男はふがいない
男はふがいない
清一
「ねえ、千夏……」
土曜日の午後、なつが買い物に行っていて、太一が友達の家に遊びに行っている隙に千夏をつかまえた。
「あのさ、今度お母さんの誕生日だろ。プレゼント選ぶの手伝ってよ」
千夏はちょっと驚いた顔をした。
「珍しいね」
「うん」
「ちょっとは反省したんだ」
「……はい」
言い方がきつい。
「でもね、お父さん。女の人ってのはさ、プレゼントっていうのは本当は物がほしいんじゃないんだよ。好きな人が自分のためにいろいろ悩んで選んでくれたその気持ちがほしいんだよ」
「はぁ」
「そんなの、娘に丸投げしちゃだめでしょ」
あっさり切り捨てられた。
「あのさ、女物の服とか靴とかお父さんがわかるわけないだろ?お前、服とか選ぶのうまいじゃん」
娘がにやりと笑った。
「この前の服、けっこうよかったでしょ?お父さんの好みなんて簡単なんだから」
やっぱり、こいつ。
「あのね、お父さん。誰だって最初はできないの。でも、好きな人喜ばしたくてさ、努力してだんだんプレゼントとかすてきなデートとかうまくなるわけよ。そういう努力したことある?」
「……」
「ていうか、最後にお母さんにあげたプレゼントって何なの?」
なんかまずい展開になってきているな、これ。
「……婚約指輪と結婚指輪、かな」
千夏はため息をつく。
「なんとなくわかってたけど、ちょっとさぼりすぎじゃない?」
「……はい。すみません」
「もう、これだから女で不自由したことのない男はだめなのよ」
ぎょっとして娘を見る。
「なに?」
「お前、本当に13歳か?」
ギロッとにらまれた。最近の13歳ってどうなってるんだ?
「とにかく、自助努力して」
もういちど切り捨てられた。娘はスマホの画面に視線を戻してしまった。僕は黙って想像する。貴金属とか女性物の服売り場に立って、店員さんにかくかくしかじか妻の誕生日とか説明して選んでもらっている姿……。それ、恥ずかしいやつだ。かわいい娘と一緒に選んでいるお父さんのほうが何倍絵になるか。
「千夏、何か欲しいものあるか、今?」
お、という顔で千夏がこちらを見る。
「スマホ。機種変したい」
なんで、そんな速攻でほしいものでてくるんだ?10代は。
「この前、持ったばかりだろ?」
「あのね、こんな古い型、今時持ってるのわたしくらいなの」
しばらくにらみあいながら、頭の中で大体いくらぐらいかかるか計算してみる。
「買い物つきあったら、買ってやるよ」
「やった!うそ?」
娘はぴょんと飛び跳ねた。背に腹はかえられない。
***
「中澤、今夜、ヒマ?」
「ヒマだけど?」
「奢るよ。この前のお礼」
「この前って、ああ、お前たちの結婚記念日の時の?あんなん別にいいのに」
「いや、まあ、助かったからさ」
***
「で、なっちゃんが元気ないってお前、何したの?」
「うん。まあ、あれだ」
「どうせ、お前のことだから、また女がらみだろ?」
「浮気したわけじゃないぞ、言っとくけど」
「まぁ、信じるけど。目の前で何回かお前が羨ましい誘い断っちゃってるの見たことあるからな」
「それ、なつと千夏に言うなよ。ややこしいことになるから」
中澤はただ笑って返してきた。
「で、なっちゃんは元気になったわけ?」
「……一応」
ふー。中澤はたばこの煙をはいた。
「よかったな」
「うん」
「なっちゃんって俺の元嫁にちょっと似てるよ。1人で抱え込んじゃうタイプじゃない?」
「そういえばそうかも」
「女の人はさ、抱え込んじゃうタイプは気を付けてやんないとね。俺みたいにならないようにさ」
「……うん」
今日は酒が入ってるせいか、素の顔をしていた。切なくて苦しそうな傷ついた男の顔。
「俺の奥さんってさ、浮気しちゃったんだけどさ、本当はそんなこと簡単にしちゃうようなチャラい女じゃないの。まじめな人なんだよ」
