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第三章 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪  作者: こくせんや
第三部 落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

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第3話 水鏡塾の異端児たち2/6

3.招かれざる客


水鏡塾の正門前は、一触即発の緊張感に包まれていた。門番たちが槍を構えて立ちはだかる先に、一人の若者が立っていたからだ。


徐福である。洗ったとはいえ着古した粗末な服。乱暴に結い上げられた髪。そして何より、腰に差した無骨な直刀が、ここが学問の府であることを忘れさせるほどの、生々しい殺気を放っていた。その背後には、向朗、石韜、孟建の三人が、ハラハラした様子で控えている。


「帰れ!ここはゴロツキの来るところではない!」

門番が叫ぶ。徐福は動じない。ただ、腹の底に響くような低い声で言った。

「入門しに来た。通せ」

「ふざけるな!書物の一冊も持たず、剣をぶら下げて入門だと?学問を舐めるな!」


騒ぎを聞きつけ、講義を終えた塾生たちが集まってきた。辛兄弟もその中にいる。

「なんだあの男は」「野蛮人め」「向朗たちが連れてきたのか?荊州の田舎者は常識がないな」

嘲笑と蔑みの視線が、矢のように徐福に降り注ぐ。

徐福の手が、無意識に剣の柄にかかる。


(……やっぱり場違いかよ)


向朗たちに誘われて来てはみたものの、やはり自分は泥水がお似合いなのだ。そう自嘲して、踵を返そうとした時だった。


「待ちなさい」


静かな、しかしよく通る声が響いた。人垣が割れ、二人の人物が現れる。

一人は、質素な衣を纏い、手には杖を持った老人。塾長、司馬徽その人である。

そしてもう一人、司馬徽の隣には、立派な官服を着た壮年の男が立っていた。鋭い眼光と、墨の香りを漂わせたその男は、洛陽から帰郷し、たまたま旧友である司馬徽を訪ねていた名士、鍾繇、字は元常であった。


司馬徽は徐福の前に立つと、しげしげとその顔を覗き込んだ。


「……面白い顔をした若者だ」司馬徽は言った。

「死相と、英雄の相が同居しておる。……若者よ。名は?」

「徐福だ」

「徐福か。……なぜ剣を捨てず、ここへ来た?」


周囲が静まり返る。塾生たちは、司馬徽がこの無礼者を一喝して追い払うのを期待していた。

徐福は老人を見返した。この目は誤魔化せない。そう直感した彼は、飾ることをやめて本音を吐いた。


「……剣じゃ斬れねえ敵がいると知ったからです」

「ほう?」

「俺は馬鹿で、腕っぷししか能がねえ。だから、法や権力って奴に、大事なものを踏みにじられた。……この剣で斬れないなら、頭を使うしかねえ」


徐福は腰の剣を強く握りしめた。

「俺は、この錆びついた剣を研ぐための『研ぎ石』を探しに来た」


学問を研ぎ石と呼ぶ。その不敬な物言いに、塾生たちが色めき立つ。


「無礼な!」「聖賢の教えを道具扱いするか!」


罵声が飛ぶ中、司馬徽の隣にいた鍾繇が、興味深そうに眉を上げた。


「研ぎ石、か。……水鏡殿、威勢の良い弟子志願者ですな」

「うむ。だが元常よ、剣は凶器。学びの場には相応しくないと言う者も多かろう」


司馬徽は試すような目で徐福を見た。

徐福は言葉に詰まった。学のない彼には、高尚な反論など思いつかない。その時、後ろに控えていた向朗が一歩前に出た。


「先生、お言葉ですが」


向朗は拱手し、静かに口を開いた。

普段の「めんどくさい」という態度は消え、その瞳には知的な光が宿っていた。


「『春秋左氏伝』に曰く、『戈を止め、武と為す』とあります。また、『たまみがかなければ器(器)と成らない』とも」


向朗は徐福の腰の剣を指差した。


「彼は、剣を振るうためにここへ来たのではありません。剣を『止める』ため、すなわち、無用な暴力を制御し、正しき行使の道を知るために、知恵を求めているのです」


向朗は続けた。


「研ぎ石とは、単に鋭くするためだけのものではありません。錆を落とし、歪みを正し、磨くことで、本来の輝きを取り戻すためのものです。……彼の志は、まさに学問の本質に叶うものではないでしょうか」


周囲の塾生たちが息を呑む。粗野な徐福の言葉を、古典を引用して見事に「儒教的解釈」へと昇華させたのだ。


鍾繇が、感嘆の声を漏らした。


「ほう……。面白い引用だ。『左伝』の宣公十二年の句と『礼記』を、そう使うか」

鍾繇は、鋭い視線を向朗に向けた。

「君、名は?」「……向朗、字は巨達と申します」「向巨達か。覚えておこう。……知識をひけらかすだけでなく、目前の状況に合わせて応用する。それこそが『生きた学問』だ」


鍾繇は満足げに頷き、司馬徽に顔を向けた。


「水鏡殿。面白いではないか。原石と、それを磨く者が揃ってやって来たようだ」


司馬徽は、顔中の皺を深くしてニヤリと笑った。


「元常がそう言うなら、断る理由もあるまい」

司馬徽は徐福に向き直った。


「入れ。ただし、月謝は高いぞ。……文字通り、命を削って学ぶ覚悟があるならな」


門が開く。徐福は深々と頭を下げ、その聖域へと足を踏み入れた。隣で向朗が、小さくため息をついた。「……まったく、入学早々めんどくさいことになったなあ」


「へっ。恩に着るぜ、向朗」


徐福は小声で礼を言い、向朗の背中を叩いた。その光景を、鍾繇は興味深そうに見送っていた。(……乱世の予兆か。野にある才が、こうしてここに集まり始めているか)


「戈を止め、武と為す」『左伝』の引用ですが、普通はそう解釈して使わない。それでも、それっぽくこの場で使う向朗の応用力に感心した鐘繇でした。

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