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第三章 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪  作者: こくせんや
第三部 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

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第11話 怪物の焼却、欺瞞による平和 1/2

1.醜悪な茶番、反転する殺意


それは、歴史に残る「名演」だった。あるいは、最も醜悪な茶番劇だった。


太守府の楼閣。集まった民から瓦礫を投げつけられ、額から血を流した太守・李旻は、引きつった顔で、しかし裂帛れっぱくの気合いで叫んでいた。


「ワシは悔しい!お前たちが憎むのも無理はない!だが、賈仁は……あやつは、たった一人で南へ向かったのじゃ!」


李旻の手には、向朗が数分前にでっち上げた『血染めの決意書(という設定の墨が乾いていない竹簡)』が握りしめられている。


「『葛陂かつはの賊』数万が、この陽翟を狙っておる!賈仁は、その賊を降伏させるための交渉の席で……賊に騙し討ちに遭ったのじゃあ!」


李旻は泣いた。生き残るために、鼻水を垂らして号泣した。その必死さが、逆説的に「真実味」を生んだ。

広場を埋め尽くす民衆の動きが止まった。振り上げられた拳が、行き場を失って空を彷徨う。

「売国奴」への怒りが、「誤解」への戸惑いに変わり、そして――


「……俺たちは、なんてことを」

「賈仁様は、俺たちを守って……」


誰かが膝をついた。罪悪感は、最も強力な燃料だ。

自分たちが英雄を誤解し、太守を殺そうとしたという事実は、彼らの精神を耐え難いほどの自己否定へ追い込む。そこから逃れる道は一つしかない。共通の敵への「転嫁」だ。


「許せねえ……!」

「葛陂の賊だ!あいつらが賈仁様を殺したんだ!」

「仇を討て!陽翟を守れ!」


オオオォォォォ……!地響きのような唸りが上がった。

それは先程までの暴動とは違う、統一された「殺意」の方向転換だった。

民衆は、太守府に向いていた矛先を、一斉に南――見えもしない「葛陂の賊」へと向けたのだ。


その熱狂の渦を、バルコニーの陰から見つめる向朗は、疲れ切った顔で眉間を揉んだ。


「……計算通り。民の熱狂は反転した。これで太守府は安全だ。……あーあ、胃が痛い」


2.天才たちの嘆息、見限られる街


広場を見下ろす酒楼の二階。そのテラス席で、二人の男が冷めた酒を前にしていた。


「……負けたよ。僕にはできない」

郭嘉が、両手を挙げて降参の仕草をした。

その顔には、呆れと微かな恐怖が張り付いている。

「兵を動かす策ならいくらでも思いつく。人の裏をかく謀略も得意だ。でも……『数万人の恐慌を、たった一枚の紙切れで熱狂に変える』なんて芸当、僕の美学じゃあ思いつかないね」


向かいに座る戯志才も、眼下の光景に舌を巻いていた。

彼は曹操という傑物に仕えるべく、人材を探して旅をしている。だが、今目の前で起きたことは、彼の想定を遥かに超えていた。


「あの書生……向朗といったか。いつからこの展開を計算していたのだ?」


戯志才の目が細められる。

「賈仁の死、帝の崩御、そして民の暴動。普通なら詰みの盤面だ。それを、全て『嘘』という接着剤で繋ぎ合わせ、強固な『正義』に作り変えた」


「凄まじい手腕だね」

「ああ。だが、これは『下策』だ」


戯志才は、酒を一気に煽った。

「毒が強すぎる。民を騙し、架空の敵への憎悪で統率するやり方は、いずれ必ず破綻する。……我が主・孟徳への土産にはできんな。あの方は『覇道』を歩むお人。このような詐術師は、使いこなせても愛しはしないだろう」


「同感だ。……でも、僕は嫌いじゃないよ。あの書生の、世の中を全部『面倒くさい数字』として処理している目がね」


二人の天才は、陽翟を覆う熱狂の裏で、静かにこの街を見限った。

ここはもう、まともな政治が行われる場所ではない。

「狂気」という名の燃料で走る、暴走都市になったのだ。

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