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第三章 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪  作者: こくせんや
第三部 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

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第3話 水鏡塾の異端児たち3/6

4.教室の洗礼


講義室の空気は、針のむしろだった。


徐福は一番後ろの席に座らされた。

机の上には、向朗が貸してくれた竹簡が置かれているが、徐福にはそこに書かれている文字が、ただの黒い模様の羅列にしか見えない。


「……天の命ずるところ、これを性と謂い、性に率う、これを道と謂う……」


講師の声が、念仏のように響く。


徐福は脂汗を流していた。剣を持って大勢に囲まれる方が、よほど気が楽だ。

何を言っているのか、一言も理解できない。まるで異国の言葉を聞かされているようだ。筆を握る手は震え、墨が指に滲んでいく。


前の席に座る辛評・辛毗の兄弟が、聞こえよがしに囁き合う。


「見ろよ、筆の持ち方も知らないぞ。棒切れを掴んでいるようだ」

「猿に冠だな。水鏡先生も、なぜあんな男を入れたのか」

「鍾繇殿の手前、断りきれなかったのだろう。……迷惑な話だ。神聖な学問所が獣臭くなる」


クスクスという忍び笑いが波紋のように広がる。

徐福は唇を噛んだ。羞恥と怒りで顔が熱くなる。

昔の彼なら、迷わず前の席の机を蹴り飛ばし、その減らず口を物理的に塞いでいただろう。


だが、今はできない。ここで暴れれば、庇ってくれた向朗や、受け入れてくれた司馬徽の顔に泥を塗ることになる。


その様子を、斜め後ろの席から向朗が見ていた。彼は頬杖をつき、教科書を見るふりをしながら、内心で大きなため息をついていた。


(……相変わらず、めんどくさい連中だなあ)


向朗は、辛兄弟の背中を冷ややかな目で見つめた。

彼らは優秀だが、そのプライドの高さゆえに、異質なものを排除しようとする。

それは組織の防衛本能としては正しいが、変化を拒む硬直した思考の表れでもある。

向朗は徐福の背中を見た。怒りに震えるその背中は、助けを求めているようにも見えた。だが、向朗は動かなかった。助け舟を出す言葉も、慰めの言葉もかけなかった。


(今、僕が口を挟んで彼らを論破するのは簡単だ。でも、それじゃ意味がない)


向朗は、心の中で友に語りかけた。――悔しいか?徐福。なら、耐えろ。彼らを見返すには、文字を読めるようにならなきゃ始まらないんだ。暴力という共通言語が通じないこの場所で、君が対等に戦うための武器は、その竹簡の中にしかない。それを自分で掴み取るしかないんだ。


向朗は視線を戻し、再び無関心を装った。それが、彼なりの不器用な激励だった。


教室の異物となっているのは、徐福だけではなかった。


窓際の席には、李撰が座っている。彼は講義など全く聞いていなかった。机の上に、奇妙な道具を広げてブツブツと呟いている。円形の天盤と、方形の地盤を組み合わせた「六壬りくじん式盤」だ。


「……天一、北に座す。騰蛇とうだ、火を纏いて南西にあり」


李撰は長い指で天盤を回し、カリカリと盤面を指で叩いた。その目は虚空を見つめ、完全に自分の世界に入り込んでいる。


「ふふふ。やっぱりだ。凶星が動いている。……この教室の澱んだ空気に、血と鉄の匂いが混じり始めた。因果の糸が絡まり合って、面白い結び目を作ろうとしているよ」


周囲の塾生たちは、気味悪がって李撰から距離を取っていたが、彼は気にする素振りもない。

そして、もう一人。徐福の隣の席で、突っ伏していた男が、むくりと起き上がった。


「うるさいなあ、秀才諸君」


郭嘉である。彼は気だるげに目をこすり、その美貌を歪めて辛兄弟の方を睨んだ。

「品位、品位って、お前ら鸚鵡オウムかよ。品位で腹は膨れないし、世の中は良くならないぜ?」「奉孝!貴様もだ、このような男を……」

「いいじゃないか。面白い匂いがする」


郭嘉は徐福の方へ顔を寄せ、くんくんと鼻を鳴らした。

至近距離で見ると、その顔立ちは恐ろしいほどに整っていた。白い肌、艶やかな唇。だが、その瞳の奥には、底知れぬ闇と虚無が横たわっていた。


「墨と紙の臭いばかりのこの退屈な部屋で、こいつだけは鉄と血の匂いがする。……おい新入り、名前は?」

「……徐福だ」

「ふうん。いい殺気を持ってるな。今度、俺と飲みに行こうぜ。奢ってやるよ」


郭嘉はニカっと笑った。それはこの世の全てを見下しているような、人懐っこく、かつ底意地の悪そうな笑顔だった。

「あ?……俺は遊びに来たんじゃねえ」

「遊びじゃないさ。人間を知るには、酒を飲むのが一番早い。……特に、君みたいな『規格外』の人間を知るにはね」


陳羣が遠くから冷ややかな視線を送ってくる中、徐福は、この奇妙な男・郭嘉に、得体の知れないシンパシーを感じていた。

こいつからは、俺と同じ匂いがする。社会という枠組みからはみ出した、獣の匂いだ。


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