第9話 : 再会と新しい始まり
雪村家のキッチン
「…できた」
そらはエプロンを外しながら、食卓に料理を並べた。玉子焼き、味噌汁、焼き鮭、少し手の込んだサラダ。昔ながらの「特別な朝食」だった。
「わっ!これ…プロ級じゃん?」晴人がキッチンに入り、目を輝かせた。
「当たり前でしょ。誰のために早起きしたと思ってるの?」
「まあ、いただきます!」
二人で箸を取った。
「ところで俺のクラス、いいやつばかりだ。すぐ馴染めると思うよ」晴人が口に頬張りながら言う。
そらは横目で彼を見た。
「…本当?実はちょっと不安だった」
「馴染めなくたって平気だよ。文也と俺がいる。仮に『孤独なそら』になっても面倒見るさ」
「…誰が孤独よ!」
頬を膨らませて睨みつけるそらに、晴人は笑って肩をすくめた。
「はいはい、ごめんごめん。でもマジで、俺らがついてるから」
そらは顔をしかめたが、最後には小さく呟いた。
「…まあ、ありがと。でも言ったからには覚悟しなさいよ」
***
晴人視点
朝の再会 ― 街角
登校途中、曲がり角で一人の男子生徒と出会った。落ち着いた雰囲気の制服姿。
「…文也…?」そらが呟く。
彼も二人に気づき、目を見開いた。
晴人が笑いで沈黙を破った。
「おいおい、どうした?まるで人形みたいだぞ。再会がそんなに衝撃的か?」
現実に引き戻された二人。
「…へえ、驚いたわ。『昔の文也』がまともな人間になってる」そらは皮肉たっぷりに言った。
「いやいや、相変わらずの方向音痴でノロマなそらさん。再会できて嬉しいよ」
「…今なんて言った?」
「おっと、これって宣戦布告?」文也が冗談めかす。
殺気立つ視線を交わす二人の間に、晴人が割って入った。
「よしよし、何も変わってなくて安心した。さ、行くぞ」
そらの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「よかった…誰も変わってない。この感じ、大好き」
学校到着 ― 教室へ
到着すると、そらは職員室に呼ばれ時間割の説明を受けることになった。一方、晴人と私は教室へ向かった。
すでに何人かの生徒が席についていた。
「おはよう、静川さん」
「おはようございます」
彼女は本を閉じて挨拶を返した。少し緊張しながら、私は切り出した。
「静川さん…昼休み、少し時間もらえるかな?」
彼女はまばたきし、驚いた様子だったが、やがて優しく頷いた。
「ええ、いいわよ」
ほっと胸を撫で下ろす。
(ちゃんと謝罪できるといいんだけど…)
***
1時間目が始まった。教師が教壇に立ち、告げる。
「本日、転入生が来ます。雪村そらさん、自己紹介をお願いします」
ドアが開き、現れたそらの姿――長い銀髪、上品な顔立ち、圧倒的な存在感。教室は一瞬静まり返った。
「よろしくお願いします。雪村そらです。今日から皆さんと一緒になります。頑張ります」
瞬時にざわめきが広がる。
「超可愛い!」
「モデルみたい…」
「雰囲気違う!」
男子たちが手を挙げた。
「先生!僕が学校案内します!」
しかしそらは首を振った。
「結構です。もうガイドは決まってます」
「え?誰が…?」
「桜木晴人くんと相沢文也くんが案内してくれます」
教室は再び騒然となった。
「なんで名前知ってるの!?」
「知り合い?もしかして彼女…?」
教師が咳払いで静かにさせた。
「静粛に!雪村さん、着席してください」
そらが席に向かう間、文也は振り返らずにはいられなかった。
教室の隅で、静川さんの表情が氷のように冷たくなっているのを目にした。
(―幼なじみって恋愛では有利な立場だよな…理論上は)
文也は視線を逸らし、そっと息を吐いた。
教室 ― 昼休み前
榎本恵は静かにその全てを見つめていた。
――朝から波乱万丈ね…
「文也、昼休みは消火活動に追われそうだわ」心の中で呟き、小さくため息をついた。
ちょうどその時、チャイムが鳴った。
晴人が立ち上がり、そらに近づくのが見える。
「約束通り、学校案内するぞ」
その瞬間、静川美月が二人に向かって歩み寄った。転校生を見るなり、自然と手を差し伸べようとしたが、そらは即座に反応した。
「あなた誰?」
美月は冷静を保った。
「静川美月です。よろしく。それで…桜木くんとはどんな関係なの?」
空気が張り詰める。そらは眉をひそめて挑発的に返した。
「自己紹介聞いてなかったの?私たちは幼なじみよ。長い付き合いだわ。見知らぬ人にはわからないでしょ」
美月の顔がわずかに硬くなった。しかし返す間もなく――
「落ち着けよ二人とも。そら、校内案内に行くんじゃなかったか?」晴人が割って入った。
すると美月は晴人に再び尋ねた。
「…今朝のメッセージ、見てくれた?」
「え?ああ、忙しくて携帯見てなかった」
美月の瞳が少し大きくなる。その表情を見て、そらは悪戯っぽく笑い、自然に晴人の腕を掴んだ。
美月は石化した。
「お、おいそら!何してるんだ!」
「何って?昔からこうしてたじゃん」
美月の顔から血の気が引いた。文也はもう見ていられず、介入した。
「もう時間だ。晴人、早く案内してやれ」
そらは文也に向き直った。
「あなたは来ないの?」
「いや、用事がある」
「あらそう。じゃあまた後で」
そらと晴人が去ると、教室は重い沈黙に包まれた。美月と文也は硬直したままだった。
屋上 ― 昼休み
屋上には三人――美月、恵、そして私がいた。
沈黙を破った。
「そらは小学生時代の同級生だ。晴人とは昔から仲が良かった」
美月が空を見上げて呟く。
「…でもさっきの様子は、ただの『友達』には見えなかったわ」
恵が冷静に割り込んだ。
「でもそらさん、晴人くんに恋愛感情はないと思う。ただ…縄張り意識があるだけ」
「それが問題なのよ!」美月が唇を噛んだ。
「どうやって幼なじみに勝てっていうの…?」
ため息をつき、認めた。
「…正直、晴人の本心はわからない。そらのことも…君のことも」
美月が勢いよく立ち上がった。
「でも始めもせずに諦めない!私はまだ一歩も踏み出してないんだから!」
走り出そうとした彼女を、優しく引き止める。
「…待って。ここに呼んだのは、謝りたかったからだ」
美月が驚いた目で見つめる。
「謝る?私こそあなたを巻き込んだのに!幼なじみとの関係まで壊しかけて…!」
ただ黙っていた。美月は声を落とした。
「…だから謝る必要なんてない。だって私…まだスタートラインにも立ってないんだ」
そう言うと、彼女は走り去った。
美月が全力で晴人を探しに行く背中を見送る。恵は弁当を開きながら呟いた。
「…はあ。思ったよりドラマチックじゃなかったわ。謝罪なんて最初から必要なかったかも」