36 ドローン・イーツ
午後9時5分前。
サファイアと会長はレッドブリッジで酒盛りをしていた。
結社ダイヤモンド・プリンセスのサファイアは、古い生活様式を守る会の会長を人質にとり、アマビエ様が来るのを待っていた。
しかしアマビエ様は一向に現れないので、しびれをきらしてドローン・イーツで酒とつまみを注文したのだった。
「さあ、飲んで飲んでー。今日は私のおごりだから。人質やるのも疲れたでしょー?」
「ありがとうございます。でもいいんですか、サファイアさん、公共の場でお酒を飲んだりして」
「えー? なんでー?」
「だってほら、新しい生活様式では路上で酒を飲むのも、酔っぱらった状態で外を出歩くのも禁止しているでしょう?」
「えー? そうなのー? でも、いいよー、今夜は無礼講ってことでー」
「意外と寛容なんですね」
「だいだい新しい生活様式とか私、興味ないんだよねー」
「ええ!? でも、ダイヤモンド・プリンセスが政府に進言して、新しい生活様式は日々改訂されていってるんですよね?」
「そんなのママが勝手にやってるだけだし。ママへのアピールとして、私もときどきアイディアを出したりするけど。あ、ちなみに「4人以上での対面でのじゃんけんをしてはならない」って文言を考えたのは私」
新しい生活様式最新版でとりわけ話題になったのは、じゃんけんに関する禁止事項の追加だった。
じゃんけんは対面コミュニ―ケーションを活性化するトリガーになる行為であるため、これを抑制することで人と人との接触機会を0.03割減らせるなどという試算が政府発表でなされたのだった。
また、じゃんけんは、複数人が同時に勢いよく発声することから、飛沫感染のリスクが高いとも指摘された。
さらには、4人以上でじゃんけんを行った場合のあいこになる確率の高さも、対面コミュニケーションを不要に長引かせるとして問題視されたのだった。
「あれ、口から出まかせで提案したやつだったんだよねー」
「はあ……。てっきりダイヤモンド・プリンセスはダイヤモンド、つまりお母様の強力なリーダーシップのもと、組織が一丸となって新しい生活様式の発展に尽力しているものと思っていました」
「まさかー。今日だって、ママに頼まれたから一応アマビエ様を探してるけど、正直どうでもいいー。守る会の会長を人質にとってまで捕まえようとしたってことで、やってる感は伝わるかなーとかそんな感じ」
「ええ!? じゃあアマビエ様が来なかったら私が死ぬっていうのも嘘ですか!?」
「いや、それとこれとは別。あれー? なんか人がいっぱいいるー」
サファイアと会長の周囲には続々とデモ参加者が集まっていた。
「ここでデモがあるって聞いて来たんですけど、主催者の方ですか?」
「え? デモ……?」
「なにそれー?」
「あれ? もしかして守る会の会長さんですか?」
「あ、はい。そうですけど」
「昨日の動画見ましたよ。そうか、会長さんがデモを呼びかけたんですね?」
「え? いや……」
「でもなんでお酒飲んでるんですか?」
「そうか、これあれだよ、公共の場で酒を飲むことで抗議の意思を示すアクションなんだよ」
「なるほど! しまった。お酒持って来ればよかった」
「なになにー。みんなも飲みたいのー。じゃあおごってあげるー」
サファイアはドローン・イーツに追加注文を行った。
ざっと見たところ周囲に500人くらいは集まっている。
まだまだ増えそうな気配だ。
取り急ぎ超特急便でビールを1000人分注文した。
注文した品の80%以上が消費されたとき自動で同数を追加注文する、オートオーダー機能もオンにした。
「すぐに届くからー。ちょっと待っててねー」
「ちょっとサファイアさん、大丈夫なんですか!? 1000人分なんて頼んじゃって」
「いいのいいのー。どうせダイヤモンド・プリンセスの口座から支払われるんだしー。あ、私用にキープしてたビールがまだ一杯あまってるー。ビール争奪じゃんけん大会やろっかー。」
「なんですかそれ?」
「じゃんけんに買った人が。先にビールが飲めるのー。みんな準備はいいー」
サファイアは拳を高く掲げる。
「じゃーんけーんぽん!」
集っている500人が一斉にじゃんけんに参加する。
当然あいこだ。
「あーいこーでしょ!」
またあいこだ。
当然だ。
「あーいこーでしょ!」
「あーいこーでしょ!」
「あーいこーでしょ!」
「あーいこーでしょ!」
永遠に決着のつかないじゃんけんの発声がシュプレヒコールのように鳴り響く。
「おー、もう始まってるなー」
「だから言ったじゃないですか。プラカードなんてつくってたら遅れるって」
「いや、こういうのは形から入るのが大事なんだよ。曲がりなりにも俺たちが呼びかけ人なんだしさ」
仮面をかぶった二人の男、すなわちマジェスティックとサービス、そしてコロナちゃんがプラカードを持ってやってきた。
プラカードにはそれぞれ「#定額給付金制度に抗議します」「#がんばれウィズコロナ」「#みんなのコロナちゃん」と書かれていた。
「なんかじゃんけんしてるけど。これがデモなの?」
「うーん。どうなんだろ。俺もデモを見るのははじめてだしな」
「公共の場で人が集まって行うデモは新しい生活様式で禁止されてますからね」
群衆のひとりがウィズコロナの3人に気づく。
「あ! コロナちゃんだ!」
じゃんけんの発声が鳴りやみ、群衆は一様に3人に注目する。
周囲は静まり返る。
デモの主催者が現れたことで、誰もが主催者からのアナウンスを期待した。
だがデモの勝手がわからない3人は何を言うべきかわからなかった。
「コロナちゃん!」
誰かが拳を掲げ、コロナちゃんの名を呼んだ。
「コロナちゃん!」
別の誰かが叫ぶ。
「コロナちゃん!」
今度は何人かが同時に発声する。
「コロナちゃん!」
「コロナちゃん!」
声は次第に拡がり、デモ参加者たちが声を合わせてコロナちゃんの名を連呼する。
「コロナちゃん!」
「コロナちゃん!」
「コロナちゃん!」
「コロナちゃん!」
「コロナちゃん!」
「なんかみんなが私の名前を叫んでるけど。これがデモなの?」
「うーん。どうなんだろ。俺もデモははじめてだから……」
「デモは新しい生活様式で禁止されてますからね……」
コロナちゃんの大合唱にオーバーラップして、上空を轟音が鳴り響いた。
無数のドローンがレッドブリッジに集結していた。
1000人分の生ビールを運んで。




