第三話 遭遇
「で、朝っぱらから呼び出して、今日は一体何をする会なんだ?」
呼び出されて駅に行くなり、僕は啓司を睨んだ。
「鎌倉観光だよ。せっかくだしみんなで行こうってなって。それに、もう十時だ。朝っぱらというには遅すぎるぞカナ坊」
「それ絶対お前の独断専行だろ。あとカナ坊言うな」
「そんな事ねぇぞ? 茜だって賛成してくれたもんな?」
「そうだよカナ坊! せっかく観光地が近いんだから、たまには遊びに行くのもいいねって、私が言ったんだよ!」
「そうなのか。それはともかく殴られたいのか?」
「ごめんカナちゃん……」
「はぁ……」
「バカやってないで、電車来るわよ」
「おっといけねぇ、そんじゃ行きますか!」
連れ回されるがまま歩き続け数時間。
「あづい……、死ぬ……」
長谷寺のを登り切ったベンチで、僕はあまりの暑さにへたばっていた。
「お前、弱すぎだろ。茜はピンピンしてるぞ」
「バカだからだろ……」
「お前、本人に言うなよ」
「わかってるよ」
なお、手遅れである。僕は先日のことを思い出した。
「水、買ってきた」
「すまんな檀」
「鼎、大丈夫?」
「寝不足で、しんどい」
「課題?」
「いや、夢見が悪くて……みたいな」
「ふうん……」
「俺と茜は少し歩いてくるが、お前らどうする?」
「僕は少しここで休んでる。檀も一緒にに行ってこれば?」
「いえ、私も少し疲れたのでここで休みます」
「そうか、なら少ししたら戻る」
「カナちゃん無理しないでね~」
二人が離れていくのを僕と檀は二人して眺めていた。
「なんか、こうして見てるとデートしてるみたいね」
「は?」
何故だがもう一度二人を見て胸がもやっとした。
「なんだよいきなり……」
「鼎、茜のこと好きでしょ?」
ドキッとする。心臓に悪い。
「やっぱり。満更でもないって顔よ」
「お前、性格悪いよな……」
「ええ、知ってる」
「お前こそ、啓司のことどう思ってんだよ」
「私は……、そうね鼎と同じかな」
「ならなんで付いて行かなかったんだ?」
「それは、なていうか、私が好きな啓司は本当に昔のままの啓司なのか、不安になったからかな」
「どういう意味だ?」
「啓司だけじゃない、私自身、本当に変わらず朝倉檀のままでい続けられているのか。わからないの」
「……」
「だから、私が本当に啓司を好きになって良いのか、それを知りたい」
「ダメな理由があるのか?」
「それが、分からないの」
「それがお前のいう置き去りにしてきたものか? 」
「かもしれないわね」
「ふうん……」
「あと、安心しなさい。茜も鼎のこと好きだから」
「ふうん……、えっ!」
「あなた、まさか気づいてなかったの? 茜も不憫ね」
「う、うるせぇ……」
どれくらい経っただろうか。観光客の声がやけに遠く感じる。
「まぁたお二人さんしんみりしちゃってぇ。痴話喧嘩?」
またしても啓司が唐突に現れる。
「カナちゃん……」
「断じて違うからな! 」
「そうよ茜、この程度で音を上げるもやしは、私の好みじゃないもの」
「お前、ほんと嫌な奴だな……」
涼しい顔で僕を貶す檀。彼女らしいといえば彼女らしいのだが。
「よかったな茜!」
「ふう……」
「あ、そうだ檀、少し聞きたいんだけど、上野瑞樹って子、知ってるか? 」
茜と啓司が盛り上がっている隙に檀に尋ねる。
檀が急に真顔になる。僕は少し嫌な予感がした。
「知らないわね。鼎の元カノ?」
「も、元カノ!? カナちゃん私聞いてないよ! 」
茜が食いつく。
「ほんとこの子性格悪い!」
からかわれただけかよ! しかし、悪い気はしていなかった。それよりも、何もなかったことの安心感の方が強かったのかもしれない。
だがこの時、檀の手がきつく握り締められていたことに、僕は気がついていなかった。
長谷寺を出たあと海岸まで向かった。
陽も傾いてきていて、人も減り始めていた。
啓司と檀が先を歩く。少し遅れて僕と茜が並んで付いていった。
「そうだ、カナちゃんに渡したいものあるんだ」
そう言って、茜は小さな小包を僕に手渡した。
「トンボ玉。長谷寺で買ったの。カナちゃんのケータイ何もついてなくて寂しいから」
「……ありがとう」
「いえいえ……」
「だがスマホにつけるにはスマホのカバーがないとな」
「あっ!」
彼女があまりにも痛恨の表情を見せるものだから、僕は少し笑ってしまった。
「ハハハハハ、嘘だよ。カバンにでもつけさせてもらうよ」
「もう、バカ」
そう言って茜は舌を出し、檀たちの方へ走っていく。
確かに、バカかもな。
「今を生きるか……」
「あ、そうだカナちゃん」
茜が振り返る。
「そ、その来週って空いてる日ある?」
「毎日暇してる」
