◆亡霊たちの舞台
ふと意識を取り戻せば、やはり変わらず周りは人形に囲まれていた。
「大丈夫か、レシィ!」
不自然な静寂の中を通るキットの声にレシィは身体を起こした。彼は倒れた時と変わらず、魔法を連発していた。
一体どれほどの時間倒れていたのだろうか。そんなに時間は経っていないようだった。まだ周りに人形はいるが、魔法がキットの『盾』に触れて爆ぜる音や、あの不快な音は聞こえない。自分の身体の下で潰されていたリュープをレシィは抱えなおした。
(……すごく、静か)
レシィは周りを、自分たちを囲う魔法を見渡した。どうやら風の魔法で音を遮断しているようだった。
「遮断した。向こうの音も、こっちの音も、互いに聞こえない。だが、時期に切れる。また発動させるまでの間、やはりきついと思うが、我慢してくれ。あと絶対に動かないでくれ――ジェラルド、アンタもだぜ!」
キットは再び魔法の壁を作り直し、流れる動作でドールにマナを撃ち続けた。たかが一撃でどうにかなるドールではないが、巧みに位置をずらすことで、仲間割れを起こしているようだ。最初に出会った赤毛の人形と同じく、行動は単純で、当初の目標はこちらであったが、どこからか攻撃を加えられれば、そちらに標的が向くようだった。
レシィは粛然と行われる激しい戦闘に驚嘆した。
無駄のない動き。驚異の速度で展開されて放たれる、計算されたマナと魔法。あり得ない集中力。
夢心地で頭をぐるりと回し、辺りを見た。
音のない世界で、閃光する魔法と魔法。神秘の古代遺跡。謎の古代兵器。禁忌を模した武具。遠い眼差し。それが射抜く、その先。頭のなくなった古代兵器。崩れ落ちる。
連続する閃光やマナに感覚が麻痺したのか、全ての動きが緩慢に写り、一つ一つはっきりとレシィの目に飛び込んでいった。その現実味のない世界に、レシィは一瞬だけ美しさを感じた。
呆然とするレシィの耳に唸り声が入った。ジェラルドだ。ハッとする。その次の瞬間には彼女の耳の間近でマナが通っていった。キットのマナだ。
引き戻される現実。あの一瞬の幻想のような風景は、すぐさま過酷な現実という認識に戻った。
これだけキットが戦っても、一向に数は減らない。ドールが自分たちに迫ってきている。レシィは恐怖を取り戻した。
(どうするのよ。どうするのよ、これ)
どうみても絶体絶命の状況だった。人形たちがどんなに単調な動きをしようと、何体もの力で押しつぶされてしまえば終わりだ。数え切れない人形に囲まれて、自分たち以外誰もいない遺跡の中で、一体この状況をどう切り抜ければいいのだ。
そこまで考え、レシィははたとした。
(サイ先生! サイ先生は!)
一人、『扉』の起動をするために部屋に残った彼女は一体どうしているのだろう。レシィはサイのいる部屋の方を見た。
明かりは部屋の端まで届いているが、人形の群のせいで奥まで見えない。それでもレシィは助けを呼ぼうと人形の隙間と隙間に目を凝らした。
(サイ先生、サイ先生なら! 遺跡の扉とかで私たちを助けてくれるに違いないわ!)
