11 サーズとマーズ
午後10時。
カフェ・パンデミックにきらびやかなドレスに身を包んだ二人の女が来店する。
いわくつきの人物が集まるカフェであるから、奇天烈な格好の来店客は決して珍しくない。
そんな中にあってもなお、鎧のように重厚で派手な二人の服装は目を引いた。
一方のドレスは目の醒めるような鮮烈な青、もう一方は燃えるような赤というコントラストも異様さに拍車をかけた。
「いらっしゃい。サーズさんにマーズさん、ずいぶん久しぶりじゃないか」
「こんばんは、マスター。アマビエ来てない?」
「さあ、どうだったかな」
青いドレスの女、サーズはカウンターに身を乗り出して、カフェ・パンデミックのマスターのとぼけるような表情を至近距離から見つめた。
赤いドレスの女、マーズは店内をぐるりと見渡した。
二人の様子を盗み見ていた客のひとりと目が合うと、威喝するような目で睨みつけた。
「ねえ、マスター、とぼけないの。マスターが客の顔を全部覚えてるってこと、私、知ってるんだから」
「ああ、思い出したよ。夕方くらいだったかな、ちょっと顔を出したね」
「誰と会ってた?」
「嘘ついたら承知しねえぞ、オラァ!」
突然いきり立つマーズをサーズは制する。
「マーズ、落ち着いて。乱暴な言葉を吐かなくても、誠実に答えてくれる方よ。ね、マスター」
「すまないが答えられない。客のプライベートな情報だ」
「あらそう」
「貴様、誰のおかげでこの店が続けられるかわかってんだろうな!」
風営法違反すれすれの営業をつづけるカフェ・パンデミックはいつ摘発されてもおかしくない店だ。
このエリアが経済特区であることも幸いして、公権力の介入をぎりぎりのところで免れているにすぎない。
その代わりに、エリア一帯の自治を取り仕切る商工会との関係は良好でなければならない。
サーズとマーズは商工会の重要人物であり、このエリアを実質的に束ねる存在だ。
「マーズさん、もちろんわかっているとも。あなたたちの日々の活動によって、私はいまもこうして店を開けていられる。とても感謝している。あなたたちがこの地域の治安を維持するために尽くし、その結果この店が守られているのだということを、私は片ときも忘れたことはない。たいへんな世の中だ。きっと血の滲むような努力があったのだと思う。感謝してもしきれない。どうもありがとう」
「いや、まあ…‥。どういたしまして……」
マスターの率直な感謝の言葉にマーズは思わず照れた。
「だがこの店を守るために努力しているのは私も同じだ。街中のいたるところで監視カメラが作動し、オンラインの会話はいつ誰に傍受されているかわからない。こんな世の中でも、 せめてこの店だけは、誰もがひざを突き合わせて安心して会話できる場所であってほしい。そんな思いで店を守ってきた。だからすまないが、客のプライベートな情報については答えられない」
「私たちが聞きたいと言っても?」
「もちろんだ。例外はない」
「てめえ、この野郎!」
「マーズ、待って。マスター、正直に話すわ。アマビエはいま厄介な事案に首をつっこんでいるの。それこそこの地域や国の治安をおびやかすようなね。私たちにはどうしてもアマビエに関する情報が必要なの」
「たとえそうだとしてもだ。繰り返すが、例外はない」
「サーズ、止めるな! やっぱりこいつはただじゃおかねえ!」
「やあ、サーズさん&マーズさん、こんばんは」
マーズがドレスの内側から鈍器を取り出しかけたところで、黒いシルクハットの男が現れた。
ペスト氏だ。
「アマビエ様と会っていたのは、私ですよ」
「なにっ!」
「ペストさん、まだいたのか……?」
「舞い戻ってきました。マスター、私から話すのは問題ないでしょう?」
「まあ、そうだな」
「サーズさん&マーズさん、アマビエ様のことが聞きたいんでしょう?」
「ええ、どんな些細なことでもかまわないわ。教えてもらえるとうれしい」
サーズは希うようなまなざしをペスト氏に向けた。
マーズは鈍器をドレスの奥にしまった。
「いいでしょう。ただしその前に取引の話だ。ちょうどあなたたちにお見せしたい商品がありましてね。マスター、奥のテーブルを使っても?」
「ああ、かまわんよ」