重ねる想いはなんなのか
――しかし、勘違いとは困ったものだ。
「――はぁ?」
想わず、稲葉明美はあきれ声をあげてしまった。
彼女にしてみれば、"げた箱にラブレターが入っていて、校舎裏に呼び出される"なんてシチュエーションだったのだ。
高揚していた気分が一気に冷め、眼の前の人物をじっと睨みつけてしまう。
「すまん、本当にすまん!」
「……いやぁ、あんたのしっかりしてそうで抜けてるところはよく知ってるけどさぁ」
眼の前で謝る男は、ぱっと見ではしっかりとした好青年。
だがしかしてその実体は、天然とくそ真面目さで女子間で密かな人気を誇る、真実一路という少年であった。
(一路ってなぁ)
と内心で想いつつ、明美は諦めのため息をはいた。
その正直さに嘘がないことは、幼なじみである彼女にはよくわかっていた。
昔からの腐れ縁は伊達ではない。だから、幼なじみってめんどくさい。
「や、逆に幼なじみのげた箱に間違って入れるスキルはすごいと想うけど」
「なぜなら恥ずかしくないからな」
「確信犯なの!?」
突然キリッとしてそう言う一路に、さすがにジト眼でにらむ明美。
「って、アンタねぇ……」
「や、待て待て。ほ、ほんとは焦って間違ってしまってだな」
「どうせテンパって、ラベルも見ずに放り入れたんでしょ?」
「ま、まぁな……」
堅苦しい一路の態度から、とりあえず嘘はついていないようだと想った。
明美は一路を見ていると、名は体を表す、と言った昔の人に呆れてしまう。
一路はまさしく、いろいろと想い悩んでしまうタイプだからだ。
……見ている周囲が、たまに苦々しく想うくらいには。
「ドキドキするのはわかるけど、でも間違えられるこっちの身にもなってよ」
「やっぱり、入れられた方も、ドキドキするものなのか?」
「……そりゃ、ま、私だって好きな人には、ね」
一路の返しに、言わせんな恥ずかしい、といった表情で明美は眼をそらした。
「……で、誰なのよ?」
「ん?」
「あんたの好きな人よ、ここまできたら聞かせてもらいたいわ」
さっそく一路に対して本題をねじこむ明美だったが。
「この一路、それだけは口が裂けても言えぬ!」
「あっそ、じゃね」
めんどくなったので軽く手を振ってバイバイしようとしたら、しがみつかれた。
「いやいや明美さん、ここで去ったら俺たちの腐れ縁も終わりじゃないかね?」
「腐ってるからねぇ、もぎれるかもねぇ」
「ややや、明美よ……そんな寂しいことを言うな。頼む、相談に……のってくれないか?」
一路にも想うところがあったのか、想いついたように明美へそう打ち明ける。
真面目に追い詰められたような表情でそう言われれば、明美だって無下にはしづらい。
「……初めから、そう言えばいいのに」
そっけないふりをして、明美はそう受け答えた。
「すまないな」
「いいよ、話した方がすっきりする場合もあるし……移動する?」
校舎裏で立ちっぱなしも疲れるので、手近なベンチのある場所へと移動する。
腰を落ちつけて一息ついてから、改めて明美は口を開いた。
「で、重ねて聞くけど、あんたの好きな人って一体誰なの?」
「このみです」
「あらイヤだワタシだなんて」
「何をどう聞けばそんな解釈になる!?」
「好みって言ったじゃん!」
「違うわ! 好き嫌いのそれじゃなくて、名前だ!」
「ほうほう、このみさん、と」
「……そうだ」
そうかそうか一歩前進アハハと笑いあい。
ふっと、ぴたりと笑い声が止み。
「……このみ?」
「……はい、そうです」
やたらに殊勝に気まずそうにうなずく一路の態度。
想わず、明美はちゃぶ台をひっくり返す勢いで口を開いてしまった。
「ていうか、このみ!? まじ、このみ!? あの、このみですかマジですか!?」
「連打されると確かに恥ずかしいな、このみ」
「話の腰を折るなよ!」
冷静に突っ込んできた一路に対して、明美は想わず怒りの逆ギレを返してしまった。そして燃えた。
「このみってあれでしょ、私たちの幼なじみじゃんワタシの親友じゃんアンタも毎日会ってるじゃん!」
「そのとおりだがなにか?」
「開き直っていい顔すんなよ!」
