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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP11

 

 時計を見て確信できるのは、遠藤さんが家に到着するのはおおよそ深夜1時を回る頃だろうということだった。

 そこからさらに導き出されるのは、これはもう絶対に今日は大学へは行かないなということである。

 なぜなら今、この時間から遠藤さんが来るとなると確実に明朝を迎えることになると思ったからだ。

 いや、もし遠藤さんが来なかったとしても木下さんがいるという事実だけでも眠ることは出来なかっただろうし、どの道僕は明日大学を休む運命にあったのだろう。

 そう思うと、大学を休むことに対する背徳感が若干薄れてきたような感じがする。


 ところで何故、この僕が修羅場に近い出来事に巻き込まれる羽目になってしまったのか。

 深く考えなくともナメクジのように引き籠る斉藤さんだよ?

 そんなナメクジの僕が要を含めるイケてるメンズ達にも引けを取らない二日間を過ごしているということに違和感しか覚えないのだ。

 きっとこの二日間、遠藤さんと過ごしているということだけでも僕のステイタスが急激にレベルアップしていること間違いないだろう。

 ただし呪いという状態異常は常に患っているかもしれないのだけれども。

 今ならロールプレイングゲームで勇者に偶然酒場で選ばれてしまったメンバーの気持ちが分からなくもない。

 え? なんで俺を選ぶん? 他にもええ奴よーさんおるやん? というやつだ。


 遠藤さんが刻一刻と近づいてくる中、打つ手もなくただただ時間が過ぎていくのを見届けていると……


――ピーンポーン


 徐にインターホンが室内に鳴り響いた。

 あれ? 電話を切ってから15分と経っていないのだけれど、随分とお早いご到着をなされたようである。

 魔王降臨、どうやら木下さんという仲間を逃がす暇すら与えてもらえなかったようだ。

 というかどうやってこの短時間で来たというのだろうか。物理の法則を無視しまくっている。


――リリリィィィン!!


 このインターホンからのコール音は非常に心臓に悪いのでやめてもらえないだろうか、遠藤さん。

 仕方なくきちゃったのであろう遠藤さんを迎えるべくインターホンとコール音が鳴り響く中、僕は玄関へと向かいドアの鍵を開けた。

 まだこちらから開けていないというのにグイと圧力に引っ張られるかのようにドアが開き、ぬるりと遠藤さんが髪を揺らしながら隙間から顔を出した。


「やぁ、こんばんは。遠藤さん」


 相変わらずの登場だねとは言えなかった。


「こんばんは、斉藤君。私が来てあげたわよ」


「そっか、来てくれたんだね」


 きちゃったんじゃなくて僕の為に来てくれたんだね。

 別に頼んでもいないのだけれど、来てくれたんだね。

 どうして自分の事が来たことを主張するかのように"私が"の部分を強めているのかは分からないけれど、どうやら来てくれたようだ。

 それからドアを全開にして姿を現した遠藤さんは、何故かホットパンツに相変わらずの素足サンダル、そしてYシャツ一枚という挑発的な格好をしていた。


「随分と涼しそうな格好をしているけれどヨガでもしてたのかい?」


 いや、分かっている。

 あえてこういう恰好をしてきていることくらい、僕は理解している。

 きっと僕が困惑する表情が見たくてわざと遠藤さんはこういう恰好を選んだことくらい、僕は理解しているつもりである。

 だから僕は冗談に冗談で返してやった。そう、返してやったつもりだった。


「ヨガ? 眠れなくて全裸でスクワットはしていたけれど、私身体が硬い方だからヨガなんて出来ないわよ」


 全裸でスクワットはしてたんだ……。

 何を言っているのという不思議そうな表情を浮かべる遠藤さんだが、僕からしてみれば十分に君の方が不思議だよ遠藤さん。

 赤裸々に自分のことを語り過ぎだと思うよ遠藤さん。


「それに電話で斉藤君が寝間着を見たいというからわざわざ寝間着で来てあげたのよ。ほら、良く見なさい」


 感謝しなさいとでも言いたげに真顔で遠藤さんはそう言うが、寝間着のわりには随分とハードな物だった。

 あと、別に僕は遠藤さんの寝間着姿が見たいと言った覚えはないのだけれど。


「私の寝間着姿は堪能できたかしら? それじゃあさっそく戦争と致しましょうか」


「いやいや、戦争って……」


 ズイと僕の肩を押して部屋の中へと入り込もうとする遠藤さんを僕は制御することが出来なかった。

 思っていたよりも遠藤さんの力が強いのだ。

 そして戦争をしましょうと物騒なことを言った割にはきっちりと脱いだサンダルを揃えてから上がる遠藤さんはさすがといったところだろうか。

 また僕の家にスリッパがないことは分かっているのか、再びペタペタと素足で廊下を歩いていく遠藤さんの後を付く形となってしまったのだけれど、今日はロングワンピースを着ていないだけに全体的に露出が激しく目のやりどころに困る。


