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重ならないのは誰なのか

 ぶっきらぼうな明美の問いかけに、一路は。


「……する!」


 断言。

 それは、平穏な河に、石を投げて波紋をたてるようなもの。

 けれど、その男らしい顔が、なんというか、いつも以上に真面目で真剣でせっぱつまったものだったから。


「……肩の力は、抜きなさいよ。このみのことだから、まず心配しちゃって、話なんか聞いてくれないんだから」


 明美は一路に対して、真剣な声音でそうアドバイスせざるをえなかった。


「ああ、そうだな。その可能性は高いな」


 ははは、と笑いながらうなずく一路の顔は、"告白"をする前に比べるとずっと晴れやかなものだった。

 ためこんでいた感情を誰かに話せたことで、気分がすっきりしたのだろうか。


「ありがとうな、明美。お前が聞いてくれたから、気持ちが楽になった」

「あっそ。それは、よかったわね」


 呆れて流すかのように返す明美に対して、一路は大真面目な顔で言葉を重ねた。


「いや、本当だ。お前がいつも俺の悩みを聞いてくれるから、助かるよ」

「……そりゃ、どうも」


 釈然としない顔で頷く明美に、満面の笑みの一路。


「よし、そうと決まれば、あとは実行あるのみだな!」


 言うが早いか、ガタンと音を立てて、一路は勢いよく立ち上がる。


「……もう、するってこと?」

「そうする。善は急げとも言うしな」

「いいんじゃない」

「そう、想うか?」

「そりゃ、想うわよ。迷いをふりきったんなら、ね」

「なるほど、な……」


 そうして立ち上がった一路は、しかし、足を踏み出すこともせずに立ち止まっていた。

 明美もまた、何も言わなかった。


「……言いたいことがあるなら、聞くよ?」


 迷いをふりきったんなら、とわざと言ったのは、幼なじみゆえに性格をよく知っているからだ。

 だから、一路は明美に対して、背中を向けながら問いかけた。


「お前から見て……俺とこのみは、その、どう想う?」


 昔から二人を見てきた明美なら、と一路は想って、そう聞いた。

 けれど、明美の答えは、一路の望んだものと違っていた。


「……まったく、漢らしくないわね」

「なんだって?」

「さっきまでの勢いはどこへ行ったのよ? まったく、心配しないで、ドンとぶつかってきなさい!

