◆亡霊たちの舞台
大広間は、相変わらず不気味な人形容器に囲まれ、静かだった。
入って真っ先に行ったことは、キットによる照明だった。
彼の銃が天井に向けられると、次の瞬間には強い光で部屋が覆われた。一瞬目が眩むほどだった。慣れれば、おかげで部屋の隅まで光が行き渡り、暗がりは殆どなくなった。人影が闇に紛れることもないだろう。奥まではっきりと光で照らされた。
そして絶句する。
容器によって作られた通路の先、部屋の反対側の壁に異変があった。石造りのようで全く違う見慣れた頑丈な壁の一部が、他の場所とは違い、崩れているように見えるのだ。
レシィは一瞬見間違いかと疑った。だが絶句しているのは自分だけでなく大人たちもだと気付き、自分が見たものが間違いないことがわかった。
先ほど、この部屋にいたときに既にこうなっていたのか。それはわからない。何しろあの時はこれほどまで部屋の中は照らされていなかったので、部屋の端までは見ていなかったのだ。もしかしたら、サイは見ていたのかも知れないが、彼女は何も言わずに口元に手を置いて驚きを隠しているようだった。
「……一応、見に行くぞ」
キットは逡巡しながらも、そういって先陣を切った。レシィはそれに続いた。サイとジェラルドもついてくるようだった。
小走りに部屋の端まで行けば、やはり見間違いなどではなく、遺跡の壁は大きな穴を開けて崩れていた。
構造上の穴ではない。明らかに、壁をぶち破ったと言わんばかりの大穴だった。
すぐさまサイは踵を返した。
「悪いけど、調査は打ち切りよ。扉を開けてくるわ。扉が開いたら即出るわよ」
それだけ言って彼女は来た道を、行きとは違って全力で駆けて戻っていった。
「ジェラルド、彼女の方へ」
キットの言葉が終わる前に、ジェラルドはサイの背中を追っていった。レシィはキットとサイたちを交互に見て、うろたえた。
「え、えっと」
「悪いがレシィ。これ以上はやばい可能性が高い」
キットは穴に向けて隙なく銃を構えたまま、素早くしゃがみ、恐らく穴があった場所にあったのであろう壁の破片を掴んだ。それを暫し手の中で弄び、投げ捨てた。後退しながら、口早にキットは話しだした。
「一応、この場に人がいたかの痕跡は探す。だがそれが終わったら、もしくはサイの扉の起動が終わったら、僕達も戻ろう」
「ちょ、ちょっとまってよ!」
レシィは抗議の声を上げた。
状況がまるでわからない。何故急にこうなったのか。
人影が見えたのだ。父かも知れないのだ。だというのに何の説明もなく、とんぼ返りなどしたくはなかった。
(せめてなんでかくらい……)
レシィが言葉にする前に、キットはそれに答えた。
「これがいつ壊れたか……」
「そ、そんなのわかるわけないじゃない」
何しろ、先ほどここにいたときは、荷物の近くを散策して、そのあとすぐにサイと一緒にあの部屋まで行った。ここまで来ていなかったのだ。暗くて見えてもいない。わかるわけがない。
するとキットは首を振った。
「さっきの音の正体だろう。それ以外だったら尚更恐ろしい」
「ど、どういう……」
「お前が気絶している間、一通り見回ったんだよ。ジェラルドとサイはな。ところが、あっちの小部屋の事しか言わなかった」
キットは首をしゃくって後方を指し示した。
「異常はなかったんだよ。サイがこの事を言わないでいるとは思わない。あの慌てぶり。さっきはあったんだ、壁は」
話しながら、キットの足は瓦礫を退かす。
「細かい欠片も残ったままだ」
「え、あ」
レシィは自分の足元を見た。
確かにそうだ。細かな破片が沢山ある。言われればほんの少し埃っぽい。かなり細かいものもまだ舞っているというのか。
キットの手が崩れた壁に触れた。
「これだけ頑丈なものを破壊したというのに、壁にはその力の痕跡がまるでない。魔法のあとも、マナのあとも。ジェラルドのような闘気の力さえも」
