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27.剣の落ちる音

 一触即発の空気の中、アーサー殿下が微笑みを浮かべたまま左手をかざした。

 私が鞘から剣を抜くのと同時に、静まり返った室内へ、ぱちん、と乾いた指鳴らしの音が響いた。


 何が起きたのか理解するより早く、顔を土気色にした兵士たちが雪崩れ込んできた。


「お父様、皆様をお願いします!」


「任せたまえ!」


 父が貴族の皆様を玉座の間から退室させる。その間に、離宮の兵士たちが次々と応援に駆けつけてきた。


「殿下、よくお戻りで!」


「姫様も無事で何よりです!」


「あなたたち、どうして……」


 兵士たちは素早くモルドレッド殿下と私を守るように整列した。

 屋内だというのに、全員が鎧と剣で隙なく武装していた。


「第二王妃殿下より、出陣の指示がございました」


「戦場ではモルドレッド殿下、ヴォーティガン嬢に従うようにとのご指示です」


「どうか、我らへご指示を。我が主」


 モルドレッド殿下が顔だけこちらに向けてわずかに頷いた。


「心強いよ。ジニー、頼む」


「かしこまりました、殿下」


 肺いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


 そもそも玉座の間は広いようで狭く、大人数で陣形を組める空間ではない。

 こちらはモルドレッド殿下の後方に数名、さらに私を囲うように十数名が布陣している。


 私は高く剣を掲げた。


「我が兵、我が力、そして、我が夫。暗君にその力を見せてお上げなさい!」


 切っ先を、まっすぐアーサー殿下の喉元へ向けた。

 満ちていた妖精の香りが、一気に薄れていく。


「兄上、お覚悟を!」


 アーサー殿下の唇が、愉快そうに吊り上がった。


「そう、覚悟を決めたんだね」


「そんなもの、とっくに決めておりますわ!」


 土気色の顔をした兵たちが、殺気をまとって一斉に飛び出してくる。


 操られているとはいえ、第一王子専属の兵たちだ。剣筋は鋭く、連携にもまるで隙がない。


 でも、それはこちらも同じ。

 十年近く、戦慣れしたヴォーティガン領と同じ訓練を積んできた離宮の兵士たちは、そう簡単には引かないし、遅れも取らない。


 何より、モルドレッド殿下と、その剣である私が全力で“鼓舞”している。操られて無理やり戦わされている彼らとは、士気の差が段違いだった。


 とはいえ向こうはとにかく人数が多い。

 顔は土気色で、兜に隠れて表情もまともに見えない。けれど、身にまとった鎧を見る限り、アーサー殿下の兵士だけではなく、国王陛下の護衛騎士や国王軍の兵士たちまで混じっているようだった。


 つまり、こちらが本気で殲滅するわけにはいかない。

 国の戦力がなくなってしまう。


「殿下、おさがりになって!」


「そうはいかないよ」


 私の狙いに気づいたらしいアーサー殿下が、すぐさま手近な兵士をモルドレッド殿下へ差し向けた。


 モルドレッド殿下の“調和”でアーサー殿下の洗脳を薄めたかったのだけれど。

 私の“鼓舞”を直接使うことも考えた。けれど、アーサー殿下の“扇動”と性質が近いせいで、よほど慎重に扱わなければ兵士たちの精神が壊れ、廃人になりかねない。


「殿下の援護に入ります!」


 周囲の兵士へ告げると、彼らは即座に陣形を変え、モルドレッド殿下までの道を切り開いてくれた。

 追加でモルドレッド殿下へ“鼓舞”を重ね、襲い掛かってきていた兵士たちを蹴散らしていただく。


「なんだい、ジニー」


 息を荒くしながら、モルドレッド殿下がこちらへ下がってきた。

 ……少し、“鼓舞”を重ねすぎたらしい。


「襲い掛かってきた兵士たち、国王陛下の護衛騎士や王国軍の所属兵がかなり混ざっております。殲滅するわけにはまいりませんわ」


「ほんとに? いや、ほんとだ」


 殿下は額の汗を乱暴に拭いながら、周囲を見回した。


「殿下の“調和”で中和してください」


「俺、こんな大人数相手に一気にやったことないんだけど!? ……いや、んなこと言ってる場合じゃねえか」


「大丈夫ですわ、殿下」


 私はにこりと微笑み、左手をそっと殿下の背中へ当てた。


「うまくいくまで、何度でも“鼓舞”して差し上げますわ」


 殿下は心底嫌そうな顔で私を見た。


「もうちょっと優しく言ってくれ。俺は褒められて伸びるタイプなんだ」


「獅子は我が子を千尋の谷から突き落とすものです。さあ、殿下」


「王家の紋章、あれ獅子じゃなくてドラゴンなんだぜ……」


 軽口を叩いているうちに落ち着いてきたのか、殿下は手にしていた剣を鞘へ戻した。

 そのまま殿下は、何度か手を握って開き、それから顔を上げてアーサー殿下をまっすぐ見上げた。


「兄上にできるんなら、俺にだってできるだろ」


「そのとおりです、殿下」


 私も笑みを浮かべたまま、アーサー殿下を見上げた。

 剣劇の向こうの玉座の前。兵士に負けず劣らずの顔色で、アーサー殿下はモルドレッド殿下だけを見つめていた。


「戦況は?」


 近くで守ってくれていた兵士に声をかけた。


「守るだけなら問題ありませんけど、攻めきれてませんね」


「さすがです」


 兵士は苦笑を浮かべたまま、切りかかってきた騎士を盾で力強く弾き飛ばした。

 攻め切ってはいけないとわかって戦ってくれているだけで十分ありがたい。


「殿下、やれそうですか? 殿下の兵たちは頑張ってくれてますよ」


「そこでプレッシャー追加しないでくれよ。やれる。やりますよ。なにしろ俺はヴォーティガン辺境伯ご令嬢の夫になる男だからね」


 モルドレッド殿下がそう笑った瞬間、ふわりと甘い香りが広がった。

 さきほどまでのような、どろりとした濃密な香りではない。


 騎士が突進してきたのを、近くの兵士が盾で弾く。

 別の方から切りかかってきた剣は私が剣で振り払った。


 甘さの奥に柑橘を思わせる爽やかさを含んだ香りが、あたり一面へ広がっていく。


 顔を上げると、アーサー殿下が唇を噛み締めたまま、こちらを見下ろしていた。


 モルドレッド殿下もまっすぐにアーサー殿下を見上げている。


 やがて剣劇が止み、張りつめていた玉座の間が不気味なほど静まり返った。

 

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