終
『ではの。短い間じゃったが、そなたとの旅路は良いものであったぞ』
案の定、夜になって迎えに来たワコの父が溜め息を吐きながら春香と両親に頭を下げて礼を述べている間に、実にのんびりとした口調で神功皇后はあっさりと春香に別れの挨拶をした。
波長の問題なのか、春香の母は元よりワコの父も神功皇后のことは見えていない。縁が有っても波長が合うかどうかで決まる、というのはこういうことなのだろう。
春香は万感の想いを込めて神功皇后に頭を下げる。それに気づいたワコの父が春香を不思議そうに見たが、何も言うことは無く。春香も敢えて何も言わなかった。
そうして、相変わらず車の屋根の上に乗っているちょっとシュールな姿の神功皇后を見送り、春香も明日の新幹線で東京へ戻ることを両親に改めて伝えて、寝ることにした。
***
中身の濃いゴールデンウィークを過ごし終え、女子寮に戻った春香は、寮母さんにお土産を渡し。
また、よろしくお願いします。
挨拶をすると「お土産をありがとう。よろしくね」と返される。あまり踏み込んで来ない寮母さんの気遣いが春香は嬉しい。その変わらない優しさと気遣いに背中を押されて、春香は改めて大学生活を楽しむつもりで深呼吸した。
さて、それから。
案ずるより産むが易し
そんな昔からの諺が春香の脳裏に過ったのは、それからおよそ二週間後のことだった。
「春香、このあとの講義が終わったらカフェテリアでお茶する?」
「あ、大学のカフェテリアじゃなくて、パフェ食べに行こうよ」
初めて友人を作りたい、と一歩を踏み出した春香が、同じ講義を受けていた隣の席の子に声を震わせつつ声を掛けてみれば、屈託ない笑顔で自己紹介をしてくれ、今やこうして講義の後にカフェへ行こうか、と声を掛けられるまでになっていた。そして自分の意見も言えることも出来た。
一歩を踏み出すのは勇気がいったのに、踏み出してみれば意外と春香が作っていた人との壁も、他人が持っている人との壁も無かったのか、低かったのか、存外上手くいっている。
アレコレ考えていたのが嘘のようでもあった。
友人だ、とお互いに言い合って確認したわけじゃないけれど、少なくともお互いに居心地が良いと思う関係性を紡げているのだろう、と春香は思っている。
だから春香だけでなく、彼女からも誘ってもらえているのだろうから。
何人もの友人を作る、というのはまだまだ春香にとってハードルが高いかもしれない。だから、先ずはこの初めて出来た友人と少しずつ距離を縮められたらいいと思っている。
神功皇后と出会ったことで少しだけ春香の心は強くなった。自分で自負しているし、実際、嫌な思いをして来た相手であるユキとワコにそれなりの対応も出来たのだから、やっぱり強くなれた、と自信を持っていいだろう。
「春香、どうかした? ぼんやりしてる」
「あ、ごめん。ちょっと天気がいいなぁって空を見ちゃった」
「あー確かにね」
春香は立ち止まり宙を見る。
もうそこには古代の衣装を着た美女はいない。今はどうしているのかも分からない。ただ、きっと目的地の南の方へ到着しているだろうなって思う。なんとなくそんな気がした。
春香が友人と共に歩き出すと、不意に小さな女の子とぶつかった。
「ごめんね、大丈夫だった?」
ちょっと先を歩いている友人は気づいていない。女の子は不安そうに周りを見ている。保護者と離れてしまったのだろう。
女の子の保護者が居ないか周囲に目を配るより早く。
「怖いの、ヤダ。怖いのが来るの」
泣き出す寸前の女の子。怖いのが来る、の言葉と同時に、何かが春香の背中に迫った気がした。それは確かに見えないモノ。悪しき存在の気配。春香は、ハッとする。きっとこの子は自分と同じ、波長が合ってしまう子なのだ、と。
「ねぇ、このお守り、あげるね」
それは、山口県から戻ってきた春香が、休日に買いに行った八幡神社のお守り。
神功皇后も一緒に祀られているその神社のお守りが春香を守ってくれる、と思ったから。
でも、今、この子にあげる方が絶対良い、と判断して春香は女の子に渡す。同時に女の子の保護者らしき人が女の子を保護したので春香は手短に伝えた。
「なんか、怖いって不安になっていたので、お守りをあげました。要らなかったら捨ててもらっていいですけど」
保護者は春香の手短な説明に困惑した顔をしたけれど、女の子が安心したような顔をしたのを見て、大切にします、と言う。だから春香は女の子の保護者に伝えた。
「八幡神社のご祭神は戦の神さまですから、怖い思いをしたら、八幡神社に行くと良いと思います」
きっと、女の子が波長の合いやすい子なら、神功皇后が気づいて助けてくれる。そんな気がしたけれど、そこまで春香は伝えない。信じるのも信じないのも結局その人次第だから。
頭を下げてお礼を言ってくる女の子の保護者に、軽く頭を下げて春香は、気付いて戻って来た友人の元へ軽く駆け出した。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
本作はこれにて完結です。




