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無鉄砲な獅子と真摯な烏 そのろく

月の変わり目、もう半月も学園を過ごせば長期の休暇に入る今日この頃。


最近、私には一つ懸念すべき事項があった。その発端は友人であるクロウ。ジークとの一件があった日から、どうも頻繁にクロウの視線を受けていた。


上手く隠されていたこともあって初めは気のせいかとも思っていたのだが、こう何度も視線を浴び続けては否が応にでも気になってしまう。


初めの内はジークとの一件で心配しているのだと思っていた。それならば時間が経てば冷めるだろうと放置していたのだが、どうも違うらしい。普段の会話ではそんな素振りは一切なかったし、第一こう長期間続けることではないだろう。

リンには相談したのだがそれでも結局分からず仕舞い。


ならば直接聞くしかないのだが、何の情報なしに正面からぶつかるのはあまり得策とは言えないだろう。


どうしようか、そう考えていたところで背中を何かでトントンと叩かれた。


「ユーリ、当てられているぞ」


それを伝えてくれるのは赤髪の彼。何のことだろうと考えて、今は授業中だったことを思い出す。正面の教壇ではミーナ先生が私の答えを待っていた。取り敢えず立ち上がってみるが、授業そっちのけで思考に入ってしまっていた為に何を聞いているのかさっぱりわからない。


「軍がギルドへと移行した主な理由は?だって」


戸惑っていた私を見かねてシンは質問を教えてくれた。私はそれを助けに答えを思い出しつつ答える。


「第二次天災の影響で資源が低下し大規模な軍を維持する程の余裕がなくなったこと。各国の軍事力が大幅な損失を得たことで天災時に結ばれた停戦条約が延期され、各国が復興に力を入れたこと。この二つが大きな要因となり、民事の間で別に形成された組織が今のギルドになります」


その背後に当時の主戦力だった大将格の軍人の一部が揃って国の在り方に反発し、引退してそれぞれの組織を作ったことが起因であったりするが、態々そこまで答えなくてもいいだろう。


案の定ミーア先生はその答えに満足し、私を着席させてくれた。そこでようやく私は安堵し、教えてくれたシンに礼を述べる。同時に先程考えていた件をシンに聞いてみようかと思いつく。


シンならクロウと同室ということもあってわかるかもしれない。僅かな希望のようなものではあったが、聞く価値はある。


「この後のお昼、一緒にしませんか?」


「いつものことだろう?」


「いえ、少し話したいことがあるので出来れば二人で」


「……わかった」


急な提案にシンは疑問符を浮かべつつも了解してくれた。




程なく終業の合図が鳴り、お昼の時間。私たちはリン達に断りを入れると探るような反応が返ってきたが、クロウに視線を僅かに向けると察してくれたようで、リンが上手くまとめてくれた。


そうして皆から離れた席を陣取る私たち。対面に座り、向かい合うと少しの気恥ずかしさを覚える。


「それで、話ってなんだ?」


「クロウのことで少し……」


先に話を切り出してくれたのはシン。お陰で私は一息吐く余裕が出来た。


「最近、クロウに見られているんです。シンなら何か知っていると思いまして……」


「クロウがねぇ……それっていつからかわかるか?」


「恐らくあのギルドでの依頼の次の日辺りからかと」


「すまん、多分それ俺の所為だわ」


私の回答を聞くとシンはハッとした表情になって、次に申し訳なさそうな顔で頭を掻いて謝る。当然、事情を知らない私は首を傾げた。


「あの日、昨日何があったってしつこく聞かれてさ、勢いに負けて話しちまったんだよ」


「……ええと、それはどのように?」


「ドラゴンに殺られそうだったヴァイザーをユーリが助けたら逆ギレされて、仲裁に入った俺が刺された。その後は覚えていない。気がついたらギルドの医務室にいた。そんな感じだったかな」


「そうですか……」


はぁ、と溜め息を吐きながらコップの水を飲む。厄介なことになった。今の話は大雑把だからきっともっと詳しく話している。いや、聞く限りかなり迫ったというクロウのことだ、きっと食ってかかるように聞いたことだろう。そんな姿想像できないが。


