第八話
これで終わりになります。
「それではこれより魔女集会を執り行う! はい拍手―!」
声を高々にリリーが宣言をした。あまりのテンションと唐突なことでその場に居た全員が呆気にとられながらも拍手をする。
「あの、おかあさん? ちょっと時間をおいた方がいいんじゃないかな?」
「馬鹿者。こーゆーのはスピードが大事なんじゃ。ほれ、全員円になって座れ」
あのあと、アルビノは息を吹き返して意識が戻った。あれから二十三年の歳月が流れた事、そしてもう一度手紙を読み、状況を説明した。アルビノは戸惑うことなくそれを受け入れた。だが、二十三年ものあいだ意識がなかったので身体に支障がある可能性があったのでペストとアルビノの手当てをしていたら突然リリーが叫んだのである。
「アルビノ、大丈夫?」
「まぁ、なんとか」
ペストとサクラに抱きかかえられながらその場に座る。
「リリー、さすがに後にしてちょうだい。みんな疲弊してるでしょ? 食べ物か飲み物もほしいし」
「ふん」
鼻を鳴らしてリリーはその辺に生えている花をアルビノに投げつけた。
「それでも食っておれ。食用花じゃ」
「食用花、ですか。薬もかねていそうですね」
「聡いなロゼよ。その通り。水はそうじゃなぁ」
言うなりリリーの足元から太めのツルが現れた。それを切ると中から水が溢れてくる。サクラが慌ててそれを手に溜めてアルビノに飲ませた。
「すまんな」
「ううん。おかあさんがごめんね」
「昔からあんな感じだから大丈夫よ」
「お花、あつめてくる」
サクラはせっせっと食べれそうな花を摘む。
「おい、魔女。俺たちも食おうぜ。安心したら腹が減った」
「君は図太いな」
シェルは手当たり次第に花を口に運ぶ。
「へぇ。意外と美味い」
苦味はなく、その花の色のような味わいだった。
「それは食用じゃないぞ。普通の花じゃ」
「ぺっぺっぺっ」
「何をやっているのだシェル司教殿」
さすがに素人目では花の判別は難しいみたいだ。ある程度腹を満たすことができて一息つく。
「じゃ、そろそろはじめるぞ」
「あ、あの私は魔女でもなければ司教なんですが、この場にいてもよいのでしょうか」
この場に魔女でない者はいるが、司教という立場の者はシェル以外に存在しない。その疑問を持つのも当然のことだった。本来ならば敵だ。その敵に手の内を見せるような真似は本来ならばありえないだろう。
「別によい。お前たちは仲間じゃろ」
何をいまさら、と言わんばかりのくだらない質問だと吐き捨てる。
「よかったね司教様」
「世界を救ったうちの一人だろうシェル司教殿。胸を張れ」
ロゼに背中をバンと叩かれる。この場で疎外感を一番感じていたのはシェルなのは間違いがない。だが、そんなみみっちい事を気にする必要はないのだ。
「わかった」
満足そうに頷くロゼ。
「まぁ議題じゃが、どこに住むか、じゃな」
「どこに?」
「簡単に言えばこのアルヴェルトを復興させるべきだと儂は思う訳じゃが」
「一国を復興だなんてそんな簡単にできるわけないでしょう」
「じゃが、それができた時、儂らはかなり優位になる」
「なるほど」
ロゼは何かに気が付いたようだった。
「ようはこうですね。このアルヴェルトという国は私達のものだと」
「その通り。つまりこの国のトップが儂たちじゃ」
「おおっ」
なんだか男心をくすぐられる話になってきたと拳に力が入るシェル。
「まぁ、儂から言うとそんな事を言っておいてなんじゃが、ここに住む気はない」
「え? じゃ、おかあさんはどこに住むの?」
「ここから離れた場所に家があるんじゃよ。そこに戻ろうかと思う」
すべてが始まった家といってもいいだろう。リンドウを拾い、育てて来た家。今はもうリンドウはいないが思い出が詰まった家だ。そこで暮らしたいとリリーは言った。
「じゃから、ある程度準備が終わったらリンドウを迎えに行ってやらねば」
「その時は俺も手伝う。あいつのでっかい墓でもつくってやろう」
「うむ」
