第二回講義 一八九年の危機。地政学・漢の「腹」にある病巣その1
第二回講義 一八九年の危機。地政学・漢の「腹」にある病巣
1.中平六年(一八九年) 葛陂の賊と、豫州牧・黄琬
「……さて、時間であるな。皆、席に着くがよい」
私は手に持っていた筆を置き、壁に白い紙を貼る。窓の外からは、漢中の乾いた風に乗って遠く練兵場の勇ましい掛け声が聞こえてくる。だが、この講義室の中だけは、別世界のように静謐な空気が流れていた。ここにあるのは、血の匂いではなく、墨と古い紙の匂いだけである。
最前列には、いつもの二人、姚伷と楊顒。その後ろで新入生の姜維殿が「兵站とは輸送に限らない、国家そのもののだ」という私の前回の講義に悩み、頭を抱えている。そして窓際では、魏延が愛刀の手入れをしながら不躾に声をかけてくる。
「……おい、爺さん。今日は何の講釈だ? 退屈な帳簿の話なら、俺は昼寝させてもらうぞ」
「文長、そう急かすでない。今日の話は、お前のような直感で動く武人にこそ、肝に銘じてほしい話なのだからな。今日は学問としての話ではなく、実際の事件を元に話をしよう。」
私は教壇につき、題目を力強く書き記した。
『中平六年(一八九年) 葛陂の賊と、豫州牧・黄琬』
「歴史書では数行で語られるこの事件が、実は漢という国の心臓部に突きつけられた致命的な刃であった。……今日はこの『忘れられた危機』を、兵站と地政学のメスで解剖してやろう」
2.地理的脅威と力学
「姜維殿、地図を見よ。知識と富が集まる『頴川郡』はどこにある?」
「はい! 洛陽の南、豫州の北西部です。名士を輩出し、交通の要衝でもありました」
「うむ。だが、兵站家としては視点が足りぬ」
私は頴川のすぐ南東に、癌細胞のような黒い円を描いた。
「頴川が『頭脳』なら、そのすぐ腹の下には巨大な『病巣』があった。それが、葛陂だ」
葛陂は当時、湿地帯と湖沼が入り混じる、装備の重い正規兵では、泥に沈む魔の領域であった。
「葛陂の賊の本質は『黄巾賊の残党』というだけではない。『武装難民』なのだよ」
私は黒板に『餓え』と大きく書いた。前回の講義でも説明したように黄巾の乱とは、「餓え」との歴史である。
土地を失い、食い扶持を失った彼らは、政治的野心ではなく『食わねば死ぬ』という生理的欲求で動き出したイナゴの群れでしかない。
物理法則において水が高い所から低い所へ流れるように、兵站学において『持たざる者』は『持つ者』へ流入する。
よって武装難民は、食料のない場所から食料のある場所へなだれ込む。
それが「葛陂の賊」という難民の群れであった。これを頴川で止めねば、次は洛陽である。
漢の知性は物理的に食い尽くされる運命にあったのだ。
3.黄琬の権限革命
「この危機に対し、朝廷は名臣・黄琬を派遣した。重要なのは彼の『役職』だ。彼は単なる監察官である『刺史』ではなく、行政権と軍事権をセットで掌握する『豫州牧』に任じた。他の州牧は、幽州の劉虞、ここ益州の劉焉の二人。辺境だな。対して豫州の黄琬は中華のど真ん中。最も重要な州の一つを黄琬に全て託したのだ。」
兵站の観点から見れば、これは革命的な権限委譲である。黄琬は頴川の豪族から合法的に資金を吸い上げ、対・葛陂戦線に集中投下する『戦時兵站体制』を即座に構築した。
「我が丞相府と同じ構造であるな。人事、軍事、税、司法といった全ての権限が州牧府に集まる体制で、黄琬が統治したのだ。黄琬は赴任後最初に行った事は、この巨大な『病巣』である葛陂の賊の撃退である。さて、魏延、お前ならどう戦う?」




