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丞相を継ぐ者 諸葛亮の法に抗い、諸葛亮の情を支えた一人の友の物語。  作者: こくせんや
第一章 街亭の戦い

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6話 残る者達 鋭き法は若き良心の鞘に収まり 淑均なる将は静かに未来を護る

本日1話目になります。本日から一日朝夕の2話ずつ投稿となります。

よろしくお願いします。

【蔣琬と費禕】


出征の軍議が終わり、軍が漢中へ向かう準備を本格化させる中、私は成都の宮城に残った若き重臣たちと短い時間を共にした。

蔣琬公休と、費禕文偉。 彼らは『出師表』の中で、「志慮忠純」――その志と慮りは忠実にして純粋なり、と丞相に称えられた、蜀漢の将来を担う柱石である。


多くの者は、彼らを「丞相の命令を忠実に実行する能吏」と見ている。だが、長年彼らを見てきた私には、孔明がなぜ彼らを成都に残したのか、その真意が痛いほどに分かった。


「公休殿、文偉殿。丞相は、あなた方二人に、この宮中と陛下の安寧を託された」


私は二人の若者の前に向き直り、深く頭を下げた。


「丞相は、秋霜烈日たる『法』をもって魏を討たんとされている。だが、法が厳しければ厳しいほど、その陰で凍える者が必ず出るのだ。我々でそれを支えていかなければならない」


蔣琬は、そのゆったりとした体躯に相応しい、春の日差しのような穏やかな表情で頷いた。


「向長史のご懸念、重々承知しております。丞相が鋭利な剣であるならば、我々はその剣を収める鞘とならねばなりません。剣が味方の身まで傷つけぬよう、この成都で柔らかく包み込むこと。それが、我々に求められた『忠純』の意味かと」


費禕も同意する。彼はまだ年若く才気煥発だが、その才を人を傷つけることには決して使わない聡明さがあった。

「法の公平さは、時に人の心にとって残酷に映ります。向長史が前線で法の重みに耐える間、我々はここで、その法が民や陛下にとって『重荷』とならぬよう、情をもって解きほぐしましょう」


彼らの言葉は、私が抱える葛藤を、まるで分かち取ってくれるかのようであった。 丞相や楊儀が、国を動かすための「硬い骨格」であるならば、私や残る彼らはその骨格が砕けぬよう、また周囲を傷つけぬように覆う「豊かな肉」でなければならない。


そして私は、馬謖の自信に満ちた顔を思い出す。彼の才能は鋭いが、あまりに硬く、脆い。

「頼みましたぞ、蔣殿、費殿。丞相の法が、ただの暴力にならぬよう……この国の『情』を守り抜いてくれ」

私はそう言い残し、二人の頼もしい背に深く安堵の念を抱く。

私の「情」の拠り所は、一時的に彼らに預けられたのだ。


【向寵】


私は出征の前、甥の向寵と語り合う。 彼は今回の北伐には同行せず、中部督として宮中の警護という要職を担う。


丞相は『出師表』の中で、彼を「性行淑均にして、軍事に暁暢せり」と評した。 「行いは善良で偏りがなく、軍事に精通している」――この言葉は、単なる身内への贔屓目ではない、武人としての天賦の才と、人格の完成度を称えるものだ。


壮年を迎えた彼の前に立つと、私はかつての自分を見ているようで、しかし同時に、決して到達し得なかった理想を見ているようでもあった。 寵は私に似て温厚な気質を持ちながら、その瞳の奥には、戦場で培われた「揺るぎない規律」と、兵の痛みを我が事とする「深い慈悲」が共存している。


「叔父上」

寵が私を見上げ、静かに口を開いた。その声には、別れを惜しむ情と、覚悟を決めた将の響きがあった。

「此度のご出陣、長史としての重責、お察しいたします。私が宮中に残ることで、叔父上が遠征中に負われる『法の執行』という冷たい痛みを、少しでも和らげることができればと願っております」

私自身、情に流されがちな人間だ。許しを請うものをには温情を、命乞いをする弱きものには手を差し伸べたいと思う。しかし寵は違う。確かな「公平」さがある。


「寵よ、よく分かってくれている」

私は彼の肩に手を置いた。鎧越しの感触は硬く、頼もしかった。

「丞相の法は、漢室再興という大義のためには不可欠だ。しかし、その法があまりに鋭利な刃となって、味方の身まで切り裂かぬよう、我らがその『はかり』とならねばならない」

「叔父上の仰る通りです。私の任務はただ宮中の門を守ることだけではありません。丞相の法が外で執行される今、我々が守るべきは、その法が、、、何者かの悪意に利用されないよう、内部で清浄さを保つことです」


彼は言い淀んだが、その視線は宮中の暗部を見据えていた。絶対的なまで揺るぎない丞相諸葛亮。その法の裏に潜む独善への懸念。丞相諸葛亮には間違いはない。それは分かる。しかしその後は?彼はそれすらも見抜いている。

彼の言葉を聞いて、私は心の底から安堵した。 寵の存在は、私が成都を離れるにあたって、劉禅陛下と、この国の『情』を守る最後の砦なってくれるだろう。

「頼んだぞ、寵。お前こそが、この蜀漢の未来の柱だ。私が不在の間、この国の『情』を支えてくれ」

「はっ。叔父上も、どうかご武運を」

私はそう言い残し、甥の澄んだ瞳にこの国の未来を託して、深く頷いた。 彼の存在が、戦場へ向かう私の背中を、優しく、そして力強く押してくれていた。


「情」を捨てきれない、向朗同調派。そんな一幕でした。

第2部からメインキャラで登場する、張飛の子らも登場させたかったのですが、

長くなったのでカットしました。。。

三国志に、向朗に、興味が湧いた方、ブックマーク・コメントなどしていただけるととても励みになります。

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