「じゃあ、どっか、二人で出かけない?」
「…………」
「だめ……かな?」
「いや、大丈夫」
一拍置いて、僕はそう答えた。
鎌倉駅。
「さて、ではそろそろ解散かな? みんなどこの駅で降りる? ちなみに俺北鎌」
啓司が仕切り始める。なんかしっくりくるのは小さい頃から変わらない。
「私買いたいものあるから大船!」
「私は直で帰るから北鎌かな」
「鼎は?」
「俺は、少し用ができたからここで別れるわ」
「そうか、なら鼎はここで解散だな」
「ああ、お疲れ」
「あんた今日一度へばってるんだから早く帰って休みなさいよ」
「わかってる」
そうして僕は三人と別れ、夕方の商店街に入った。
北鎌倉駅で降りた啓司と檀は並んで歩いていた。
「ここの道お前と歩くのは久しぶりだな」
「バカ言わないで。先月通ったでしょ」
「そうだっけか? バイクぶっ飛ばしてるとすぐ忘れちまう」
檀がキッと啓司を見る。
「わりぃわりぃ、気をつけるって」
「はぁ……」
「明月院、俺一度も入ったことねえや」
「私も、有名だけど、人が混みすぎて来る気失せるのよね」
「今度、一緒に来るか……?」
「もう紫陽花の季節は終わったわよ?」
「ら、来年だ、来年……」
「ふふ、来年ね。わかったわ。じゃあそれまでに片付けないと……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
「そういえば、鼎の様子、どう思う?」
「何急に」
「いや、この前二人で出かけた時、急に顔色悪くなってさ、なんか無理してんじゃないかなって思って」
「そうね、顔色は良くないわね」
「それに、変なこと聞いてきてさ」
「変なこと?」
「俺たちって四人組だったよなとか聞いてきてさ」
「…………」
「どうした?」
「いえ、何でもないわ、続けて」
「でさ、実は俺も、少し感じてたんだ。忘れてる事に」
「何を……?」
「何を……いや、誰をだな。誰かを忘れてるって」
「私たちはあの頃から四人だった。私はそう記憶してるわ」
「そうなんだよ、俺もそれは覚えてる。確かに四人だったはずなんだよな」
「……」
「ちょっと暗くなっちまったけど、少し山登りしないか?」
「え?」
「ほんと、あんたって変わらないわね。気分で人を連れまわす」
「ごめんごめん、でもここに来て話したくて」
六国見山の山頂付近、檀が息を切らしながら不満を露わにする。
「で、一体何を話すつもり」
「ああ。俺たち昔はよくここで遊んだよな」
「ええ、啓司に連れ回されてね」
「あっはは……。まあそれはさておき、いつかここで遊んでた時、鼎が居なくなったことあったじゃん。白山神社で見つかったやつ」
「そういえばあったわね、そんなこと」
「その時、俺たち四人に加えてもう一人いたんじゃないかって」
「分からないわ。そんな小さい頃のこと」
「少しでいいんだ、何かないか?」
「そんな事言われても……」
「…………」
少しの静寂の後、啓司が切り出す。
「瑞樹……」
「え……?」
「上野瑞樹。今日、鼎が言ってた。なんか聞き覚えがあって……」
「それだ! 上野瑞樹……、その子について調べ……」
リーン
突然、風鈴の音がなった。
「風鈴……?」
啓司が立ち上がる。
「け、啓司後ろ……!」
慌てて啓司が振り返ると、そこに影が佇んでいた。
「な、なんだこいつ!?」
啓司は檀を庇い後ずさった。
すると影は目のように空いた穴をギラつかせ一歩啓司たちに歩み寄った。
「檀、手ぇ離すなよ」
「え?」
「走るぞ!」
啓司は檀の手を引き走り出した。
そして影もその後を追う。
「なんで、アイツ付いて来るのよ!」
「知らねえよ! とりあえず走る事だけ考えろ!」
ひたすら山道を駆け下り民家のある場所に出た。
「あ、アイツは!?」
振り返るとそこには何もいなかった。
「な、なんだったの……」
「分からない。とりあえず、山は避けて帰ろうか」
「ええ」
しばらく歩いて二人は啓司の家に着いた。
「待ってて、バイク持ってくる」
「うん、ありがとう」
「いいって、こんな時くらい送ってくよ。そもそも、俺がつき合わせちゃったんだし」
小一時間経過していたが、彼女の顔色は悪いままだった。
「あんなのが出るなんて、誰も予測できないわ」
「ああ……」
「上野瑞樹……。あの子の名前を出した瞬間出てきたのよね」
「ああ……」
「でも、それと関係しているなら、私達にも……!」
檀が目に見えて動揺する。
「一旦このことは忘れよう。今日はお互い疲れてるし、また明日にでも鼎と相談してみよう」
「ええ、そうね……」
「それじゃ、すぐ戻ってくる」
「うん……」
啓司が離れた後も、檀は今来た山の方を見つめていた。