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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
27/61

◆禁忌の異世界

 金髪の男だ。窓の下は透明な板の下に、氷付けにされた男がいた。年の頃は三十代後半ほどだろうか。神経質そうな人相の男だ。面長で頬が痩けており、血の気のない顔をしている。切れ長の目は閉じていた。一見、眠っているようだった。だが、ただ眠っているだけではないことは見て取れた。この男からは間違いなく、死の香りがしていた。


「ドールなのか?」


 共に覗き込んでいたジェラルドの質問にサイは首を振った。


「それにしては、作りが悪いわ」


 皺が刻まれた顔は、容器の中に浮かんでいたドールとは違っていた。小さな皺や、シミ。左右非対称の目。型の良くない唇。人らしい人だ。死相の気味悪さはあるが、あの精巧な人形の不気味さはない。人間かシーリル人だろう。この人物の髪の色からでは判別は不可能だ。目が開かれていたらわかっただろうが。


「となれば、これは――」


 ジェラルドは口を噤んだ。棺桶と言いかけたのだ。先ほどまでの容器に入った謎の兵器でなければ、これが死体であることは明白だった。

 サイは逡巡しながらも、一度窓を閉じ、レシィの名を呼んだ。

 レシィは嗚咽を殺しながら、キットに連れられてサイの元へやってきた。


「ごめんなさい。辛いだろうけれども、一応確認したいわ。この人は……?」


 そういって、箱の窓に指をかけた。僅かに躊躇われたが、サイは小さく指を動かした。窓が横滑りをして、男の顔が現れる。レシィは息を飲み、まじまじとそれを見た。表情に困惑が浮かぶ。


「あ、あの……サイ、先生」


 死相の男とサイの顔を見比べながら、レシィは呼吸を落ち着かせて言葉を漏らした。


「これも、ドールなんですか?」


 ジェラルドと同じ質問を、レシィはサイに投げ掛けた。


「いえ、違うわ。これは、人だけれども……」


 サイも困惑しだす。


「貴女のお父様ではないのね?」

「は、い」


 レシィはまだ収まらない涙を拭いながら頷いた。よく見れば、頬から落ちていく際に凍り付いていた涙が普通の涙になっていた。真っ赤な目が眠る男を見つめる。


「知らないです。とにかく、パパじゃないです。パパの友達……は、私は顔がわからないし……」

「サイ、これ開けられないのか? 顔しか見れないのか?」


 キットがレシィの言葉を遮る。サイは箱を再び調べだした。

 程なくして、男の顔が出ている窓から下の部分、その真ん中に細い隙間が現れた。そこから左右に箱が開かれた。男の全身が明かされる。水はこぼれない。同じように透明な板に仕切られていた。

 身長はキットと同じくらいだろうか。顔と同じく痩せ型の身体を丈夫そうな濃紺の服で包み、胸の上で手を組んで寝ている。四肢に損傷はなさそうだが、その腹部に深い刺し傷があった。


「レシィ、すまない。それを少し貸してくれ」


 キットはそういってレシィが抱きしめている短剣を指さした。レシィは黙ってそれを渡した。受け取りながら、キットはサイにも声をかけた。


「サイ、この人を直接触ることは出来ないか?」

「ちょっと待ってちょうだい」


 サイは男が入っている箱を触れてなにやら操作した。しかし、いくらやっても死体と外界を隔てる透明の板は動かなかった。


「開かないなら仕方ない」


 キットは言うや否や、短剣を鞘から抜いた。柄や鞘だけでなく、刀身も美しい短剣だ。仄かに青い光を発していた。マナを有している。マナブースターとしても機能する素晴らしい短剣だった。

 刀身の金属部分も一見では鋼のようだが、薄ら光る金属なのだから、恐らく地上では手に入れることの出来ない金属なのだろう。武器としても、ブースターとしても、遺物としても、極上の一品だ。

 しかし、その優美な刀身に、血のようなあとがこびりついていた。レシィは口元を押さえた。構わずキットは刃を調べて、そして死体の刺し傷を調べた。


「これで刺した可能性があるな。目視しうる範囲でだが、刺し口と大体あっている。勿論、死因は詳しくはわからない。でもこれが凶刃になった可能性が……ある」


 レシィは愕然とし、その場にへたり込んだ。

 その近くを、落とされたまま放置されていたリュープが無意味に動き回る。


(パパが人殺し……人殺しだなんて! 嫌よ! 嘘よ! なんで! どうして!)


 まだ父が人殺しをしたとは限らない。しかし、この短剣は父のものだ。そして、ここにはリュープがいる。死体は父ではなかった。その意味が成すことをレシィは想像し、絶望した。


「ちが……ちがうぅぅ……っ……ぜった、い……嘘よ……っ」


 レシィは耐え切れず泣いた。今度は声を抑え切れなかった。少女の小さな嗚咽がしんと静まり返った室内に木霊し、大人たちは苦い顔を見せ合った。

 キットは短剣をサイに渡し、レシィの背中を撫でた。彼女を慰めようと、ゆっくりと手を動かす。ただ表情は怪訝なまま、徐々に考えに没頭していった。そして、手の動きが止まる。レシィが泣き止んだからではない。気付いたのだ。サイもそれに気付き、口を開いたのと同時だった。


「……妙よ。何かがおかしいわ」


 キットが箱の中眠る男に目を移した。


「一人は刺し殺されて、一人はリュープになって……じゃあ、誰がこいつをここに入れたんだ」


 サイの、キットの呟きが狭い部屋の中で嫌に大きく響いた。

 キットがレシィを立たせた。彼女はまだ泣いている。それでも言われた通りに立ち上がった。それを見てサイはすぐさま荷物とリュープを拾い集めた。

 ジェラルドが斧を構えたまま、全員に声をかける。今まで殆ど口を挟まなかったが、彼も彼で思っていたことがあったようだ。


「その容器から出ていったドールとやらはどこに行った」

「レシィ、涙を拭け」


 キットがレシィを急かす。レシィは頷き、涙を拭った。悲しみに暮れていたいが、そういう事態ではなさそうなのは理解は出来た。サイから荷物と、そしてリュープを受け取り、レシィは辺りを見渡した。

