30.彼女が俺にくれた花丸
「モルドレッド殿下、ジニー。我々は冬になる前に、各自の領に戻ろうと思うよ」
王宮の執務室にある応接セットで、父――ヴォーティガン伯爵がそう言った。
私が答える前に、モルドレッド殿下が深く頭を下げた。
「長きにわたり、大変お世話になりました。このご恩は、一生忘れません」
「なに、娘のためにしたことさ」
父はおおらかに手を振った。
そして窓の外へ視線を向けた。
私たちもつられて外を見ると、すっかり黄金色に染まった木々が、窓の向こうでさらさらと葉を揺らしていた。
「それはそれとして、そろそろ戻って冬支度を始めないといけないからね。今年の冬がどうなるか、今のうちに備えておかないと」
「きっと、以前よりは過ごしやすくなります」
モルドレッド殿下が穏やかに微笑んで仰った。
「兄上と俺で治水対策と街道整備を進めましたから、冬の間の物流も以前よりずっと流れやすくなっているはずです」
「……ああ、期待している」
父は頷いて立ち上がった。
「他の方々とも相談して発つ日を決めよう。日取りが確定したら伝えるから、しばし待っていてくれたまえ」
「はい、承知いたしました」
殿下も立ち上がり、私もあとに続いた。軽く頭を下げて退室しようとしたところで、父に呼び止められた。
「そういえば、挙式はいつにする予定だね」
「えっ」
殿下が振り返った。
挙式? 誰の?
「……ジニー、もしかしてまだプロポーズの返事をしていないのかい?」
「あ……」
父が呆れ半分、面白がるような顔で私を見た。
そういえば、なんとなく既定路線のような空気になっていたけれど、あれから正式なプロポーズも、きちんとした返事もしていなかった。
「すまないね、モルドレッドくん。だが、けじめはきちんとつけてほしい」
「も、もちろんです!」
モルドレッド殿下が慌てて父に向き直り、背筋を伸ばした。
「近日中に、正式に求婚させていただきます」
「ああ、そうしてくれ。次に王都へ来る時は、君たちの結婚式を祝いに来るつもりでいるからね」
「お父様、そんなプレッシャーをおかけにならないで」
にやにやと殿下を見ている父をなだめたけれど、殿下は殿下で、
「ジニーがそれを言うのか?」
なんて仰る。
そうですけれども!
「まったく、君たちはこの十年でずいぶん仲が良くなったな。しかし、若いのにすっかり熟年夫婦みたいじゃないか。まさか、うちの娘に国で一番のドレスを着せずに済ますつもりではないだろうね?」
呆れ顔の父を前に、モルドレッド殿下は目に見えて冷や汗を浮かべた。
「と、とんでもない! 世界一美しい花嫁にふさわしいドレスをご用意いたします!」
「楽しみにしているよ」
この会話の流れで、私は何と言えばいいのかわからなくなった。
「お待ちしております」とでも返せばよろしいのかしら。
私が悩んでいるうちに、殿下は父との挨拶を終え、そのまま部屋を出て行ってしまった。
追いかけようとしたら父に呼び止められた。
「ジニーは、これから先も彼をお支えしたいかい?」
「はい。私は生涯をかけてモルドレッド・ドレイクの剣であり盾ですし、あのお方をお支えできるのは私しかおりませんわ」
「そうか。君がそう決めたのなら、最後まで全うしなさい。パパはずっと応援しているからね」
「ありがとうございます、お父様」
父に頭を下げて、殿下を追いかけた。
***
数日後。予告どおり、貴族たちは順にそれぞれの領へ帰って行かれた。
俺――モルドレッド・ドレイクは、ジェニファー・ヴォーティガンと母上である第二王妃殿下と共に、彼らを見送った。
その後も、決して暇になどならなかった。
豊穣祭を終えると、王都は冬のホリデーへ向けて人も物流も慌ただしくなり、地方ではヴォーティガン卿が仰っていたように冬支度を進めていかなくてはいけなかった。
街道整備はもちろん、治水関連も雪が降る前にできる限り進めておく必要がある。
あれからも兄上とは、なんだかんだで柵越しの付き合いが続いていた。
「さすがに朝晩は冷えるから、追加で毛布くれよ」
「図々しい囚人だな。自業自得だ。そこで震えとけ」
「寒くて、書類の場所が思い出せないんだ」
「いけしゃあしゃあと……辞書の『盗人猛々しい』の項目に、兄上の名前を加えておいてやる」
「はは、それはいいな。書物にずっと僕の名前が残る」
反省しているのか、していないのか。
兄上は、前よりずっと肩の力が抜けたように見えた。
それがいいことなのか悪いことなのか、俺にはまだわからない。それに、今後兄上をどう処遇するのかも決まっていなかった。
おそらくは、兄上の母である正妃殿下のご実家で、“療養”という名目の幽閉になるのだろうけど。
そして間もなく社交シーズンも終わるから、今季の締めくくりとして、王家主催のパーティを開く必要があった。
とはいえ、地方貴族をこれ以上行き来させるのは申し訳ない。招待するのは王都に住む宮廷貴族と、日帰り、あるいは一、二泊で来られる近隣の貴族だけになるだろうか。
兄上と俺のごたごたに巻き込んでしまった以上、お詫びも兼ねて、きちんと挨拶の場を設ける必要があった。
まあ、それはそれでジニーを着飾らせる理由にもなるし、将来的に彼女が王妃となる以上、きちんとその旨を公言しておきたかった。
一応、その件は母上とも相談を進めている。元々、秋の初めに母上と正妃殿下で王家主催の社交パーティを開く予定だったらしく、その準備をそのまま流用し、ジニーにも手伝ってもらいながら進めよう、という話で女性陣の間ではまとまっているらしかった。
それから、他には――
次の打ち合わせで確認すべき内容を思い返しながら城内を急いでいると、不意にジニーの声が聞こえた。
窓から顔を出すと、中庭の演習場でジニーが元兄上付きの衛兵と模擬戦をしているところだった。
「そこ、空いてますわ!」
「ぬ、なんの……っ」
ジニーの木剣が、攻撃を防ごうとした相手の籠手を強かに叩いた。
審判役の離宮の兵士が「はい、そこまで! うちの姫様の勝ち!」と止めに入った。
ジニーは投げ渡されたタオルで汗をぬぐいながら、ふと顔を上げた。
「殿下!」
彼女は輝くような笑顔で俺に手を振った。
ドレスも着ていないし、宝石どころかアクセサリーの一つもつけていない。一般兵と同じようなシャツと革の防具姿だ。それでも俺には、誰よりも美しく見えた。
「なあ、ジニー」
「なんですの?」
「俺と結婚してくれ」
「喜んで!」
ジニーが両手で、大きな丸を作って見せた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
別の投稿サイトのコンテスト用に大量更新中でしたが、これであと一作になりました。
これの前に更新していた「ざまぁ」とあわせて、なんちゃって中世ヨーロッパものはほぼ初めてだったのですが(放置してしまってる異世界食堂も何とかしたいですね!!!)、気づくとお仕事物と化してしまっていて……それはそれで楽しかったので、そのうちそっちに全振りして書きたいです。
お付き合いいただきありがとうございました!
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