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花嫁選抜6



「レシル、お手柄だってな?」


無事に救出を終え城に戻り、ソフィーの看病をして医務室に帰ったレシルにムバルトが言った。

ソファーではキリヤがすやすや吐息を立てて寝ていて、ムバルトが眠気覚ましに飲むコーヒーが香る。


「清陵学生時代の悪友のお陰ですよ」


レシルはそう答えて苦笑した。


「へぇ。それは興味深いな。

ま。お前見つけたの、南西の紛争地だし。驚きはしないさ」


ムバルトはマスクを浮かしてコーヒーをずずず、とすする。


「とりあえずお疲れ。ソファーはキリヤが使ってるからな……。下の空いてるベッド使うか?」

「そうさせてもらいます」


レシルはキリヤの気持ちよさそうに寝ている姿に、ふああとあくびが漏れた。

こんな時なので、居館には戻らず医務室で仮眠をとることに。

レシルは階段を降りてベッドに寝転ぶと、すぐに眠りに誘われた。









「んん……」


レシルは廊下を誰かが行き来する音で目を覚ました。

朝が来た。

夜に西領主の娘が拐われるという大事件があったにしては、いつも通りの朝だった。

彼女は目を擦って、ぼうっとベッドに座る。


夢を見た、気がする。


『あなたは、この世界で幸せになれそうですか?』


川のせせらぎのような声が、そう問うた気がした。まあ、わからない。本当に気のせいかもしれない。

しかし、何のために転生したのか、という疑問が彼女に浮かんだ。


(リアムに会いたかったんだよな……)


この世界に転生すると決めたのは、少しの好奇心。

そして、せっかく転生したのであれば、彼を幸せにしたい。そう思っていた。


はあ、とひとつ溜息を吐き、彼女はベッドからおりた。


「おはようございます!」

「おはよう、キーくん。ムバルトさんは?」


元気よく挨拶するキリヤに、姿が見えないムバルトのことを尋ねる。


「朝食を摂りに行かれましたよ。レシル先生はどうされますか?」

「私も一度居館に戻るよ。着替えたら、ソフィー姫様のところに行ってくる。キーくんは?」

「ムバルト先生はすぐに戻ってくると思うので、そしたら僕もご飯を食べに行ってきます」

「そっか。わかった」


レシルはそう言うと、自室に戻って身支度を整え直す。


鏡の前に映った自分。


茶色の髪に、青い目。

日本人離れした顔つき。

ルディとレシル。ふたつの名前を持つ自分は、今日もいつも通りだ。



「……どんな顔をして、リアム様に会えばいいんだろう」



彼女はポツリと本音を漏らす。


リアムとソフィーは結ばれない。

シナリオが変わっても、変わってくれない運命。

失恋したのはリアムだ。

その痛みを自分が知ることはできない。


本を読み終えた時の、あの、憎さにも似た愛おしい感情が、レシルを渦巻いていた。


ソフィーはライアンと結ばれることで、きっと幸せになれる。

——悔しい。でも、どうにもできない。

今の自分は、本の中の世界にいるというのに。



「ハァ……」



自分の力不足に、彼女は再び大きく溜息をつく。


「辛いのはリアム様なんだ。私がウジウジしていては駄目だ」


彼女は自分にしっかりしろ、と言い聞かせる。

リアムがソフィーとくっつかないことは、もちろんレシルも悔しい。

しかし、だからといってリアムを可哀想、可哀想、と慰めることが果たして自分のするべきことか?

いや、違う。



「私は彼を何としてでも幸せにするんだ」



始まりはこれからだ。

諦めてたまるか。

小説はライアンとソフィーが結婚したところまでしか話がわからない。

その後のことは、どうなるか誰も知らないのだ。

もしかしたら、ソフィー姫以上に素敵な女性とリアムは結ばれるかもしれない。

いや、そうしてみせる。




——それまで医師として、自分ができる精一杯を彼に捧げよう。




新たな決意が、レシルを突き動かした。





















「ああ。駄目だったか……」


男は手下の報告を聞いて嘆く。

彼が裏から手を回していたことは、誰も気がついていない。

王子が邪魔な奴らを唆し、ソフィーの拉致を誘導したのはこの男だ。


「領主の娘の血が欲しかったんだがなぁ」


ハァ、と溜息をついて、その男は机から立ち上がった。


「穏便に済む様、あれこれ可愛い悪戯を仕掛けてやったというのに。リアムのやつは真面目が過ぎる。これだから、兄さんには無理やりにでも、早いうちに婚約を申し込むようにと言ってやったのに」


男の名前は、コンラード・サルヴァス。

リアムの叔父にあたる人間だった。

彼は困ったものだと、眉を潜めた。


「サルヴァス家も貴族の血が薄れ過ぎた。ここでひとつ、リアムと有力貴族の娘を逢わせたかったんだが、なかなか上手くいかないものだな」


〈武貴族〉

それは、武に長けた貴族を指す。

功績を挙げた騎士が貴族の娘と結ばれて、そう呼ばれる血筋が生まれたとも言われおり、社交界では今でも半端者として白い目でみられることがある。

サルヴァス家は西領に門を構える有名な武貴族であり、騎士としての実力のみで地位を保っていたお家だった。


そろそろ「貴族」としての爵位が切れる。

貴族の血が薄まりすぎたのだ。


リアムの父は、実力さえあれば爵位がなくとも、家の価値は依然として保たれると言い、リアムに政略的な結婚を強いなかった。



しかし、弟のコンラードは違った。

リアムとソフィーの歳が近いことに目をつけ、その可能性に賭けに出た。

足がつかないように、幾重にも念を入れて手を回し、リアムとソフィーの縁を願っていたのである。


花嫁選抜で、ソフィーとリアムが再会するきっかけが与えられたことには、天の導きかと見紛うほど。


彼女とリアムを結ばせるために、些細な仕掛けをしたのはコンラードなのである。



「さて。こうなったら仕方ない。もう少し下の貴族の娘と結婚させようか。兄さんは恋愛結婚を推しているからなぁ。悪い虫が大事なリアムにくっつかないようにしないと」



——ああ、忙しい。


コンラードは次の準備に取り掛かった。













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