参拾
ワコちゃん、と言うのは春香の母の祖母の家の娘。春香の曾祖母は母が礼を述べたように、神功皇后に助けられたことがある人。結婚して男の子を二人と女の子を一人産んでいて、母はその女の子の子である。
ワコちゃんは、上の息子の孫娘で男系家系に久しぶりに生まれた直系の女の子ということで、とても可愛がられて育った。昔ながらの本家の娘、である。男系家系に生まれた女の子のワコちゃんは、可愛がられ過ぎて我儘な子でもあった。
春香が年に一度顔を合わせていたときは、口も達者だが我儘もかなり強くて春香はあまり会いたくない子だった。何しろ、春香が見えないモノを見ることを聞きつけたと思ったら鼻で笑われたからである。
「そんなものがこの世にいるわけがない。夢と現実の区別も付かない頭のおかしな子に思えるから近寄らないで。というか家に来ないで」
と言われたのは、春香が小学校六年生。ワコちゃんが小学校四年生のときのこと。小学校四年生でそんなことが言えるワコが凄いのか、将来がオソロシイと言うべきか、というのはさておき。
既に友人など出来なくて孤独だった春香である。親戚にすらそんなことを言われてさすがに春香も立ち直ることは出来なくて一週間ほど寝込んだ記憶がある。尚、そこからはワコと会うことは一度も無かった。
抑々かなり我儘なので会えなくても問題無いが。
あれから七年は経つ。まぁ時が流れても覚えている限り、会いたいとは全く思えないが、それでも、家出というのは何があったのか。
そんなことを春香は神功皇后に説明していた。
尚、母から家出の話を聞かされたあと、だからといって何が出来るわけでもないか、と母は続報が入ったらまた話す、と階下へ戻った。
『ふむ。そのくらいの年齢でそのような発言をするというのは、相当な知恵者か、自身がそのように言われたことがあるか、じゃの』
神功皇后に言われ春香は目を丸くする。
確かに小学生でそんなことが言えるというのは、元から意地の悪い性格か。或いは自分がそう言われたことがあるか、なのかもしれない。春香の知り得る情報では、ワコは口達者な子だけれど、性格が悪い子では無かった、気がする。
そうだ、確かワコの母が、春香への発言を聞いてワコを叱ると同時に、「頭のおかしい、なんてどこで覚えてきたのかしら」と呟いていたのを今になって思い出した。
「私が聞いたワコちゃんの話は、人を傷つけるようなことを口にするような子では無い、というものでしたね」
『そうだとするならば、人を傷つけるような発言を自分もされたことがある、ということかも知れぬの』
それはつまり。
「ワコちゃんも私と同じ……?」
見えないモノを見る人、なのだろうか。
『さてな。じゃが、可能性は無いとも言えぬ。そなたと血筋なのであればの。妾が助けたこともある娘の子孫じゃと言うしの』
そう。曾祖母が見えないモノを見る人で、そうして神功皇后に助けられたということがあった。その血を引いた春香がこうして存在するのだから、ワコもそうした血を引いているという可能性はあるのかもしれない。
「えっ家出って、それ関係?」
『さての。何が原因で家を出たのか、それは本人にしか分からぬこと。ここであれやこれやと憶測を立てても所詮は憶測じゃからの』
そう言われてしまえばその通りである。家出をしたという話だって、一体いつ家出をしたのか分からないし、警察へ届けを出したのかも分からない。序でに言えば、親戚全員に連絡をしたのかもしれないし、春香の家だけに連絡を寄越したのかもしれない。春香の家だけであったとしたら、それこそ何故なのか、と疑問が沸くけれど。
まぁでも、アレコレ考えていても結局のところは本人の話を聞くしか無いわけで。春香は明日の帰り支度へ頭を切り替えた。……そのはずだったのに。
「春香。大変、ワコちゃんがやって来たわ!」
再び顔色を変えた母を見て、そして春香は齎された情報に頭を抱えて、大きなため息を吐き出した。
それから母を自室へ招き入れて何事か尋ねる。
「えっ、ワコちゃんがやって来たって家に?」
「ええ。外で待っててもらっているわ。春香のことがあったから迂闊に上がるようにも言えないでしょう。あなたにどうしたいか確認しようと思ったのよ」
序でにワコの実家には即連絡を入れたらしく、迎えに行く、と言われてもいるらしい。だから家に入れずにどこかで時間を潰すように諭すことも出来る、と母が言ったけれど。
「ううん、いい。ワコちゃんに会うよ。神功皇后が会ってみたいって」
「まぁ神功皇后様が」
いくら小学校四年生だったとはいえ、六年生の春香に言った言葉は、母も許せるものでは無かった。だけれど、春香自身と神功皇后が会う、と言うのに、自分が強く反対をすることも難しいかと思って、母は玄関へ向かい、ワコを家に上げた。
ワコと疎遠になっていたのだが、今は便利な時代で簡単に家を探し当てられたのだろうな、と春香は考えつつおそらくさっきの客間にワコを通しているだろう、とそちらへ足を向ける。
その春香の背中で神功皇后が言った。
『ふむ。おそらくそなたと共に行動をしていた理由の一つがこれじゃな。そなたの話から察するに会いたくないはずの者に、そなたは立て続けに会うことになっている。見直し旅と言った者がおった、と言ったが、妾が行動を共にしてきた者たちは、皆がこうして岐路に立たされて来ておった。そなたの岐路は、今日なのじゃろな』
春香は宙に浮いている神功皇后の言葉に、振り返って口をあんぐりと開けてしまう。
ユキといい、ワコといい、会いたくなかった人たちが家に来た、というのは、確かになんなのだ、厄日なのだろうか、と嫌な気持ちになっていたけれど。
それが自分の岐路だと神功皇后が言うのであれば、神功皇后に出会ったから、今日を迎えたのか、今日を迎えるために神功皇后に出会ったのか、何にせよ、偶然であり必要不可欠な出来事なのかもしれない、と割り切るしかなかった。
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