「そんな……」
かつん。
キットの爪先が、壁の欠片を蹴り上げて穴の奥へと転がした。欠片が大穴の奥へと転がっていく。欠片が転がる音だけが聞こえた。奥からは何の気配もない。乾いた音だけが響いた。
「ただし、この場においては一つ魔法の痕跡がある。風の魔法だ。恐らく、崩したあとに何のためかは謎だが、粉塵を軽く晴らしたのだろうな…………さて、レシィ」
「…………」
生唾を飲む音が耳につく。自分の音だ。レシィはキットの言葉を待った。
「魔法やマナ、闘気以外の力を持って壊された『遺跡の壁』と小さな風の魔法。もし、お前の父親が風の魔法を使うことが出来るのならば、これが最後のチャンスかもしれない。大声で呼ぶんだ。もしこの先に父親がいるならば、何かしらの反応があってもいいはずだ。でも、父親以外のものが飛び出したら――」
キットの銃が穴に向けられた。引き金が引かれる。目の前に守りの壁が生み出された。そして即座にまた別の魔法の準備がなされた。
「僕らは即座にこの場から離れる。地上に戻って、悪いが二度と遺跡には近付かない」
つまり、ここが父親探しの旅の終着点なのだ。最後の可能性――父親がまだ生きているのだと考えるならば、これが最後の手なのだ。
父親が風の魔法を使えるか。答えは、使える、だった。シーリル人の父親はありとあらゆる力をマナから自由自在に編み出すことが出来た。たかが粉塵を払う程度の風の魔法を操れないわけがなかった。
レシィは息を吸い込んだ。埃っぽい空気が肺に入る。勢いあまり過ぎて咳き込みそうになるが堪え、あらん限りの声を張り上げた。
「パパーー!」
木霊する。
「パパ! 私よ! レシィ! いたら返事して! パパーーーーーー!」
穴に向かい叫ぶ。それだけでは足りないと気付き、ぐるりと周りを見渡しながら、悲鳴をあげるようにレシィは叫んだ。
「ランドルフ・レーン! パパー! お願い! 返事して!」
最後のチャンス。旅の終着点。
レシィは何度も叫んだ。
キットも止めない。ただ壁の奥に注意を払いながらも、レシィを好きにさせてやっていた。不穏なものが来ない限りは、『扉』の起動が済むまで叫ばせてくれるだろう。
「パパァァァーーーー!」
叫びすぎて、レシィは息苦しさを感じた。生理的に涙が出てきた。
レシィがいくら叫んでも、穴の奥や広間のどこからも人の気配はしてこなかった。呼び掛けに答える音も声も何もない。レシィの声だけが木霊した。
ぼやけた視界で大穴の先を見る。今影が揺らめかなかったか。そんな錯覚さえも覚えた。こうも涙で不鮮明になった視界では勘違いの可能性が高い。
レシィはそれでもキットに縋った。
「お願い、少しだけでもいいから、あの先に――」
「ダメだ」
答えは即答だった。床を踏み鳴らす。悔しい。ほんの数分この大穴の先を探索するだけでいいのだ。こんな目の前にあるのに、許可が下りない。あと少しだというのに――。
それでも不可解で強大な何かがあるに違いないのはレシィも理解している。この場で勝手な行動を取ることは、自分だけではなくキット達にも危険が及ぶ。彼女はそれがわからないほどではなかった。
これが彼らの最大の譲歩なのだ。本来ならば、さきほどサイが踵を返した時点で一緒に引っ張られていてもおかしくはない。
第一、これだけ呼び掛けても答えがないという事は、最後の希望も皆無に等しいということなのだ。もうレシィの中ではある種の諦めは出来ていた。
しかし、諦めたくない気持ちもあるのだ。
その僅かな希望を期待する心のためにレシィは叫ぶのをやめなかった。
ほぼ悲鳴のような声は次第に小さくなり。
「――『扉』が起動した」
背後からジェラルドの声が掛かる頃には、嗚咽に変わっていた。