 前後左右。天井も見る。何もない。


「人や魔物の気配はないわ」


 サイから緊張の声が漏れる。しかし、誰も安心はしなかった。

 誰もが息を潜めたその時。

 ――カタン。

 小さな音が隣の部屋から漏れた。キットの銃口が壊した扉を向こうへ向けられる。すでにマナが溜まっている。

 キットは警戒して、扉に近づいた。隙なく銃を構えて前へ進んで、奥を覗く。

 扉の向こうの、元いた部屋には誰もいなかった。扉をくぐり抜けるキットに、レシィ、ジェラルド、サイと続く。

 ねっとりと、肌から五臓六腑まで舐るような嫌な気配が立ちこめていた。四方から感じる空恐ろしい気配に、レシィは縋るようにキットを見上げた。一抹の希望があったのだ。藁にも縋る思いで、レシィはキットに問いかけた。


「さっきの人を埋葬したのが、パパかもしれない。だって友達だもの。もう一人増えるなら……もう一人生きている人っていうのはパパかも……」


 可能性としては十分あるはずだ。今一番信じたい可能性だった。キットは僅かに悩んだ顔を見せたが、険しい顔のまま呟いた。


「……それなら良いんだけどな。出来ればその可能性を信じたい。僕もだ。しかし、だったら、何故お前の父親は今日まで帰ってこなかった。一人無事なら、帰ってきても良いはずだ。リュープがいるということは、確実に人が人を殺した――人殺しなんて大事件起きて、一緒に遺跡に入ったやつが死んだなら、特にそうだ。それに、何でお前の父親の荷物が箱の中に入っていた。武器もだぞ? こんな何が出るかも分からない遺跡の中で武器を放棄する意味があるのか?」


 キットの指摘にレシィは押し黙る。

 確かにそうだ。そんな事があったら帰ってきても良いはずだ。最も、入り口に施されていた封印が内側からも解けなかったのであれば、帰ってこなかったことにも理由がつく。しかし何故、荷物なんて置いていなくなってしまったのか。

 父の短剣を握る。

 家で何度も見たことがある。美しい様相に何度も興味が沸き、触らせてくれと駄々を捏ねたが、父は一度も触らせてくれず、旅に出るときはいつも持っていっていた。それを手放す理由は一体何なのだろうか。答えを想像しようにも、嫌な想像ばかりで、良い想像はまるで思い浮かばない。


「例え誰であれ、絶対もう一人はいるはずだ。でもそいつは一体どこ……いや、やはり……もう亡くなった可能性が高いのか?」


 キットの呟きにレシィの心臓がどきりと跳ねた。

 ここまで来る道程、人には一度も会わなかった。すべて魔物だったり、先ほどから見かける謎の古代兵器とやらだけだ。あれだけ戦ったり、叫んだり、話したりしていて、生き残った誰かが気付かないなどという事があるのだろうか。どの道、浮き上がったもう一人の存在はないに等しい。

 だというのに、得体の知れない不安感が残る――先ほどから誰かに監視されているような気分になるのは気のせいなのだろうか。レシィは大人たちを見上げた。いや、気のせいではなさそうだった。彼らも皆、妙にそわそわしていた。怯える必要はないはずなのに、何かに警戒心を尖らせていた。同じようにえも言われぬ胸騒ぎに神経質になっているようだった。

 ジェラルドが鋭い目つきが光る。


「俺が気になっているのはドールや魔物の方だ。人なら別に構わん。いきなり襲い掛かったりしてこないからな」

「ジェラルドの言う通りね。浮上してきたもう一人の存在が人なら問題ないわ。問題なのは人以外の時よ。もっとも、さっきの死体を処理したのがドールだっていうのは考えにくいけれどもね。でも、ここは古代遺跡――何が出てくるかわからないわ」


 結論は出ず。警戒を緩めることも許さず、四人の中からも緊迫した空気が流れ出した。


「人でないなら何がいる? 人を埋葬する知能と心がある魔物か? 古代人か? ははっ。古代人なら相当長生きだな。亡霊だ。古代遺跡に古代人の亡霊、なるほど。これは恐ろしい」


 軽口を叩くキット。饒舌だが、見えないものに油断なく銃を構え続けた。

 ――不意に感じた気配にレシィは飛び上がって振り向いた。

 気配がした。今度は確かに気配がしたのだ。ドールが入っている容器が並んでいる大広間の方から。


「あ!」


 レシィは見た。大広間に繋がる出口に影が揺らめくのを。


「いる!」


 彼女の声に大人たちは反応して広間の方を見た。何もない。しかし、レシィは確かに影を見ていた。

 それを伝えようとした、その瞬間。

 広間の奥から、轟音が鳴り響いた。何かが崩される音だった。

 一体誰が、何が――。

 古代兵器の存在。リュープと死体。死体を埋葬した第三の存在。

 事態が掴めない。誰もがそう思った。

 レシィはキットを見た。


「パパは……?」


 第三の存在がいる以上、父親がリュープでない可能性だってある。

 キットの表情が苦渋に満ちた。壁と広間を見比べると、一つ大きなため息が吐き出された。


「正直、帰りたいぜ」


 それだけ言うと、キットは大広間へと歩いていった。レシィはそれについていった。来るなとは言われなかったことを、彼女はホッとした。

 ジェラルドもサイも後に続いた。


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