで悲鳴を上げる。「……コイツが幽霊船ってヤツか」と呟くダンデの背にも、冷や汗が伝っていた。
【一番星号】の乗組員の他には 誰もいなかったはずの部屋で、キィキィと床の軋む音が鳴る。トタタ、と軽い足音が駆け抜け、ぽすりと 小さなベッドがくぼみを形作った。【クジラ】のぬいぐるみが一つ、宙に浮く。
〈なんだ、《悪魔狩り》の船も 沈んだのか〉
台詞に似合わぬ幼い声とともに、くぼみの上に黒いもやが浮かび上がった。
〈やはり、この海にて最強は【クジラ】。何人たりとも 太刀打ちできるはずがありません!〉
壁際の棚の前からも 少年と思しき声がした。そこにも ひと回りほど大きな黒いもやが 立ち上っている。
「出た! チョミィ、オバケ出た!! 今こそ“破ァ!!”だ!」
「ムームーさんの噓吐き!! いないって 言ったのにぃ!!」
半泣きで服の裾を引っ張るパトに 軽い調子で「ごめんごめん」と返してから、ムームーは“破ァ!!”の構えをとるチョミィに向き直った。
「声で分かった。チョミィくん、ちょっといいかな?」
怪訝な顔をするチョミィに、苦笑交じりにムームーが耳打ちする。表情で「ええっ!?」と返した後で、チョミィは真顔に戻って 咳払いをひとつした。
棚の前の黒いもやに手の平を向け、再度“破ァ!!”の構えをとる。
「“ホエール レッツラー”!」
〈……!? ホエール レッツラー!!(×2)〉
言霊の衝撃波が放たれる。チョミィの声に呼応して、黒いもやが吹き払われた。
壁際の棚前には、美味いものをたらふく食べて育っていそうな むっちりとしたローティーンの少年が立っている。小さなベッドの上には、【クジラ】のぬいぐるみ大事そうに抱えた 五、六歳ほどの、自身もぬいぐるみのような幼い少女が座っている。どちらも 覚えのある面影だ。
「……生きてたのか、シャチムチ女とその兄貴!!」
「どうやったらその結論 導き出せるの!?」
明らかに生きた存在ではないが、黒いもやの正体は巨大【クジラ】たちにより海洋に散った【パクスマーレ】のツートップ、オレンジとライムであった。
「さすが幽霊船。『あの世』に 逝ったばかりのコたちとも、再会できちゃうなんてね」
顎に手を当て、生前と姿の変わったオレンジとライムを しげしげとムームーは眺めている。
「精神世界が物質化して顕現する時空、なんだろうな。……コイツらが一番 帰りたかった場所が、再現されてるってわけか」
「……チョミィ、解説頼……ん? でもシャチムチ兄妹って、こんなに年離れてたっけ?」
ダンデの解説に納得しきれず、レイネルはつかつかとライムの亡霊に歩み寄る。むちむちと よく詰まっているが、レイネルでも楽に持ち上がる。
〈わっ!? な、何をする、サメ肌女!!〉
抱え上げられたぬいぐるみ少女に首を傾げつつ、チョミィも自分なりの解釈を述べる。
「自分の一番、楽しかった年齢に戻れるって コトじゃない?」
助けを求めてライムはオレンジを見やるが、少年の姿に戻った兄はただただ得意げにふんぞり返っている。
〈ふはははは!! うちのライムの全盛期ですよ! 可愛いでしょう? 最高でしょう?? 《大八界洋》で 天下獲れそうでしょう!?〉
「可愛いけど、天下は獲れないよ。天下無双のレイネルがいるもん」
〈兄上、恥ずかしいからやめてくれ……〉「よく言った、チョミィ!」
「……楽しそうで何よりですね」幽霊に対する恐怖より呆れが勝り、パトも額を押さえている。苦笑はしたが、ムームーは賛同を返さなかった。
「楽しそうだけど、幸せには見えないかな」
ちら、とダンデをうかがい、ふるふると首を振る。
「幽霊船は 何処にも行けない。何処にも 辿り着けないからね」
「再現されるだけで、帰れはしない……って ことですか?」
「そうそう。で、どうするキャップ? オレっちが唄う? チョミィくんに“破ァ!!”させるの?」
神妙な顔で意見を求めるムームーに、我らが船長は待ったをかけた。
「敵対意思は感じない。少し情報を得ておこう」
船長の視線の先には、まだ幼い姿のライムを抱えているレイネルが。
「すっげーフリフリのスカートだ! 何枚入ってんだ このヒラヒラ」
〈いやーっ!! めくるな バカーッ!!〉
「イテイテイテイテ!! もうしない、もうめくらねーよ!」
「キャプテン、レイネルさんが めっちゃ顔面 蹴られてますけど……」
「好きで蹴られてるんだろう。放っとけ」
