EP10
確かに遠藤さんと出会ってからまだ数週間といったところで一月すら経っておらず、木下さんはといえば大学に入ってからほぼ2年もの歳月を僕と共にバードにて過ごしているのだ。
それは確かに遠藤さんよりもずっと長く僕の事を知っているのは分かりきったことである。
だけれど今、木下さんが見ているという意味合いはそういうことではないだろう。
「斉藤さんは私の事、全然気になったりしなかったのかな」
いやもうそれは、もう気になりまくっていたのですけれども。
とは、思っていても喉から声が出なかった。
まるでこの雰囲気が告白でもされているかのような――、いやほぼ告白だと受け取ってもいいのだろう。
それゆえに木下さんの覚悟を受け止める器が僕にはまだ足りていなかっただけなんだ。
「そうだね、木下さんは可愛いなーとかそういう感情はいつも抱いているよ」
――だから、思いを抱くだけ。
今までは彼氏がいるからとか色々なことを交えながらも木下さんは可愛いは思っていたけれど、彼氏がいないと分かった今、木下さんと付き合えるチャンスが訪れている中で、僕は木下さんをいつも可愛いなーと思っているとだけを伝えた。
「好き、とかそういうのは……」
このまま木下さんが消え行ってしまいそうだ。
出来ることなら肩を抱いてやりたいけれど、遠藤さんとの関係がはっきりしないまま木下さんを選ぶことなんて僕には出来ない。
もちろん、木下さんのことは僕にしては珍しく好きだと思う。
可愛いし、気配りが出来るし、なにより可愛い。
こんな子を放って置くほうがどうかしているのではないだろうか。
――リリリリリィィィン!!
静まり還ろうとしてた室内に僕のスマホから黒電話音が鳴り響いた。
時刻はすでに0時を回っているこの時間にだ。
だが、付き合ってみたいけれど付き合えない、だから今後ともお友達でよろしくなんてふざけたことも言えるわけがなく、木下さんにどう答えたらいいのか悩んでいた所なのだ。
まるで助け舟を出してくれたかのようなタイミングで電話をかけて来てくれた相手に感謝すべきだとスマホを取って相手を確認して、――僕は固まった。
"遠藤晴香"
Oh……
もしかして昨日来た時に隠しカメラでも仕掛けられたのだろうかというくらいに凄いタイミングである。
なんだか浮気がばれた人の気持ちがなんとなくわかるような、そんな感じがする。
通話相手を木下さんに見せると「マジかよ」といったような表情をして同じく固まってしまった。
2,3コールなり続けてから木下さんが動きだし……。
「わ、私――、ココア入れてくるね!! 斉藤さんも飲む!? 」
「え、あぁ。うん、お願いするよ」
僕からの返事を聞くと、ここぞとばかりに木下さんはいそいそとベッドから立ち上がってキッチンのある台所へと向かった。
捨て犬よろしくばりに木下さんに置いて行かれてしまった。
そんな僕はと言うと、このまま電話にでないと今朝のようにインターホンが鳴らされかねないので電話に出るしかないだろう。
意を決して通話ボタンを押した。
「やぁ、遠藤さん。こんな時間にどうしたんだい」
至って平常心を保ちつつ応答できていること間違いないだろう。
「夜分遅くにごめんなさい、なかなか寝付けなくて斉藤君の声が聴きたくてかけちゃった」
「そっか、かけちゃったんだね。あと、僕の声に睡眠の質を上げるような効果はないと思うよ」
本当に意味も無くかけてきているのだろうか。
「ねぇ斉藤君。今私、どんな格好をしていると思う?」
本当に意味もなくかけてきているようだ。
「さぁ? 寝間着でベッドの中とかそんな感じじゃないかな」
「残念。全裸でスクワット」
――はぁ、はぁ。
わざとらしくさっきまで聞こえていなかった吐息を上げてみせる遠藤さんは一体、こんな時間に何をしているのだろうか。
「本当に寝付こうとしていたのか甚だ疑問なのだけれど、君は一体何を――」
この波に乗り遅れまいとつっこみの「何をしているんだい」と言おうとしたところで、ガチャンと食器が割れる音がして小さく木下さんの悲鳴が上がった。
僕は思わずスマホを落としそうになりながらも、キッチンを見ると木下さんがどうやらコップを落としてしまったようだ。
「あら、なんだか今メスの声が聞こえたけれど斉藤君。まさか私というものがありながら女を連れ込んでいるなんてことは無いわよね」
……。
喉がからからになって声が出ないところで追撃が入る。
「斉藤さん、ごめんなさい。コップ落としちゃって……」
Oh……。
「この声は、そう――。木下さん、木下さんね? 」
なんで木下さんの声をインプットしているのかはこの際どうでもいい。
「斉藤君。貴方も男の子だから女遊びをするというのは寛大な私にとって別に構わないのだけれど、そういう時は一声かけるというのがマナーというものよ」
「え……あ、うん」
あれ、いいのか?
なんだかすごく後ろめたい気持ちになっていたけれど、いいのだろうか。
「今から一体誰の男なのか分からせてあげるからそこにいなさい。ガチャ――……」
やっぱり、良くなかった。
けれども、僕たちまだ付き合ってもいないよね……?
あの時の遠藤家の出来事だけじゃあ付き合ったとはいえないはず、だけれど"私をあげる"というのはそういうことだったのだろうかと今さらながらに理解しはじめ、冷や汗が頬を伝ってきた。
「木下さん、遠藤さんが今からうちに来るらしい」
「えっ、そうなの!? ごめんね、コップ一個割っちゃったから足りないけど、どうしよう」
……うん、どうしようね。




