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第三章 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪  作者: こくせんや
第三部 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

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第8話 徐庶の仇討ち 3/7

5.影の処刑宣告


その光景を、屋根のはりの上から見下ろしている男がいた。

戯志才である。

彼は退屈そうに欠伸をし、安酒の入った瓢箪を揺らした。


「……忠犬には餌じゃなびかないよ」


彼は向朗たちの苦悩を嘲笑った。

「真面目な学生くんたちには、これ以上の手は打てないか。……仕方ない、手本を見せてやろう」


戯志才は、懐から一通の書状を取り出した。それは彼が事前に偽造しておいた「密書」だ。

そして、もう一つ。血のついた「牛鉄の部屋の鍵」。


彼はすでに、牛鉄の部下を一人殺害して鍵を奪い、牛鉄の私室に「ある仕掛け」を施していた。

戯志才は、配膳の混乱に紛れて、誰も気づかぬ早業で、密書を賈仁の手元に滑り込ませた。


「ん?なんだこれは?」

賈仁は震える手で書状を開いた。


その瞬間、彼の色を失っていた顔が、怒りで紫色に変色した。

『護衛隊長・牛鉄は、葛陂の賊と内通している。彼が酒を断ったのは、素面で賊を引き入れる合図を送るためだ。証拠は牛鉄の鎧櫃よろいびつの中にある』


「……牛鉄……!」


賈仁の脳内で、疑念の点と点が最悪の線で繋がった。


なぜ牛鉄は頑なに酒を拒んだ?


なぜ賊の侵入(幽霊騒ぎ)を許した?


それは、彼自身が裏切り者だからだ!


「牛鉄!貴様、直ちに部屋を改めさせてもらうぞ!」


賈仁が絶叫した。

「殿?何をおっしゃいますか」


「黙れ!部下よ、牛鉄の部屋へ行け!鎧櫃の中だ!」

数人の兵士が走り去り、やがて戻ってきた。その手には、ずっしりと重い袋が握られている。

中から出てきたのは、葛陂の賊の刻印が入った金貨の山だった。


戯志才が仕込んでおいた決定的な「証拠」である。

それを見た瞬間、牛鉄は目を見開いた。


「なっ……馬鹿な!身に覚えがありません!罠です!」


「罠だと!?」


賈仁は泡を飛ばして喚き散らした。

「貴様、さっき酒を断ったのは、酔うわけにはいかなかったからだな!賊を引き入れる手引きをするために!」


「ち、違います!私はただ、殿をお守りするために……!」


牛鉄の忠義ゆえの行動が、戯志才の悪意によって、全て「裏切りの証」へと変換されていた。


「殺せ!この裏切り者を串刺しにしろ!今すぐにだ!」

賈仁の命令が飛ぶ。

「殿!お待ちください殿ォッ!」


周囲の兵士たちが、躊躇いながらも槍を構えた。

牛鉄は剣を抜こうとしなかった。主君に刃を向けることなど、彼の武士道が許さなかったからだ。


ズプッ、ドスッ!


無数の槍が、無抵抗の巨漢を貫いた。


「ぐ、ふっ……。殿……なぜ……」


牛鉄は血の涙を流し、最後まで主君の方へ手を伸ばしながら、どうと倒れた。

最強の盾は、敵ではなく、守るべき主君の手によって粉砕されたのだ。


6.狼の解放


牛鉄の死。


その衝撃に、広間は一瞬の静寂に包まれ、次の瞬間にパニックが爆発した。


「きゃぁぁぁっ!」

「隊長が殺された!」

「裏切り者だ!」


客として来ていた何儀と劉辟も、椅子を蹴倒して立ち上がった。


「おい、どうなってるんだ!内輪揉めか!?」


指揮系統が崩壊し、兵士たちが動揺して右往左往する。


「な?」

「賈仁が牛鉄を殺した!?」

思いもよらぬ大混乱。


(めんどうなことになった。……でも!) 

向朗は叫んだ。


「今だ!やれ、徐福!」


バァァァン!!