「こんな時間にこぎげんよう、木下さん」


 通路を抜けて生活スペースに入るやいなや、両腕を腰にあてて仁王立ちをしながらドヤ顔で木下さんに挨拶する遠藤さんは一体どうしたいのだろうか。

 更に言うとするならばごきげんようという御淑やかな挨拶にその決めポーズは必要ないのではないだろうか。

 少なくとも僕の知っているごきげんようとはお上品な物であって、決して戦隊物の特撮映画よろしくなポージングを取って使う言葉ではない。


「こ、こんばんは遠藤さん。えっと――、ず、随分と大胆な格好だね……?」


 ほらみろ、遠藤さんの姿を見た木下さんが僕よりも困惑した表情になってしまっているじゃあないか。

 今の今まで清楚な遠藤さんしかしらない木下さんからしてみれば急に奇抜な格好をして出てきたのだから、天と地がひっくり返るほどにはギャップの激しいことだろう。

 いや、奇天烈な行動を起こしている遠藤さんに唖然としてしまっているだけかもしれない。

 かくいう僕も、遠藤さんの裏の顔は知ってはいるもののここまで大胆なことをしてくるほどにテンションが上がっているとは思っていなかったので度胆を抜かれてしまっているのだけれど。


「これが私の戦闘服よ」


 寝間着じゃなかったのか。

 そして通路をふさぐようにして木下さんに指を指して決めポーズを取る遠藤さんが邪魔で僕は廊下から先に進むことが出来ない。

 真夜中にも限らず随分とテンションが高い遠藤さんは、まるで遠足が待ちきれない子供のような雰囲気だった。


「斉藤君」


「なんだい」


 決めポーズを崩さないままグルリと首だけを回して、いや、正しくは腰から上を反らして何故かブリッジをするような形で遠藤さんは僕の名を呼んだ。

 身体が硬いと言った割には随分と曲がっているものである。


「今日は泊まらせて頂くからそのつもりで」


 少しばかり、そう少しばかり鬱陶しいくらいにテンションが高い遠藤さんを見て、もしこの体制の遠藤さんのお腹を押したらどうなるのだろうと思い、指先で押してみると――


「やん」


 ……すごく無機質な声が返ってきた。

 僕からやっておいてなんだけれど、少しばかり後悔した。


「あ、うん、ごめん。とりあえず奥へ通してもらってもいいかな?」


 承諾をしたわけではないのだけれど、ニッコリと逆さのまま笑みを作った遠藤さんはグンと状態を元に戻してスタスタと定位置にしたのだろうか、パソコンの椅子に足を組んで座った。


「さぁ、斉藤君。早速だけれどそこに座りなさい。私に何か言うことはないかしら?」


 足を組んだままビシッと僕のベッドを指す遠藤さんに言われるがまま僕はベッドに腰を掛けたのだが、正直に何を言えばいいのか分からなかった。

 お腹を押したことをまずは謝らなければならない気がするけど、たぶんこの件については怒っていないだろう。

 

「そう――、分からないようなら教えてあげるわ。私はあなたの事を夜も気になって目が冴えてしまって寝付けないほどに愛していると言っても過言ではないわ、アイだけに。貴方はどうなのかしら、斉藤君」


 眼球フェチだからアイをかけたのだろうか、はたまた目が冴えているという部分とかけたのだろうか……、そして僕はここで笑ってあげるべきなのだろうか。

 その行く果てが全裸でスクワットだったのだろうか。

 なんだか唐突に衝撃的な愛の告白を受けた気がするのだけれど、これはきっと衝撃的なアイの告白を受けたに違いない。

 赤裸々に自身の性癖を語る遠藤さんなのだからそのくらいあっても不思議ではない。

 あと数秒置きに足を組み替えているのはどこか痒いのかと思いたいのだが、これもきっとわざとなのだろう。


「それと、何故僕なんかを――。とか今更ながらにそういうわざとらしい野暮なことは言わないことね。これでも私、珍しく怒っているのよ」


 僕が口を開くよりも先に釘を刺されてしまった。

 ふんすと背もたれに背を預ける遠藤さんは足を振りながら言うが、その様子をずっと見ていた木下さんが動きを見せた。


「ちょ――、ちょっと待って。遠藤さんと斉藤さんは、その……まだお付き合いしているわけじゃないんだよね? だったらあまりそういうのを強制するのは良くないと私は思うな」


