29.秋の終わり
モルドレッド殿下が目を覚まされたのは、勝鬨を上げてから二日後のことだった。
「全身痛くて起き上がれないんだけど」
離宮の自室で横になったまま、情けなさそうな顔でこちらを見上げる殿下に、私は肩を縮こまらせて謝ることしかできなかった。
「ご、ごめんなさい……やり過ぎました」
そう、モルドレッド殿下は、私が“鼓舞”をかけすぎたせいで無茶な動きを続け、全身疲労と筋肉痛で寝込んでいらっしゃるのだ。
ほんとうに申し訳ない……。
玉座の間で勝鬨を上げ、国王陛下を見送ったあと、殿下はそのまま意識を失って倒れ込んでしまった。
王宮医の診察で過労と判明し、そのまま離宮へ運んでお休みいただくこと二日。
ようやく目を覚まされたのが、今日の昼前というわけだ。
「かろうじて指先は動くのに、肘から先がまったく持ち上がらない」
「すみません。本当にすみません」
「謝ってるわりに、ちょっと嬉しそうだけど」
「そっ、そんなことは……」
……なくもないんですけど!
ふと顔を上げると、窓の外はすっかり秋めいていた。
風は昼間でも涼しいし、庭を歩くとどんぐりが落ちていた。
木々の葉も少しずつ色を変え、花壇の花もすっかり秋の花へ入れ替えられていた。
「……その、前回は看病させてもらえなかったじゃないですか」
「前回?」
観念して口を開くと、モルドレッド殿下が不思議そうな声を漏らした。
「ええ。投獄されていた殿下をお助けして、ヴォーティガン領にお連れしたときのことです」
「ああ……俺はあの時も倒れたな。情けない」
「王子殿下が一週間近く無実の罪で投獄され、そのあとさらに一週間近く馬で旅をしたのですもの。疲れ果てて当然ですわ」
「君は元気だっただろ?」
モルドレッド殿下は不貞腐れた顔で私を見上げた。
「鍛え方が違いますので。それに、逃走経路につきましても私は事前に確認済みでしたし」
「そうかもだけど」
「それに今回は私のせいですからね。おとなしく看病されてくださいませ」
そう言うと、殿下は呆れたように小さく笑った。
「……やっぱり、嬉しそうだ」
「正直に申し上げますと、はい。弱っている殿方を看病して差し上げるのは、なかなか悪くないものですね。庇護欲が満たされますわ」
「というか、ジニーは大丈夫なの? あれだけ能力を使っていたのに」
「さすがに翌日は体が重かったですけど、一日寝れば大丈夫ですわ」
「丈夫なんだね……」
何度も申し上げておりますけど、鍛え方が違うのです。
ヴォーティガン領にいたころは、訓練に参加する兵士たち全員を同時に“鼓舞”しておりましたからね。
***
私は殿下のベッドの脇へ腰掛け、父に任された政務へ取り組んでいた。
殿下もそれに気づいたのか、ゆっくり寝返りを打って私の手元を覗き込んできた。
「ジニーそれは?」
「王宮全体の今年度後期予算ですわ。予備費から玉座の間の修繕費をどれだけ出せるか、確認しておりますの」
「……父上は、今どうしてる?」
殿下は不安そうに私を見上げた。
だから私は、できるだけ安心していただけるよう穏やかに微笑んだ。
「国王陛下は、まだ眠っていらっしゃいますわ。……長く洗脳状態にありましたから。ですが、医師がきちんと診ておいでですし、妃殿下方も側についていらっしゃいます。ですから大丈夫です。モルドレッド殿下は、どうかゆっくりお身体をお休めください」
「……そう」
静かな部屋の中、やがて殿下はゆっくり目を閉じ、再び眠りについた。
そうして殿下が身体を起こせるようになるまで、私はずっと彼の隣で黙々と仕事を続けた。
***
数日後。ようやく起き上がれるようになったモルドレッド殿下は、休む間もなく忙しく駆け回っていた。
殿下がお休みの間は、父とアグラヴェイン卿、それからついてきてくださった貴族の方々や城の政務官たちで仕事を回していたけれど、それも長くは続けられない。
貴族の方々にはそれぞれ領地経営の仕事があるし、父や西海岸辺境伯には国防の任務だってあるのだ。いつまでも領地を空けておくわけにはいかなかった。
「――という感じで進めておいたから」
「ありがとうございます!」
モルドレッド殿下は政務官に助けられながら、貴族の方々から次々と政務の引き継ぎを受けていた。
国王陛下は未だ意識が混濁しており、とても政務を行えるようなお身体ではなかった。
とはいえ、ここ半年ほど国王陛下が行うべき政務の三分の一ほどは、すでにアーサー殿下がモルドレッド殿下へ任せていらっしゃったし、残りも政務官たちとアーサー殿下で手分けして処理していたらしい。そのため、思ったほど大きな混乱はなく仕事に当たれていた。
それでも不明な点があれば、モルドレッド殿下は潔く牢へいるアーサー殿下のもとへ聞きに行っていた。
「牢に入ってまで仕事をさせられるとは思わなかったな……少しくらい休ませてもらえると思ってたのに」
モルドレッド殿下が顔を出すたび、アーサー殿下は一応不満を口にはするものの、結局は笑いながら何でも答えてくれるらしい。
「誰のせいですか、誰の! 兄上が進めていらした河川周辺工事の取りまとめ資料は、どちらにございますか?」
「それは書斎の三番目の引き出しだよ。四番目に河川ごとの降雪量をまとめた資料も入っているから、参考にするといい。あと治水関連で言えば――」
そんな調子で、一応はうまく回っているらしいとモルドレッド殿下から聞いていた。
ちなみに、私は一度も顔を出していない。
私とアーサー殿下は能力が似ているせいか、昔からどうにも相性が良くないのだ。
「ちゃんと話してみれば、意外と仲良くなれるかもよ?」
とモルドレッド殿下には勧められたけれど、私は丁重にお断りしておいた。
そんな慌ただしい日々を過ごすうちに、豊穣祭の時期になった。
国王陛下はどうにか会話ができるところまで回復なさり、今年の豊穣祭へのご参加は叶わなかったものの、正妃殿下が陛下のお言葉を伝えてくださったことで、大きな混乱もなく豊穣祭を執り行うことができた。
やがて秋も深まり、ある日、モルドレッド殿下と私は父に呼び出された。
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