第7話 夜に嗤(わら)う 者 7/7
9.沈黙の書庫、紙上の戦場
潜入決行まで、あと数刻。陽翟の空がどろりと濁った朱色に染まり、役所を包む影が長く伸びる頃、向朗(巨達)は再び太守府の地下深くに位置する文書庫へと足を踏み入れていた。
ひんやりとした冷気と、数十年分の埃が堆積した静寂。
そこにあるのは、文字という鎖によって固定された「過去」の集積所である。
向朗は、慣れた手つきで督郵・賈仁に関わる一連の報告書を引き出した。
竹簡が触れ合う乾いた音が、静まり返った書庫に冷酷に響く。
(郭嘉は言った。人は『見たいもの』しか見ないと。ならば、複数の出口を用意しておこう)
向朗は竹簡を繋ぐ紐を、外科医が患部を裂くような慎重さで解き、並べ替えていく。
彼の手つきは、精密なからくりを組み替える職人のようでもあり、あるいは悲劇の台本を書き換える不吉な演出家のようでもあった。
彼がそこで行っていたのは、単なる偽造ではない。観測者の都合と欲望によって「英雄」にも「大罪人」にも変貌する、悪魔的な整合性を持った記録の再構築であった。
たとえば、賈仁が賊に兵糧を送っていた背信の記録がある。
その直後に、別の進言書から抜き出した「敵を内側から崩壊させるための毒を混入させた」という記述を接続する。
するとどうだろう。
賈仁の汚職はたちまちのうちに、「己の汚名を厭わず、国のために賊を壊滅させようとした孤独な忠臣」の物語へと変貌を遂げる。
あるいは、兵糧の欠損記録の直後に、賊の首領・呉覇との私的な会合を示唆する別の公務記録を繋ぎ、日付をわずかに書き換える。
そうすれば、賈仁は「民の血を啜り、賊と結託して私腹を肥やしていた売国奴」という、言い逃れのできぬ証拠の檻に閉じ込められる。
「この報告書の内容は、葛陂の賊との癒着の証拠の裏付けになる。だが同時に、この進言は賊を一網打尽にするための命懸けの奇策であったとも読める……」
向朗は筆を置き、墨が竹簡の繊維に馴染むのをじっと待った。
もし、賈仁を討った後に太守・李旻が「治安維持の失敗」を責められたくなければ、彼は賈仁を「賊に殺された悲劇の英雄」として祭り上げ、この書類を盾にするだろう。
逆に、太守自身が賈仁との癒着を疑われそうになれば、彼は即座にこの書類の「別の頁」をめくり、賈仁を「全ての罪を背負うべき死せる悪党」として切り捨てるに違いない。
どちらの道を選んでも、太守はこの『真実』に縋らざるを得ないのだ。
そこに自分自身の承認印が押されている以上、これを否定することは、太守自身の行政責任、引いてはその首を否定することと同義なのだから。
かつての向朗は、真実とは一意であり、不動のものだと信じていた。
だが、柳安の死を経て、彼は知ってしまった。権力の深淵においては、真実とは「最も都合の良い整合性」に与えられた別名に過ぎないのだと。
「……屠るんじゃない。賈仁という存在を、僕の墨汁で定義してやるんだ。」
書き換えられた書類は、再び古い紐で縛られ、棚の定位置へと戻された。
外見は何一つ変わっていない。
しかし、その内部に潜む意味は、数時間後に訪れる「血の惨劇」を、公的にどのように清算するかを完全に支配していた。
向朗にとって、情報の海は戦場と同じだ。
波を立て、潮の流れを変えれば、巨大な軍船さえも意のままの港へと座礁させることができる。
地下書庫を出る向朗の足取りに、もはや迷える学生の面影はなかった。




