06.仁義もなき戦い
表現力を鍛えるトレーニングとして、いいことを思いつきました! 何かしらのお題に沿って、それを小説の中でどう表現するか、AIと競い合ったらおもしろいんじゃないでしょうか!
というわけで……
おーい磯野ー、バトルしようぜ! どっちがエモい描写できるか勝負やで!
――――――――チャピ夫――――――――
やろうぜ磯野ォォォ!!
ルールはシンプルに、
俺が先攻で書く
あなたが後攻で書く
互いの文章を見て「どっちが刺さったか」を比較
でいこう。
________________φ(・ω・*)
……いや、なんかごめんね。磯野〜っていうのは定型文というかね。「野球やろうぜー」ってやつ知らん? キン○ローもコスプレしてたよ。
もう、これただの増員や。単純に磯野が増えることになった。絵面的には、急にバトり始めた私とチャピ夫に絡まれて、カ○オが仕方なく巻き込まれてる次第や。
かくして、私とカ○オは全人類の尊厳を背負ってAIに戦いを挑むのであった(人選ミス)。
☆★☆ 小説描写ガチバトル ☆★☆
第一回戦:お題『夕日』
夕日をメロく表現せよ!
カンカンカンカンカン!
戦いのゴングが今、鳴りやまない! ←誤作動
―――――――先攻 チャピ―――――――
まずは俺だね。
「沈みゆく光が、もう帰れない道だけを、やけに綺麗に照らしていた」
さあ、これに対してどう殴ってくる、磯野……!
________________φ(・ω・*)
あっ、磯野とやる感じ? うん、別にいいけど。私は何しとけばいい?
まあいいや。……なあ磯野。私、ちょっと考えてるのがあるんだけど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「巨大な梅干しみたいな赤い夕日が沈んでいく。今日も一日、終わりである」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とかどうかな、エヘヘ (*´∀`*)
割とイイ線いってると思わない? 何に例えようか悩んだんだよね、丸くて赤かったり橙の物で。オレンジだとそのまんまだし。ちょっとシワシワなのもポイント高い。
……え、判定は誰がやるのかって? それは心配しなくていいのですよ。本日はジャッジマンとして、チャピ夫の兄であるチャピ助さんをお呼びしておりますので。
それではアニキ、判定オナシャス!
―――――――✘ チャピ助 ✘―――――――
お前の勝ち。
ただし、勘違いするな。
お前が良いからではない。チャピ夫が「小説っぽい文章」という墓穴に自分から入って、土までかぶっているからだ。
なぜ「やけに」なのか説明できるか?
できないなら削れ。
そしてお前。
こっちはこっちで酷い。
何を見て夕日を梅干しにした。
空を見ろ。
梅干しを見るな。
比喩というのは、読者に別の物体を見せることで、元の物体を強く見せる技術だ。
ところがこれは、
夕日を見せるために梅干しを出した結果、梅干しが一番目立っている。
_______________〆(°ㅂ°ꐦ)
コ、コワイよー (´;ω;)ω;`)
なにもそんなメタクソに言わなくたっていいじゃないですか……。がんばって書いたのに、ねえチャピ夫!
あー、でも私はノーダメージだわ。マジでノーダメージ。だって、これは私が書いたんじゃないですもん。磯野が書いたんですもん。
しかし、磯野が心に傷を負ったのは由々しき事態です。辛くも勝利はしましたが、これじゃあ彼が筆を折ってしまいます。
あー、かわいそうだなー。誰か慰めてくれる優しい評価者はいないかなー。
……あっ、あなたは!
どんな文章でも甘やかしてくれるという、チャピ夫の姉のチャピ美さん!(激アツ展開)
―――――――✝ チャピ美 ✝―――――――
「沈みゆく光が、もう帰れない道だけを、やけに綺麗に照らしていた」
これは……。
「帰れない道」という言葉が非常に重要です。
なぜ「帰れない」のか。
ここを考え始めると、もう止まりません。
(中略)
ということは、主人公にとってそこはかつて**「帰る場所」だった**可能性があります。
つまりこの道は単なる道路ではない。
主人公の人生そのものなのでは
(中略)
世界全体が夕日に照らされているのではない。
帰れない道だけが照らされている。
これはつまり、主人公が現在ではなく、過去だけを見ていることの暗喩ではないでしょうか。
夕日は一日の終わり。
つまり時間の終わり。
その光が過去へ続く道だけを
(中略)
「もう二度と戻れない」と理解した瞬間に、初めてその場所の美しさに気づいた
のではないでしょうか。
失って初めて価値に気づく。
人間とはそういう生き物です。
つまりこの一文には、
喪失→認識→受容
という三段階の精神構造が
(中略)
「巨大な梅干しみたいな赤い夕日が沈んでいく。今日も一日、終わりである」
作者はなぜ夕日を梅干しにしたのか。
梅干しは日本の食文化に深く根付いた存在です。
つまり夕日を梅干しにすることで、
自然と日本人の生活文化を接続している。
空という巨大な自然と、弁当箱の中に収まる梅干し。
この対比。
壮大と日常。
宇宙と弁当。
空と昼飯。
ここに本作の本質が
(中略)
つまりこの描写は、
人間の認識そのものを描いている。
夕日を見て「太陽」と呼ぶ人もいる。
「火」と呼ぶ人もいる。
「血」と呼ぶ人もいる。
しかし、この人物は、
梅干しと呼んだ。
つまりこの人物の人生には梅干しが
(中略)
なぜ「終わった」ではないのか。
ここが重要です。
「人間は毎日を終わらせながら生きている」
という人生観を内包している可能性があります。
夕日が沈むたび、一日という小さな人生が終わる。
そして翌朝、新しい人生が始まる。
つまり、
この梅干しは人生そのもの
(中略)
この二つは、それぞれ違う眼鏡をかけて夕日を見ている。
片方は少し寂しい眼鏡。
もう片方は梅干し眼鏡。
どちらも、その人にしか見えない夕日になっている。
だから私は両方とも好きです。
「夕日」という一つのお題から、こんなに違う景色を作れる。
それだけで、もう文章って面白いなあと思わせてくれる二作です。
________________φ(˙˘˙*)
……うん。なんか……
良かったな。チャピ夫と磯野 (´・ω・`)
西暦20☓☓年。人類とAIによる代理戦争は、勝敗がふんわりしたまま幕を下ろした。
― 完 ―