この場にいないのが悔やまれる。この場に立ち会わせたかった。心底そう思った。
「じゃ、私もあの家に戻ろうかしらね。アルビノはどうする?」
リリーがあの家に戻るならペストも元居た家に戻る。それは自然な流れだ。
「俺は……どうするかな」
ペストと同じ家でまた暮らしてもいいが、いつまでも同じという訳にもいかないと思った。大人になれば自立するのが普通だ。
「まぁたまに帰ってらっしゃい。あなたはここに住んだ方がいいんじゃない」
この国が元に戻れば人間であるアルビノは住みやすい場所になるだろう。無理に魔女であるペストに合わせる必要はどこにもないのだ。
「そう、だな」
「あっ、じゃここの――」
何かを言いかけてリリーがサクラの口をふさいだ。
「待て待て。そこは儂にいい案があるのじゃ」
ニヒルに笑ってリリーは続ける。
「この国を復興するにあたって重要なことはなんじゃと思う?」
「そうですね……人が来られるように道の整備でしょうか?」
「馬鹿か。それを言うなら先に建物の修復だろ」
「二人ともハズレは。正解はトップじゃ」
「とっぷ?」
「そう、すなわち王じゃ」
「王!」
アルヴェルトの血筋は絶えている。国の跡地はあるが人はいない。そんな中でここを国としてまた立ち上げるとなれば、民衆を率いる王が必要不可欠になってくる。
「率直に言うぞ。シェルよ。お前、この国の王になれ」
「はいっ!?」
「ただの人間ではなく、世界を救ったうちの一人。その司教が国のトップに立てば、何かと都合がよいじゃろ。教会側から支援もあるかもしれぬ」
「いやいやいや…………いやいやいや」
シェルの頭の中は高速でフル回転した。たしかに都合は良さそうだし、憧れもある。だが、自分なんかが王? とてもじゃないが務まるとは到底思えなかった。
「いいんじゃないかシェル司教殿。面白そうだし」
「お前、最後の一言、本音が漏れてるぞ……」
「私もいいと思うなぁ。司教様が王様だったらいい国になるよきっと」
「そ、そうでしょうか……」
「そうだよ」
「やれシェル司教殿」
「……よ、よーし、やって、みよーかなー」
「チョロ」
「おい魔女、お前今なんか言ったか?」
「何も言ってないが?」
言ったのはサクラである。
「おねえさんはどうする? 私もこの国に住もっかなー」
「そうだなぁ。シェル司教殿一人だとすぐに国が亡ぶかもしれんから。私達二人で影ながら支えてやるかぁ」
「亡ばねーし」
全員がどうするかが決まった。あとは少しずつ前に進めばいいだけだ。時間はかかるかもしれないが、きっとうまくいくだろうと誰も疑わなかった。
「よし、では各々自分の今後のために動く事じゃ。この国は残された魔女にとって良い国なるじゃろう」
魔女に理解のある国を創る。共存の形を創り上げるのだ。それは魔女たちにとっては楽園に近い場所になるのかもしれない。かつて、この国の王がそうだったように。
「おい、いつまで隠れておるつもりじゃ、ネル」
「えっ?」
唐突に予想外の名前を出されてロゼは辺りを見渡した。
「なんだ、気が付いていたのか」
「そりゃ気が付くじゃろ。気配を消しても植物たちの眼はごまかせんよ」
「そうか。お前はまたとんでもないことをする気だな」
「とんでもなくはない。お前も手伝え。それが一番生きやすいじゃろ」
「ふん」
肯定も否定もしなければ手伝うとも答えなかった。だが、この場にいることが答えになっているだろう。
「師匠」
「五月蠅い。私を師匠と呼ぶな」
冷たく突き放すような言葉だが、ロゼにはわかっている。これはいつもの事でいつものやり取りにすぎない。昔から何も変わっていない。それだけで満足するべきなのだろう。
「では、魔女集会を終える。何かあれば仲間を頼るように」
仲間、という言葉がやけに耳についたのだった。
太陽の光がこの土地を照らすのは何年ぶりだろうか。今ではリリーの魔女の力のおかげで緑豊かな大地が広がっている。まるで天国のような花畑にも見える。長い間、この場所が死んでいたとは到底思えないだろう。