 先ほどまで遠藤さんの呆気にとられてペタリと座り込んでいた木下さんが両手を前に出してブンブンと振りながら尋ねたのだ。


「何を言っているの木下さん。この世は先手必勝弱肉強食、私は"他の誰にも"取られまいと私自身を斉藤君にあげると肉親の前で恥ずかしげもなく宣言したのだけれど、この人はそれの意味を理解出来ていなかったようだからこうしてわざわざ面と向かって伝えにきたんじゃない」


 ところが男よりも男らしい遠藤さんは、清々しいほどに言い切ってみせた。

 どうやらあの言葉にはやはりそういう意味が含まれていたようである。

 しかし、先程木下さんからも告白めいたことを頂いてしまったのだが何故、僕が主人公級の修羅場に足を踏み入れているのか未だに理解が追い付かなかった。

 人生にモテ期は2度訪れると言われているけれど、遅ればせながらももしかすると1度目が来たのかもしれない。

 遠藤さんから受けた「私に目を付けられたことを後悔しなさい」という言葉が今になってフラッシュバックしてきた。


「そ、そこは恥ずかしがるべきところなんじゃないかな……」


 そして木下さんはというと、あまりにもぶっ飛んだ行動を取る遠藤さんに呆気にとられてしまっていた。

 気が付けばもう僕の部屋には当初の初々しい空気は流れておらず、猛威を振るう遠藤さんの独壇場と化していた。


「そうは言うけれど木下さん。私は貴方がこんな時間に斉藤君の家にいるということに見過ごすことは出来ないと思って取っている行動なのよ」


「それは……」


「はっきりとしない斉藤君に非があると言えばあるのだけれど、木下さん。私はいつも死んだ魚のような目をしている斉藤君のことを愛しているのだけれど、貴方は斉藤君の事をどう思っているのかしら」


 容赦なくメスを入れる遠藤さんに木下さんは遅れを取っていた。


「遠藤さんに愛されている部分が絶妙過ぎて愛が伝わりにくいのだけれど」


 あまり雰囲気が良くないと察した僕はフォローしたつもりで口を開いたのだが地雷を踏み抜くことになろうとは思いもしなかった。


「いいのよ斉藤君。足フェチである貴方がさっきから私の足を愛でたくて愛でたくて仕方が無いことくらい私にはわかっているわ。ほら、アイを受け取りなさい」


 ここで足フェチネタを出すのか遠藤さん。

 ついつい目で追ってしまうのだけれど、ここで出すのか遠藤さん。

 差し出すそれは足であって愛じゃないと思うのだけれど。


「違う違う、何度も言っているけれど僕は足フェチなんかじゃない」


 足フェチだなんて思われたら、木下さんと今後どんな顔で会ったらいいと言うんだい。

 いや、元より足フェチじゃないのだけれども。


「今なら私の前に跪けば踏んであげないこともないわよ」


 ぐっ――、なんだ、急に地面に膝が引っ張られるような感覚が僕を襲う。

 違う、僕は足フェチなんかじゃない、僕はあざとさフェチなんだ。

 そしてちらりと木下さんを見ると少し淋しげな表情をしていることに気が付いて僕は口を閉ざしてしまった。

 笑顔を作っているけれど頬に涙が伝う木下さんを見てしまったのだから。


「あはは……、斉藤さんと遠藤さんって本当に仲が良いんだね……。やっぱり私が入る隙なんてなかったのかなぁ」


 やはり僕は女の子の押しと涙には弱いのかもしれない。

 なんて声を掛けたらいいのか分からず情けなくも「ごめん」と言おうとしたその時、遠藤さんが口を開いた。


「何を言っているの木下さん。言ったでしょう、この世は弱肉強食。斉藤君を本当に愛しているというのであれば私と勝負すればいいだけのことじゃない。私が斉藤君に安息を求めているように貴方も何かを斉藤君に求めているのでしょう? こうして貴方に危機感を覚えて私がわざわざ出てきたという意味を良く考えることね」


「……え?」


 またしても戦隊物のポーズを取る遠藤さんは、ホットパンツにYシャツ姿だというのにその姿はどこかヒーロー染みていた。

 さらにはぽかんとしている木下さんを余所にパソコン用の椅子でクルクルと回りながら遠藤さんはドヤ顔で言ってみせた。


「それと言っておくけれど、私って一度気に入ったものは離さない主義なのよ。それでも良いというのなら、木下さん――、私と戦争をしましょう? 」


 男よりも男らしい遠藤さん。

 大学のミスキャンパスのグランプリ受賞者であり、街中を歩けば誰もが振り返るような美貌を持ち、いつもイケメン達が集ってくるほどに人気な遠藤さん。

 実は裏表が激しくて、サイコパスな部分が時々見え隠れする遠藤さん。


「私って最高の彼女でしょう?斉藤君」


 本当に、どうして遠藤さんが僕を選んだのか不思議でならなかった。





いつもありがとうございます。



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