  アンタは迷ってない方がわりといい漢だって、私が保証してあげるからさ!」


 明美も立ち上がり、一路の背中をバンと勢いよく叩く。

 身体がよろめくくらいの叩き方に、一路も顔をしかめて明美に振りむく。


「お前、加減ってもの……が……」


 文句を言おうと開いた口元が、次第にしぼんでいった。

 振り向いた先にあった明美の顔は、今まで一路が見たことのないものだったからだ。

 深く記憶を探す大人のような表情で、明美は一路に語りかける。


「覚えてる? 去年の体育祭の時」

「あ、あぁ……みんな、一丸となって頑張ったよな」


 特にお前は、ケガまでして――と一路が言った言葉に、明美はうなずく。

 「覚えててくれたんだ」、と明美はほがらかに微笑む。


「お前が足のケガを隠してまで、リレーの最終を回りきった時のことだろう?」


 大事なリレーの試合、皆と一番をとると決めて、練習を遅くまでして望んでいた。

 けれど、リレー前の競技で、明美は足をくじいてしまっていたのだ。

 隠し通してリレーは終わったものの、痛みを隠すために校舎裏へ回った時――一路が現れて、気遣いの声をかけたのだ。


「うん……あの時、みんなの前じゃなくて、誰もいないところで支えてくれて、嬉しかった」


 なんともないと言い張る明美に対して、一路は怒った。

 その怒声と気遣いが、明美の緊張感をゆるめ。

 一路の背中に乗せられた明美は、あんがいに一路の背中が大きいことに気づいたのだった。

 一路に支えられて保健室で治療をしていると、すぐにこのみも現れた。

 このみも明美の様子がおかしいと想って、保険医に相談にきたらしい。


「まったく、ステキな友人を二人も持って……私は、幸せだよ」


 そんな三人の関係を、一路は変えたいと相談にきた。

 明美としては想うところもあったが、口にする言葉は、もう決まっていた。


「最大限、協力するよ。だから……」


 ――迷わないで、と明美は言い含めるように、言葉にのせた。


「……ありがとう、な」

「いいから。じゃあ、続けようか?」


 立ち上がった一路を再び座らせ、明美は彼に、告白場所や時間帯などのアドバイスをする。

 一路は、その言葉をありがたく想いながらも、不思議に感じることもあった。


「なんというか、お前、やけに詳しいな」

「……それを聞きますか?」


 ハッ、と軽い息を吐き出して、一路に呆れの言葉を投げる。

 その態度に一路はばつが悪そうに口元を隠しながら。


「いや、お前の真剣さ、本当にありがたいと想ってるから。だから、なんでなのかと、考えただけさ」


 ためらいながらも視線をそらさない一路の視線に、明美は逆に視線をそらして答えた。

 もう、口元や瞳に、自嘲の色はなかった。


「……私の好きな人に、こうされたら嬉しいなって考えてたことを、さ……言ってるだけなのよ」

「なるほど、な……」

「い、言わせないでよ、恥ずかしい……!」


 照れ顔で一路につっけんどんな態度をとり、背中を向ける明美。


「うらやましいな」


 背中越しに聞こえた一路の声。


「え?」


 ぽつりと呟かれた一言に、明美は肩越しで振りかえる。

 一路の横顔が、とても優しく。


「その、お前が好きになったやつ。幸せな奴だな、と想ってさ」


 口元でささやかれた言葉は、明美の心に重く染み込むものだった。


「――」


 一路はその名の通り、まっすぐに自分の胸の内を言葉に乗せた。

 ただ、それだけのことだった。

 だから、明美は身体をくるりと一路の方へと戻して。


「――はっ。その力は、今、アンタに注がれているわけですが?」


 からかうような、バカにするような、曖昧な笑顔を浮かべ。

 指先で一路の顔をつんつんと突つきながら、胸の内の言葉を埋めこんだ。

 違いない、と笑う一路。

 二人はその後も、告白に関する不安や注意を話し合った。

 それらは、あくまで相談であって回答ではなかったが、一路の中で気が休まっていったのも事実だった。


「明美、具体的なことは、俺が決めるよ」

「あぁ、ごめん。確かに、それはそうだよね」


 ここまで明美に寄りかかっておいてなんだけどな、と一路は謝りながら。

 しかし一路も、告白する者の礼儀として、行動は自分でしたかった。


「じゃあ、一つだけ、アドバイス」


 明美は一つだけ、一路に対してアドバイスをした。

 この学校には一つの噂がある。

 中庭に立つ木の下で告白をすると、二人の想いが通じ合うという。


「……逆に、避けようかと想っていたんだが」


 生徒の間では、まことしやかに伝えられている噂のせいで、木の下での告白は避けられるようになっていた。

 一路もそれに習い、明美の提案に疑問を持つ。


「それこそ逆よ! このみの趣味、あんたも知ってるでしょ?」


 噂を知っているからこそ、このみをよく知る明美だからこそ、そう言い切る。

 明美は知っている。

 このみの家には少女マンガが大量にあり、このみ本人は否定していても、そこに描かれた物語に憧れていること。

 それに、友達同士の色恋の話でも、甘い出会いや運命の響きにあこがれていることが、否応なしにもれていること。


「だから、迷わないこと。あんたの名前のように……ガツンと、行きなさい!」


 それこそドラマティックによ、とつけ加える明美の口調に押され、一路もうなずく。


「ああ、そうだな。ここまできて迷ってたら……お前にも悪いし、な」


 うなづいて明美を見る一路の顔に、もう迷いは見られなかった。

 そして明美もそれにつられて、口元に笑みを浮かべるのだった。




 ――告白の日取りや時間は一路が決めるとのことで、二人は別れた。

 ――もう、その瞬間は明美にとって関わりがなかったはずなのに。




「……あぁ、もう」


 なにげに通りすがった、人気のない時間帯。

 木の下を見れば、そこには一路とこのみの姿があった。

 反射的に隠れてしまい、二人の姿を遠巻きに見る明美。


「いや、私なんて、消えちゃえばいいんだろうけどさ……」


 二人の背中を見つめながら、ぼんやりと、明美は立ち尽くし。


「……あー、なんてーか」


 あいまいになる視界と思考の中で、後ろ手で組んだ両手を握りしめながら、ぽつりと明美は口を開いた。


「あのタイミングで、"好き"って言ってたら、卑怯だったんだよね……」


 泣ければいいのになぁ、と明美は想わなくもないが、なぜかそういったものが表面には出てこない。

 だからこそ、今の今までポーカーフェイスで一路と付き合っていられたのだが。


 ――だがしかし、あの時の一路の話はこたえた。

 じっくりと、後で染みてきそうな感情が、明美の気分を憂鬱にさせる。


「……けれど、受け入れるだけなのは、こたえるね」


 一路の性格なら、明美の言葉を聞けば、きっと迷う。

 そして、悩み惑いながら、必死に答えを探そうとするだろう。

 優しくしてくれるかもしれない。

 けれど、明美はなんとなくわかっている。

 幼なじみを続けてきたからこそ、その苦しみの果てに一路が選ぶ答えが、もうわかっている。

 明美が好きになった一路の選ぶ答えは、決して変わることはないだろう。


 ――好きな相手の幸せを願うことが、私の幸せだと信じたい。


 そんなことを心の奥に秘めながら、明美は幼なじみの顔を作って、恋人同士の帰路を待つのだった。

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