あとは建物を整備して、人が集まり物流が流れればそれなりといったところか。それにはあと何年かかるかわからないが、きっと元のアルヴェルトよりもよい国になるだろうと全員が思っている。
その後、シェルは一度アドミラル大聖堂へと戻っていった。黒死病が止まった報告と国を創るという報告をした。アルヴェルトに戻って来る時には大きな馬車を何台も連れて戻って来た。これから何度も往復する事になるだろう。
アルヴェルトから離れた魔女の住処の手入れをして、リンドウを迎えに行った。久しぶりの再会にアルビノは泣いた。そして、手紙の返事をした。
時間がまた動き出した世界は過ぎ去るのが早かった。そんな中でも、時間がゆっくりと感じる瞬間もあった。王の城の跡地は高い場所にある。そこから見える山に沈む夕日はとても美しい。
アルビノはその夕日を見ながら過去を想う。やり直せるならやり直したい。だが、それは命を懸けて助けてくれた三人への侮辱に等しい。過去を想うことはあっても、戻りたいと思ってはいけないのかもしれない。
「お前だったら、どう思うんだろうなリンドウ」
もういない親友の名前を口にする。他にも友と言える者はいた。ジンにクルル。あの二人には謝っても謝り切れないだろう。今でも鮮明に顔が浮かぶ。
「どうしたの? 暗い顔して」
「サクラか」
いつの間にかサクラが後ろに立っていた。
アルビノの横に並んで同じ夕日を見る。
「きれーい」
「そうだな」
落ち込んでいるのは一目瞭然だ。声をかけないで一人にする選択肢もあったが、サクラはそれをしなかった。きっとアルビノの親友である自分の父親はこういった時、きっと肩を並べて話を聞くだろう。だからサクラもそれにならったのだ。
「ま、時間はこれからいっぱいあるし、悩んで泣けばいいんじゃない?」
悩む事しかできず、泣く事しかできないのであれば、とことん悩んで泣けばいい。それだけの話だ。きっとその中で何かが見えてくるだろう。
「そうだな。さすがリンドウの娘だ。あいつも同じ事を言いそうだ」
「そうかなー」
「あいつ、時々ぶっ飛んだ事を言うからな。それなりに苦労した」
そう言われてサクラは笑った。
「ね、おとうさんのお話、聞かせて」
「あぁ、いいとも。あの出会いは最悪であり最高だったと言える」
その言葉から始まった。二人は夕日が照らされながら会話を続ける。
きっと夕日が沈んだあとも、この会話と笑い声は途切れることはないだろう。
その声たちは、今は亡きリンドウへの最高の鎮魂歌なのかもしれない。
終わり
いかがだってしょうか。ようやく完結する事ができました。とても時間がかかってしまいましたが、こおまで長々と読んでくださりありがとうございました。
書いて載せて、書いて載せての繰り返しだったので読み返すともうちょっと肉づけした方がーとか、もっと内容濃くした方がーとか色々ありますが、完結させるを目標に書いていきました。終わりの文字を書く瞬間って感慨深いものですよねぇ。
ところで作中でひとつ解決していない部分があるんですが、それを載せようかどうか悩みましたが載せないことにしました。その解決していないというのはサクラが人間か魔女かです。実は曖昧にするつもりはなく、どちらかは確定しています。ただ、載せないってだけで。まぁ気になる人がいればメッセージでも頂ければお答えします。
最後に、魔女という単語には切っても切り離せない言葉がありますが、それを一度も使わなかったことに気が付きましたか?使わなかった理由はその言葉が嫌いだからです。最初はその言葉を使わずに魔女の物語を書くのに少し苦労しましたが、まぁなんとか無理矢理ぎみですが使わずに済みました。〇〇という言葉を使わない魔女の物語はあまりないんじゃないでしょうか。
それではここまでお付き合いありがとうございました。また他の作品も載せると思いますので宜しければそちらも読んでみてくだい。ありがとうございました!