古代遺跡のことはよくわからないが、どこにでも転移出来るような技術がここにはあるのだ。きっとこの場から脱出できる方法だってあるはずだ。それの権威である彼女ならば……レシィは藁にも縋る思いで、サイを探した。
人形が一体吹き飛んだ。その吹き飛んだ一体が、後ろのもう二体を巻き込み倒れる。その隙間にサイの姿をレシィは確認した。
「サイ先生! サイ先生!」
レシィは声を上げた。彼女は持っている武器で奥の方にいた一体のドールと戦っているようだった。しかし、レシィの声は届かず、彼女は敵に集中していた。しかも圧されているのが目に見えてわかった。
(そうだ、風の魔法で――)
音が遮断されていることを思い出し、レシィは唇を噛んだ。
集中する。魔法が消える瞬間にサイに助けを求めるのだ。恐らくキットはすぐさま、また風の魔法で人形の声を遮断するだろう。そうでもしなければこちらが倒れてしまう。だから、その一瞬にかけるしかない。その一瞬を逃がさない。
囲む風の魔法の力が弱まっていくのをレシィは感じた。また一体のドールが、今度は仲間からの攻撃で吹き飛んだ。
その瞬間。再びレシィの耳に恐ろしい喧噪が入ってきた。音を遮断していた風の魔法が切れた。頭を揺さぶり破壊しそうな騒音を少しでも遮断するように手で耳を塞ぐ。それでもやはり音は入ってくる。
正気を保っているのは辛い。悲鳴を上げたくなる。そこをグッと堪え、発狂しそうな音響に負けないように、レシィは息を深く吸い込んだ。
「サイ先生助け――」
「サイィィィ!」
ところが、レシィの助けを求める声を、キットの更に大きな声がかき消した。彼はまだ戦っている。レシィは彼の叫びに圧倒され、口をぽかんと開けたまま止まってしまった。
キットはドールを一体撃ちながら、叫んだ。
「ここは危険だ! 逃げろ! 逃げるんだ! お前一人で戦うな! 無茶をするな!」
キットの声は爆音の中、響く。よく通る声だ。この喧騒の中、彼の声は不況音の隙間を掻い潜るかのように響いた。ただ、その内容はレシィには理解が出来なかった。
彼は助けを求めなかった。
「僕たちはいいから、逃げるんだ! 大丈夫だ!」
(大……丈夫……?)
「ジェラルドもレシィも僕が絶対、守りきる!」
確かにサイの元へ届いたようだった。レシィは唖然として、キットを、サイを見た。
サイは戦っていた一体の頭を殴打して沈め、キットを見つめていた。サイの目が悲しそうに細められたのは、レシィの気のせいだろうか。彼女の唇が悔しそうに噛みしめられたように見えたのは、レシィの見間違いだろうか。この距離だ。どちらも気のせいの可能性が高い。
ただ、彼女が踵を返し、背中を向けたのは、レシィの目にはしっかり写った。
息を飲む。背中を向けるサイにレシィは首を振った。絶望感に視界が歪んだ。視界にドールが写り、彼女の背中を遮った。
レシィは泣き叫んだ。
「どうして!」
キットが再び風の魔法で音を遮断したのと同時だった。再び不自然な静寂が訪れる。耳が痛くなるような静寂だった。レシィはこの空間を埋め尽くすように叫んでキットを詰った。
「なんで! なんでサイ先生に助けを呼ばないの!」
「あいつをここまで来させるなんて無理だ! 危険すぎる! 扉からも離れているんだぞ!」
確かにここまで来るのに多くのドールを薙ぎ倒さなければ辿り着かないだろう。それをサイ一人でやってのけるのは無理だというのはレシィにも理解は出来た。
しかし、今はそれどころではない。こちらは包囲されて集中砲火を受けている。絶体絶命の危機なのだ。どうやってここを切り抜けて良いかさえもわからない。その状況下で何故助けを求めないのか。レシィには理解が出来なかったし、それだけで発狂しそうになった。
不安と恐怖をさらけ出してレシィは叫び続けた。
「じゃあ、この状況どうするのよ! どうやって切り抜けるっていうのよ! どうやってここから脱出するのよ! キット一人の方が無理じゃない! 今だって! 今にも! 押しつぶされちゃうじゃない!」
「やかましい!」
キットの鋭い一喝が静かすぎる世界に響く。強い苛立ちに満ち溢れた怒鳴り声だった。レシィはびくりと肩を震わせた。一度も聞いた事のない声だ。顔も今までみたことがないほど鋭く苛立った表情だった。
その怒鳴り声と共にキットは腕を伸ばしてレシィを突き飛ばした。あまりにも唐突な暴力にレシィは受身も取れずに、ジェラルドの足元に尻餅をついた。
続いて彼の銃口がレシィとジェラルドに突きつけられた。レシィは目を見開いた。