断言する一路の顔が、ちょっといい顔すぎんよ、と明美は内心思ってしまったりもした。くやしい。
しかし、次いで鬱っぽく疲れた顔になる一路。
そう、学校のイベントで役職を引き受ければあとで想い悩み、
部活で重要な立場を与えられれば頑張りすぎて空回りし――
けれど、それが一路という男の性格なのだった。
逆にこうした性格だからこそ、案外に好かれている面もあるのだろうが。
そんな一路の表情を見て、明美のメンドクサイ指数がピークに達しようとしていた。
幼なじみとかいう設定群がなければ――そう、見捨てたいくらいのはずなのに。
「はあ、呆れたわ。あんなに毎日会ってれば、いくらでもチャンスはあるでしょうに」
助言を与えてしまうくらいには、嫌いになれないでいるのだ。
「それは、わかっているんだ」
「別に、他の女子や私と比べて、話しづらいわけでもないでしょ?」
むしろ明美が想いかえす分には、一路とこのみの会話は物静かながらも気が合っているように想えた。
そして明美は想いかえしながら、一路の態度や表情が、今にして想えばあまり見たことがなかったものだとぼんやり感じられた。
自分の鈍感さが悔やまれる。
「米と同じだ」
「はい?」
「当たり前すぎて、味が変わったときが怖い」
「……や、それはそうかもしれないけれど」
ようは、今の関係が壊れることが怖いということか。
明美は一路の説明でそう想い至る。具体例はどうかと思うが。
――明美は一路の顔を見ながら、このみのことを思い出す。
穏やかで優しく、引っ込み思案。容姿には気を使いながら、年齢相応のあどけなさもある。
女性の立場からも嫌われない、男子の一部には人気がある、そんなこのみの姿。
「――私とは真逆ナンだよねぇ」
自分とこのみを比較して、明美はどちらかといえば活発で男勝りな面もあり、頭より身体を動かす方が好きだった。
ただ、その言葉を一路は違った方に受け止めた。
「そうかもな。お前みたいにまっすぐ物を言えれば、迷惑かけてないんだけどな」
明美のつぶやきを呆れと受けとった一路は、申し訳なさそうにそう言った。
「……私だって、そんなにまっすぐ言えるわけじゃないよ」
「そのあたりは、このみが一番かもしれないな」
違いないわ、と明美はうなずいて、このみとの出会いを想いだす。
確かに、このみは出会った時から、まっすぐに物を言う子だった。
出会いは小学校にさかのぼる。
別の街から転校してきた明美は、今一つクラスになじむことができなかった。
当時の明美はどこか陰があり、他者を拒絶するような空気を幼いながらに出していたからだ。
そんな明美に声をかけてきたのが、このみだった。
理由は、単純なもの。『明美ちゃんは、笑った方がかわいいから!』。
しかも、今想い出せば、言ったときの顔はいわゆるドヤ顔と呼ばれるものだった。
「……あー、まあ、不思議な子ではあったね」
だが、そんなこのみとの付き合いのおかげで、明美の周囲も変わっていった。
友達も増え、出かける機会も多くなり、そして、男子と接する機会もできてきた。
「お前は、すごく勝ち気で、いじわるやからかいが大ッキライだったけどな」
明るく元気な面が現れた明美は、女子をからかう男子の行動が許せなかった。
今にして想えば、たわいのないものばかりだと、かわいく想いだせもするのだが。
そんな男子との衝突を仲裁していたのが、一路である。
「想いかえせば、お前のおかげで、三人でいる時間が増えたんだな」
「そう、なのかな?」
一路の言うとおり、なんとなく三人でいる時間が多かったのは確かだ。
小中高と一緒で、なおかつ朝の登下校まで、未だに一緒な三人組。
二人以外にも友人は皆できたけれど、一緒にいる時間が多いことに変わりはない。
「今日の朝も普通に話してたのにねぇ」
「人間には仮面があるのだ。心にある仮面はどうやって破壊したらいい?」
「知らないわよ」
変わりがないからこそ、変えようとすることに躊躇するのか。
――変わりがないのではなく、変わりたくないのか。
想い沈む前に首を一振りして、明美は口を開いた。
「で、なに。告白するの」