バーのカウンターの端っこで、ざわめく店内の片隅で静かにぼそぼそと中澤は話す。
「その彼女がそんなことしちゃうなんてね。俺、どんだけ彼女を追いこんだんだろうな」
中澤は両手で顔をおおった。
「俺の何がよくて何がいけなかったんだろうって毎日考えてんだよ。でもちっともわかんなくってさ」
ほんの少しの違いなのかもしれない。俺と中澤の立っている位置の違いなんて。本当は。
「やり直したいって思わないのか?」
「もちろん、俺はやり直したいよ。だけど、たぶんあっちは……」
ウィスキーのソーダ割りをのどに流し込む。
「結論決めたらね、頑固に動かない人なの」
ふーっと息を吐き出す。
「ふがいないな男って……」
自分で自分にそう言う。
「お前もたいがいにふがいないけどな」
「お前まで言うなよ。千夏にさんざん言われて落ち込んでるんだから」
「ああ、何かそういえば、言ってたな、そんなこと」
中澤にも言ってやがった。千夏のやつ。
「この前までお父さん大好きってかわいかったのに、この前なんか女で不自由したことない男はだめだって、父親に言うんだぜ」
中澤が大爆笑した。
「いや、千夏ちゃん。いいわ、やっぱり。俺、好みかも」
「千夏がお前なんて相手にしないって」
「千夏ちゃんはどんな男選ぶんだろうな」
「……考えたくないな」
「そんだけ言われてもやっぱかわいいんだな」
中澤はまたため息をついた。
「俺にも子供がいたら、ばついちなんかにならずに済んだのかもな……」
もう一度中澤の顔を見た。
「今、奥さんどこにいるの?」
「日本。実家にいるよ。山梨」
「今度会って、ちゃんと話して来いよ」
「……うん。そうするかな。ダメになった理由がわからないと、きっと二人とも前に進めない」
だめになった理由か。夫婦っていつも一緒にいるけど、長く一緒にいるけど、だからこそきっといつまでも時間があるからって、話しにくいこととかつい先延ばしにしてしまって意外とお互いに孤独なのかもしれないな。話すのは子供の話ばかりになっていって、ふと気づくと子供の話以外に共通の話題がない。
帰り道雨が降り出して、たいした雨じゃなかったので、そのまま濡れながら歩く。意外とお互いのことを知らない。お互いに知らない顔があって、そのお父さんでもない夫でもない顔で、他の女と浮気をするのかもしれない。それはただの一時の快楽で、どこにもいきつかない行為。そして、その刹那の欲望が満たされると、顔をもとに戻して自分の家へ帰っていく。男なんてその程度なのかもしれない。本当にふがいない。
信号待ちをする。夜の街に雨に濡れた光がちらばっている。僕はたくさんの灯りの渦の中から、自分だけの灯りに向かって踏み出す。僕は10年後、20年後のなつには、もっと図々しい人になってほしい。僕が彼女のために何かして当然というような顔をしていてほしい。そして、ただずっと一緒にいたい。心の健康ななつのままに子供の頃からずっと同じ笑い方のままで、今後こそ本当に一緒に年を取りたい。
母さんがずっと前に言ったことばを思い出す。『人生は平凡がいちばん。大切なのはその平凡な幸せがたくさんの奇跡の上に成り立っているって感じながら生きることなのよ。』最近母さんと会ってない。今も彼女は仙台で、二頭目のラッキーと暮らしている。今回のことを母さんが知ったら、なんて言うかな?千夏とも違うなつとも違う言い方で、僕をなじるだろうか。思いつかなかった。久しぶりに母さんに会いたくなった。
***
「ただいま」
「やだ、せいちゃん。びしょぬれじゃない」
「傘もってなくって」
「もお、よりによってそんな日に新しいスーツ着てるんだから」
「……」
この人は僕よりスーツのほうが大事なんだろうか……




