交錯する思い
猫背の兵隊達が、にやつきながら槍を振り回す。やや後ろに位置する今川兵は、苦々し気に彼らを見ていた。
与力と合流し紀伊の国へ展開しろ。という意味不明な命令書を見た時、貞世は細川に降伏しようかと割と本気で検討した。
戦略的にも戦術的にも意味がない。例えるならそう、兵を一人ずつ崖から落とすようなものである。
まったくの無益、ということだ。
正直幕府に未練はないし、今川家にも未練はない。降伏・亡命、あるいは今川貞世の名を捨てて暮らすのもいいかもしれない。
真剣に思案をはじめたが、そのどれもがご破算となった。命令書とともに斯波の兵がやってきたのである。
その数200。今川兵と同数だ。装備はやたらきらきらで、面構えは非常に悪かった。
部隊長を名乗る男に、「せいぜいよろしく。」と言われた時には顔ひっぱたいてやろうかと思ったが、同数相手に正面衝突するのは無謀なのでやめておいた。
で、逃げるに逃げられず、今に至る。
斯波は貴賤の別なく意思を共有しているらしい。貞世の神経を逆なでするという意思である。
とにかく態度が悪い。道々の村を脅して金品・食料・武具をかっぱらい、今川兵を恫喝し、借りた寺で酒色にふける。
今川兵は皆が大将に似て誠実で真面目で清純なので、苛立ちメーターは高まるばかりだ。
早晩爆発するだろう。
※
「迂回するぅ?」
これ見よがしに目を丸くし、おどけたように両手を挙げる斯波の部隊長。短い付き合いの中でアンガーマネジメントを培った貞世はにこやかに告げた。
「ええ、この道をあと数日も進めば南朝の勢力圏です。一旦摂津の地に入りましょう。」
我々は大和国の幕府方諸侯領を縫う形で進んできた。小勢ゆえになんとかなったが、それも限界である。
現在地以南は大和国・摂津国ともに敵の勢力圏。だが、摂津国には幕府方の豪族が散在している。彼らと合流しつつ紀伊国を目指そうというわけだ。
・・・正直、紀伊国にいく理由は皆無だ。細川家と幕府の戦い、勝つにせよ負けるにせよ紀伊国は無関係。
やってらんないので適当なところで逃げることにした。兵に伝えたところ、賛成賛成の大合唱。ここから駿河に帰るか西に進むかは未定である。
馬鹿正直に「逃げます」なんて言うわけにはいかないので、とりあえず命令通り紀伊国に進軍する体で斯波と打ち合わせをしていた。
「馬鹿な事を。」
斯波の部隊長が鼻で笑う。
最近思うのだが、どうしてこいつらは感情を隠すということをしないのだろうか。尊氏派の地位は人をここまで増長させるのか。
「これより先は南朝の勢力圏です。うかつに踏み入れば紀伊国へ辿り着けるかも怪しい。」
「南朝など恐るるに足らず。朝敵どもに我らが北帝の威信を示すためにも、堂々たる進軍を行うべきですな。」
貞世は首をかしげる。数日同行したが、斯波の兵に戦う気はなさそうだ。うちのようにやる気がないというのとも違そうだが、わざわざ敵地に進む理由はないはずだ。
問いかけようと口を開きかけたとき、兵が駆けこんできた。
「無礼だぞ。」
「まあまあ。」
いきり立つ斯波の部隊長を制止して、貞世は兵に向き合う。
「どうした。」
「て、敵襲です!」
「あ?」
「およそ数百の兵が、南方より接近中です!」
「む。」
兵の言葉を聞いて、さすがの部隊長も顔をしかめる。
ややあって、貞世に声をかけてきた。
「今川殿、迎え撃たねばなりますまい。」
「・・・ええ。」
お?
「数の利を活かすなら両軍でもって対峙するべきでしょうが、我らは知り合ってから日が浅い。連携も厳しいでしょう。」
「たしかに。」
理にかなっている。
「さすれば、われら斯波は西に陣を敷きまする。今川殿は東へ。」
「・・・承知した。」
人が変わったように的確な言葉を口にした斯波の部隊長は、足早に去っていった。
取り残された今川陣営は、総じてぽかんと口を開ける。
「・・・意外ですね。」
「まあ、仮にも部隊の長だから実戦経験も豊富なんだろ。」
「なるほどぉ。」
気の抜けた会話をする今川兵を尻目に、貞世は俯く。
「若様?」
「・・・ああ、悪い。俺らも動こう。」
「はは!・・・どちらに?」
家臣が意味ありげに顔を上げる。貞世は目を合わせなかった。
「東だ。すぐに支度しろ。」
※
北側に陣取る今川・斯波連合軍400余名。相対するは謎の軍数百名。
大和国北西部、田原台の地でいままさに、戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
謎の軍が北に動いた。
斯波の兵は北西に動いた。
今川の兵は北東に動いた。
・・・
謎の軍の雑兵は思った。
(え?)
斯波の兵は思った。
(あ?)
今川兵は思った。
(は?)
・・・
(((お前ら、どこ行こうとしてんの!?)))
総勢1000兵の徒競走。
田原台の戦いが始まった。