広間の入り口に置かれていた巨大な酒樽が、内側から破裂した。

木片と酒しぶきが飛び散る中、一頭の獣が飛び出した。

髪を振り乱し、抜き身の長剣を構える徐福である。


「賈仁ンンンッ!柳安の分だぁぁぁッ!」


その咆哮は、雷鳴のように広間を震わせた。

徐福は鬼神の如き速さで床を蹴った。


「あ、ああっ!?刺客だ!」


立ち塞がる兵士がいたが、牛鉄のいない烏合の衆など、徐福の敵ではなかった。

ザシュッ!

一閃。兵士の兜ごと頭蓋が割れる。


「ひぃぃぃ!助けてくれぇぇ!」


賈仁は牛鉄の死体を踏みつけて逃げ出した。


「何儀!劉辟!助けてくれ!金はやる!」


だが、賊の頭目たちは冷淡だった。


「知るか!こんなイカれた屋敷にいられるか!」


「ずらかるぞ!」


彼らは賈仁を見捨て、窓を破って逃走を図る。

一方、混乱の渦中で、郭嘉だけは柱の陰で悠然と酒を飲んでいた。

「いいねぇ。牛鉄がいなくなった途端、この有様だ。……さて、まだ客は増えるよ。君たち。どうする?」


7.勘違いの略奪者


その時だった。


屋敷の正門の方角から、腹に響くような銅鑼ドラの音が鳴り響いた。


「開門ンンッ!宴会だァァァッ!!」


ドォォォォォン!!


轟音と共に、堅牢なはずの正門が粉砕された。

雪崩れ込んできたのは、松明と斧を持った数百の軍勢。

葛陂の賊の別働隊、呉覇ごは率いる賊徒たちである。

彼らは戯志才によって偽情報を吹き込まれていた。


『今夜、賈仁が屋敷を開放して大盤振る舞いをしている。早い者勝ちだ』と。

「ヒャハハハ!酒だ!金だ!女だ!」

「賈仁の野郎、俺たちを待ってたんだな!」


呉覇たちは、逃げ惑う客や兵士を見て、

「俺たちの酒を隠そうとしてやがる!奪え!」と勘違いし、襲いかかった。


「な、なんだ貴様らは!?」

賈仁の私兵たちが応戦するが、士気旺盛な賊の勢いに飲まれていく。

さらに、逃げようとしていた何儀・劉辟の一派とも鉢合わせになり、賊同士の混乱も生じた。

徐福(暗殺目的)vs賈仁私兵(防衛・崩壊)vs呉覇の賊軍(略奪・暴走)。


三つ巴の戦いとなり、屋敷は一瞬で地獄絵図と化した。


8.煉獄の観客


屋敷の各所から火の手が上がり、黒煙が夜空に昇り始めた。

悲鳴、怒号、剣戟の音、そして強欲な笑い声。


それら全てが混ざり合い、美しい不協和音となって街に響き渡る。

向朗は、回廊の陰で呆然とその光景を見ていた。


「……なぜだ。なぜ賊がいる!?何儀たちじゃない、別の連中だ!」


彼の計画では、スマートに賈仁を討ち、静かに撤収するはずだった。

だが現実は、無差別な殺戮と略奪の嵐だった。

逃げ遅れた侍女が賊に襲われている。抵抗した料理人が斬り殺されている。


「計画と違う!無関係な人間は巻き込まないはずだったのに!」

向朗は頭を抱えた。自分たちが開けたパンドラの箱から、想像を絶する災厄が溢れ出していた。


「ぼさっとするな、向朗!」

石韜が向朗の腕を引いた。


「今は生き残るのが先だ!徐福を回収して逃げるぞ!」


炎は勢いを増し、屋敷の梁が焼け落ちる音が響く。

そのすべてを、安全圏である高台から眺める男がいた。


戯志才である。

彼は、燃え盛る屋敷の炎で頬を赤く染めながら、恍惚とした表情で呟いた。


「……綺麗すぎる計画は脆いものだ。一滴の『毒』を垂らすだけで、人間は勝手に殺し合い、自滅してくれる」


彼は満足げに咳き込み、陽翟の夜を焦がす炎を楽しんだ。


「さあ、踊れ。計算外の混沌、理不尽な暴力……それらをすべて飲み込んで、誰が生き残るか。見せてもらおうか」


戯志才は空になった瓢箪を放り投げると、闇の中へと姿を消した。


舞台は、「賈仁の死」と、その後の「脱出劇」へと移ろうとしていた。

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