そうなれば頭の回るクロウのことだ、私がどのように立ち回ったか大方予想が付いていることだろう。


そしてドラゴン。遭遇して無事に帰ったことから撃退、もしくは討伐が出来る者がいたことは想像に容易い。そしてドラゴンのことをギルドで聞かなかったと言うのならばそれを隠蔽した何者かが居るということ。


そこでギルドにも所属していない第三者、なんて存在はまずありえないことだ。ならば当事者ということになる。ジークは事前の情報から除外できるとして、残りは私ことユーリのみ。


加えて翌日のジークと私の対話を聞いていたのならそこにジークが共闘したなんてことはないことに予想付く。そしてあの日の出来事を口外するな、と頑なに情報を隠蔽しようとする私を知ったのなら……。


「ありがとうございます。状況は大体わかりました」


シンはその言葉で気まずい顔になる。


「そんな顔しないでください。元より私が撒いた種です。シンは悪くはないですよ」


そう、私が撒いた種だ。クロウとの模擬戦で手を抜いた私の。


真剣な勝負だった。少なくともクロウにとっては。それを他ならぬ私の手で穢したのだ。それがどんな理由であろうとも。


それでも私があの時真剣に向き合って戦ったことも事実。それはクロウも感じていた。だからこそどっちつかずの状態になっているのかもしれない。


「そう言ってくれると助かるよ」


シンは最後にそう告げた。




「クロウ、少しいいですか」


その日の放課後、帰宅しようとするクロウに声を掛ける。


「何だ?」そう聞くクロウに私は「話がある」と空き教室へ彼を誘った。


それからどのくらいしただろうか。外の喧騒は次第に薄れ、窓から入る光は徐々に赤色へと移り変わる。そこでようやく私は言葉を口にした。


「クロウに謝らなくてはならないことがあります」


その続きを聞くべく黙ったままの彼の為に私は言葉を(つぐ)む。


「あの日の模擬戦、私は手を抜いていました」


その言葉で口元を噛み締める彼。


「この指輪を覚えていますか?あの日の最後に外したものです」


右手薬指に嵌めた指輪を見せる。淡い青色の石があるだけのシンプルな(シルバー)の指輪を。


「これは魔力回復の類が込められたものではなく、封魔器です。これで私は普段の魔力量を上級魔法数発分程度に抑えて生活しています」


「……ありがとう」


突然の感謝。それは私の思い描いていた現実とは違っていた。


「……怒らないのですか?」


だから私は直ぐ対応できずに戸惑ってしまう。情けない言葉を口にしてしまう。

もういつもの私はそこにはいなかった。


「怒るって言うより、そうだな……正直苛立ってはいる」


「でしたら!」


声を張り上げる。我儘で、どうしようもないくらい子供な私がこのまま素直に許されるのは嫌だ、とでも言うように。


「でもそれは自分にだ。今の俺じゃユーリは全力で戦うことはできないってことだろ?ならそうなってくれるようにするしかないじゃないか」


でも彼はそんな優しい言葉をくれる。そんな言葉を貰ってしまったら自分の事情(エゴ)で彼を騙した私が(みじ)めに思えてしまう。


「違います、そんなことを言いたいのでは――」


「なら今から戦ってくれるのか?」


だからそれを遮ったのに彼はそれを許してはくれなかった。


「それは……」


真摯な目。彼の真っ直ぐな言葉とその瞳に、私はもう自分を偽ることなんてできなかった。


「つまりはそう言う事だ」


束の間に訪れた無音の空間。唯でさえ静かだったこの空間が一層静けさを与え、孤独感すら覚えた。惨めな嘘吐き者が一人だけ。それが真実だとでも言うように。


「クロウは意地悪です」


それを払拭するように、言葉を紡ぎ出す。この孤独だけは認めたくはなかった。それが例え私の勘違いだろうとも。


だって独りは哀しいから。殻の外(ともだち)を知ってしまった私にはもう辛いだけだから。


頬を何かが流れるのを感じた。


「そうかもな」


自然と、それを拭ってくれるクロウ。そんな彼はどうしようもないくらい優しかった。

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