忠誠の代償
校舎の廊下 ― 昼休み終了間際
そらと私は渡り廊下を歩いていた。一歩先を案内しながら、時々振り返って彼女がついてきているか確認する。
「ここが理科室…あっちが美術室だ。疲れてないか?」
「大丈夫、まだ平気」そらが微笑む。
その時――慌ただしい足音が近づいてきた。
「え?」
振り向くと、息を切らせながら走ってくる美月の姿が見えた。
「…美月?どうした?」
彼女は立ち止まり、息を整えると決然と言った。
「見ればわかるでしょ?私も案内するわ。そらさんにしっかり学校を知ってもらいたいから」
そらが眉をひそめた。
「…誰も頼んでないけど」
だが美月は引かなかった。一歩踏み出して宣言する。
「わかってる。でも桜木くんと私には約束があるの。『昼食は一緒に』って。文也くんがいない時は私が付き合ってあげてる」
そらの目が少し大きくなった。
「…約束?」
彼女の視線が私に向けられる。私はただ苦しそうに頷いた。
「ああ…そうなんだ。最近文也と昼食を一緒に取れてなくて…」
遠くを見つめ、普段なら口にしないような本音を零した。
「二年生になってから…何か距離ができちゃって。言うべきじゃないけど…彼に『ただの親友』で終わってほしくないんだ」
「どういう――」
そらが聞こうとしたが、私は静かだが強く遮った。
「文也がいなかったら、今の俺はいない。彼がいなかったら…多分相変わらずダメなままだ。だから文也にも新しい出会いをしてほしい」
美月とそらは言葉を失った。
沈黙が続く。
私がそれを打ち破った。
「…ま、ケンカやめようぜ」
「ええ、そうね」そらも同意した。
こうして三人での校内案内が始まった。
教室に図書館、中庭にカフェテリア…
晴人の説明に、美月とそらが小さく相槌を打つ。
しかし――
そらの心は別の場所にあった。
(…今朝はあんなに普通だったのに。今は…何かが変わった)
(美月のせい?それとも…?)
思考がまとまらない。
ふと、文也の顔が頭に浮かんだ。
(まさか晴人は文也から…彼のために距離を取ってる?文也を一人前に見せるために?)
突然の閃きに震える。
(晴人がいつも側にいたら、誰も文也を見ない。晴人はそれに気づいてる?だから離れてる…?)
(それって…辛いだろうな)
そらは何も言わなかった。
ただ歩き続け、気づかないふりをした。
胸中の渦を隠しながら。
無表情。口を閉ざしたまま。足音だけ。
終了のチャイムが鳴った時――
彼女の中に新しい決意が生まれていた。
(二人の友情を壊させない。絶対に)
***
教室は静まり返っていた。
机に肘をつき、窓から差し込む光の中、ぼんやりと外を見る。
(…これからどうすべきか)
そらと晴人。
二人の距離が少しずつ縮まっていくのが感じられた。
(…手遅れになる前に、そらの本心を知らないと。
彼女が本当に何を思っているか…たとえ辛くても)
そらは感情を表に出さない。
でも、何も感じていないわけじゃない。
(…自然な形で、二人きりで話す機会を作らないと。彼女が素直になれる場所で)
せめてもの務めだ。
だが、それだけじゃない。
美月のこともある。
(…思ったより落ち着いてる。屋上での一件から、何かが変わった。そらの登場がきっかけだったんだろう、良い方向に)
以前は自分のペースで、全てを流すように振る舞っていた。
でも今…彼女の決意が見える。
晴人への想いと正面から向き合おうとする姿勢が。
(…どう支えれば?
励ましたい…けど、あの真剣な眼差しを見ると踏み込めない)
正直、わからない。
そして、もう一つ気がかりがある。
(…あの手紙。二通の手紙だ)
差出人は不明。
でも内容から、私をよく知る人物に違いない。
おそらくクラスメイト。
(…何も調べられていない。
友達を優先した。今はそれが一番大事だ)
手紙の主には謝らないと…
でも今は、彼らのためにいたい。
(…ごめん。きっと分かってくれるはずだ。
だって、あの手紙は優しさに溢れてたから)
そして――
(晴人。最近、無理してるみたいだ。
時々、抑え込んでいるような表情をする)
気づいている。
…だって、人を想う気持ちを教えてくれたのは彼だから。
(…話さないと。
彼の考え、気持ちを知らないと。
――そらのことも)
今じゃなきゃ、永遠にできないかもしれない。
距離が広がる前に、向き合わないと。
チャイムが鳴った。
昼休み終了。みんなすぐ戻ってくる。
ゆっくりと立ち上がり、椅子を整え、決意を固めた。
(――動くなら、今だ)