オレンジとライムの亡霊は レイネルやチョミィとじゃれ合ってはいるが、明確な攻撃意志はないように見える。永遠の安寧を手に入れた彼らに、これ以上の慈悲は過剰だろう。
「連中が望まんなら、干渉の必要はあるまい。さて、【パクスマーレ】の小僧……オレンジとかいったな。この幽霊船で、他に行き会った奴はいるか?」
ダンデの問いかけに、はっと我に返ったオレンジが向き直る。
〈……幽霊船……? そうか、ここは幽霊船の中か……道理で……〉
ぶつぶつと何事かを呟き、自身の内で納得してから オレンジの亡霊は顔を上げた。
〈私たちの他にも《大八界洋》にて命を落としたと噂される人物を、ちらほら見かけました。そのほとんどは我々のように思い出の部屋を創り、穏やかに過ごしています。ですが時折、その平穏を乱す輩が襲撃してくることもあるのです〉
レイネルの腕からやっとの思いで抜け出し、ライムの亡霊がオレンジの腰にしがみつく。妹のプラチナブロンドの髪を撫でながら、忌々しげに 少年の姿の亡霊は吐き出した。
〈生前に海賊であった者でも、時を経るにつれ 多くの者は平穏に身を委ねるようになります。しかし、ほんの一部は魂が魔物になりかけているのか、他者を傷つけ 魂を破壊し 悪霊化させてしまう者がいるのです。……危うくライムも、連れていかれるところでした〉
ムームーの眉とパトの肩が ピクリと跳ねる。二人の反応に気付いても、あえて淡々と ダンデは続きを促した。
「そうか。有用な情報だ、感謝する。……その、てめぇの妹を連れていこうとした奴の素性は 分かるか?」
黙り込むオレンジを気遣うように覗き込んでから、ライムがぽつりと口にした。
〈……確か、【ヘルメイア海賊団】とか、名乗っていた〉
「……【ヘルメイア海賊団】……」ムームーとパトの、どちらともなく その名が漏れる。二人とも、いつになく険しい顔になっていた。
「パト、あたしの次にカワイイおカオが オニダルマオコゼみてーになってるぜ?」
ヒョイとパトの頬をつまみながら、悪戯っぽくレイネルは笑ってみせる。ムームーに対しても「眉間の小ジワが増えるぜ、おっさん」と背中を叩いていた。
「なっ……ボクがレイネルさんの次とか、本気で言ってます!?」「お兄さんね!!」
いつもの反応を返すパトとムームーを軽く笑い飛ばしてから、レイネルはダンデと【パクスマーレ】の兄妹の間に割り込んだ。
「つまり、アレだろ? そのヘルだかメンマだかいう 海賊のオバケをやっつければ、あんたらも安心して“ホエール レッツラー”できるんだろ? じゃ、そいつらまとめて“破ァ!!”してくるわ。……チョミィが」
「そこで僕に丸投げ!? ……まあ、レイネルは“破ァ!!”できないもんね。そこは どーんと任せてくれていいよ」
「ほら見ろ、あたしのチョミィ 頼もしくてカッコイイだろ!」
自分が提案しようとした事柄を 全部レイネルに持っていかれてしまったため、ダンデは小さく口の端をつり上げたきり、黙って背中を向ける。
「そうだ、もう一つだけ 訊いておこう」
船長の背を追う前に、ムームーもくるりと振り返る。
「幽霊船を動かすことって、できないのかな?」
本来の目的はそちらだ。進路を塞ぐ幽霊船を退かせなければ、船内が平和になったところで【一番星号】にメリットはない。
〈……申し訳ありませんが、私たちには分かりかねますね〉
〈船内を探し回れば、何か手がかりは 見つかるのではないか? 〉
「ま、そう都合良くはいかないか」口の中に呟き、ムームーは今度こそ仲間たちの後を追いかけた「ありがとね、良い航海を」。
いつの間にか開放されていた扉の向こうに、入室した時とはまた違う通路が延びている。オレンジとライムの亡霊が繋げてくれたものか、はたまた幽霊船の意思によるものかは判らない。
確実に言えるのは、それ以外に先に続く道はない ということだけだ。
【NPC設定 ファイル その5】
[ルクレチア]20歳(5年前) 女性
・地の民 隠れ里《マルケートス》出身
・一般人(教師)
・若くして 隠れ里《マルケートス》の教場にて教師をしていた才女。生真面目だが栗色のくせ毛と小柄な体格が親しみやすく、童顔で可愛らしい風貌のため幼い子どもたちに人気があった。
・《マルケートス》の里長の次男と結婚が決まっていたが、親同士が決めた婚約であり 年も離れていて正直なところ乗り気ではなかった。何かの拍子に 好みの美男子が自分を連れて駆け落ちしてくれないかと密かに願っていた、夢見る乙女でもあった。




