第10話 そして完全犯罪 1/2
1.迫る破城槌、震える太守
ドォン、ドォン、と腹に響く音が続いていた。
太守府の正門が、民衆の怒りという名の破城槌で打ち据えられている音だ。
「引きずり出せ!」
「俺たちの金を返せ!」
「売国奴の李旻を殺せ!」
太守府の広間は、逃げ惑う下級役人たちの悲鳴と、舞い散る竹簡でカオスと化していた。
その部屋の隅、立派な執務机の下で、太守・李旻はダンゴムシのように丸まっていた。
「ひぃっ、ひぃっ……!違う、ワシは知らん!金を集めたのは死んだ賈仁じゃ!ワシはハンコを押しただけじゃ!」
李旻は震えていた。
無能な彼でも、自分の命運が尽きたことは理解できた。
「帝崩御」の混乱と、「汚職への怒り」が合体し、暴徒は血を見るまで止まらない。誰も助けてくれない。側近たちは真っ先に逃げ出した。
――いや、一人だけ、逃げ遅れた男がいた。
部屋の隅にある書棚の前で、何やら必死に竹簡を拾い集めている地味な青年。
臨時雇いの書記、向朗である。
2.死人は反論しない
「……あー、困ったな。これじゃあ今月の給料、未払いのまま太守府が燃やされそうだ」
向朗は、暴動の音に怯えながら、ブツブツと独り言を漏らしていた。
「あのぉ……太守様?李旻太守様?」
向朗は、机の下の毛玉(李旻)に恐る恐る声をかけた。李旻が涙目で顔を上げる。
「な、なんじゃ貴様は!刺客か!?」
「いえ、ただの書記の向朗です。……あの、逃げる前に、この書類に決裁印をいただけませんか?そうしないと、書類が終わらないので」
「貴様、正気か!?今殺されるという時に!」
李旻が怒鳴ろうとした時、向朗は「あ、そうだ」と、さもついでであるかのように、手元の竹簡を広げた。
「この帳簿のことなんですけど……賈仁様が横領したとされる数万銭の使途不明金です」「それがどうした!どうせ遊興費じゃろ!」
「ええ、普通に計算すればそうです。……でも、これ、『費目』を変えれば、生き残れる計算になるんですよねぇ」
向朗は、自信なさげに頭をかきながら、ボソボソと続けた。
「例えばですけど……この金を『私的流用』ではなく、『対・黄巾賊防衛費』として計上したらどうなります?」
李旻の動きが止まった。
「……は?」
「いえ、ですから。賈仁様はもう死んでいます。死人は反論しません。だから、彼が何のために金を使っていたか、今ならこちらで自由に『作文』できるんですよ」




