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第21話:真白/メドゥーサの首

 ――神話の話だ。


 ペルセウスという英雄は、五つの神器を授けられ、とある化け物の退治へ赴いた。石化の魔眼と蛇の髪を持つ異形。名はメドゥーサ。神の怒りによってその身を化物にされてしまった悲劇の女性である。


 詳細は省くが、ペルセウスは授けられた神器の力を活用し、見事メドゥーサの首を斬り落とした。その首は封印の神器、キビシスによって封じられたのち、アテナによって、その盾にはめ込まれたという。そして――アイギスは、最強の盾となった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 そらに浮かぶ人工の星。真白の視力ではその詳細までは見えない。だが確実に、神秘の結晶が埋め込まれているということは理解できる。


 魔力の光を鈍く放つ攻撃衛星は、再び神秘の槍を放とうと充填を始めた。 


(――ここだ)


 先ほどの迎撃機構イージスにより、衛星攻撃は防ぎ切った。一見すると膠着のように見えるが、実は真白の魔力はもう限界が近い。ここまでの移動時に使ったタラリアやハデスの兜。加えてアイギスの全力発動に、イージスによる迎撃。彼の魔力は通常の人間よりずっと多いが、それでもあと一、二回神器を発動するのが精いっぱいだった。――そのタイミングが、この間隙。相手が充填を始め、無防備な姿をさらしている、この瞬間がラストチャンスである。


 スオウとルウは動かない。真白との間には機械人形たちがひしめいている。だが、そちらは関係ない。彼の敵は天空の擬星まがいぼし。空からこちらを睥睨へいげいする、機械仕掛けの神話兵器。


 とはいえ、その距離は地上から数百キロ。仮に神話級の武器であっても、星を撃ち落とすような代物はほとんどない。真白にできることは、地上からただ空を睨みつけるのみ。


 ――そう、睨むことは、できるのだ。つまり。


「視線は、届いているってことだ」


 通常の目は単なる光を映し出す機構であり、視線という言葉はあれど、当然ながら実際に何かを発射しているわけではない。――ただし、魔眼には『視線』が在る。目に映るものに対して、魔力を介して影響を与えることができるのだ。


 そして、真白の身体にはアイギスが埋め込まれている。つまり、彼の眼には――。


「魔眼、起動」

 

 真白の言葉に合わせ、彼の目が熱を持った。


 神経から電気信号が逆流する。映像を受け取るための器官に、発信機能が付加される。本来の用途を超えた改造に、真白の脳が、神経が、血管が悲鳴を上げる。


「――っつ…………ぐ……っ」


 真白は悲鳴かみ殺すと、口内にあふれた血を吐き出す。頬の温かさを感じて拭うと血の涙が流れていた。激痛も、全身が痺れるような感覚も、気を抜けば気絶しそうな虚脱感も、全て無視して空を睨む。


「……まさか。宇宙にまで届く攻撃などあるはずが――」


 スオウの呻くような声。神話の世界でも、星を超えるものはごくわずかだろう。当然だ。神々はあくまでこの星に紐づくもの。わざわざ星の外に攻撃を仕掛ける理由がない。


「攻撃は、届かない。でも――視線は届く。だって、あの衛星ほしは見えてる」


 鈍い輝きを放つ人工の星。それを真白の瞳はしっかりと捉えている。視線は、届いているのだ。


「……そうか……! アイギスと言えば、メドゥーサの首……!」


 スオウが叫ぶ。切断されたメドゥーサの首はギリシャの神であるアテナによりアイギスに取り付けられ、その石化の力が付与された。


「させるか。……マキナ、止めろ!」


 スオウの号令に合わせ、機械人形たちが動き出す。だが――。


「悪いが少し、止まっていてくれ」


 真白は血に塗れた眼で、機械人形たちを睥睨へいげいする。石化までは起こさない。それは真白自身にも負担が大きい。一時的な足止めだ。機械人形たちはその場で立ち尽くす。視界に、スオウも巻き込んでおいた。――これで、邪魔は入らない。


「くっ……ふざけるな! やめろ……!」


 叫ぶが、スオウは動けない。石化とまではいかずとも、神経を縛っている状態だ。


 再び、真白は天を仰いだ。目に映るとはいえ、彼我の距離は数百キロ。魔力で強化した瞳であっても、石化の魔眼という神秘であっても、容易に届く距離ではない。


 血液を注ぐ、命を注ぐ、願いを――込める。ルウの姿が見たくなって、ぐっとこらえた。


「――きっと俺は、彼女を救うために、今ここにいる」


 失われた記憶。何のために生まれたのか。それは誰かの思惑などは関係なく――。


「――顕現。石化の魔眼(ゴルゴネイオン)


 神代の化け物さえ石化した、神秘の結晶。今はただ、それを再現するただの器官であれば良い。手も足も、身体でさえいらない。失われていく感覚。とめどなく流れ落ちる血液、殴られるような頭痛。それらを全部無視し、ただ神話を蘇らせる。


 数百キロの時を超え、神代の奇跡を最新兵器に叩きこむ。大気を、オゾンを、電離層を抜けて。


 視線が――通る。


 物言わぬ攻撃衛星が、軋み一つすら上げることなく、制止した。


 神話を内包した機械の星は、物言わぬ隕石へと変貌を遂げる。その様子を見届けて、真白はその場に倒れこんだ。空には満天の星。――そのうち一つだけは、輝きを失ってしまったけれど。


「――とりあえず、終わったか……」


 真白は涙のように流れる血をぬぐう。幸い、視力はあるし身体は動く。それだけでも御の字だろう。


「ふざけるな……! やってくれたな、貴様……ルウ! 石化解呪の方法を調査しなくてはならん! そいつを捕獲しろ!」


 身動きが取れないスオウは、ルウに対して命令を下す。残念ながら、攻撃衛星を破壊しても彼女の洗脳は解けていないようで、相変わらず目は虚ろだ。衛星との接続は解除されたらしく、行動は縛られていない。彼女はゆっくりと真白へ向けて近づいてくる。


 ルウは、魔術的な力で操られている。それを無効化しなければ、彼女の自由は取り戻せない。


 近づいてきたルウは、ロクに動けない真白の首元に、銀色の右腕を当てた。蛇の形をした、機械仕掛けの蛇。その牙の感触で、ふと出会ったときのことを思い出す。


「そういえば、初めて会ったのもこんなシチュエーションだったな」


 あの時正気を失っていたのは真白で、冷静だったのがルウだ。立場は逆転しているが、結末は変わらない。


「――でもな、ルウ。前にも言ったろう? 蛇退治は、得意なんだ」


 表情を変えない少女に向けて、最後の神器を発動させる。


「顕現。――魔封じの袋(キビシス)


 瞬間、巨大な袋がどこからともなく現れて、ルウの全身をすっぽりと覆う。これは、メドゥーサの切断した首を収納した神器。毒も石化も、あらゆる魔的なものを遮断する奇跡の袋。ゆえに――。


「ぷはっ! …………もうちょっと、優しく助けてくれてもいいんじゃないかしら? でも……ありがとう」


 洗脳の魔術は解かれた。中からの魔を封じるだけでなく、外からの干渉も解除されたのだ。久しぶりに目に光を宿したルウが、袋から顔を出す。


「とりあえず、良かった」


 真白は安堵の息を吐く。――これで、本当に、ひと段落だ。


「……馬鹿な……なぜ私の計画が、ことごとく邪魔される? なぜ、防がれる? なぜ……そんな都合の良い、能力を持っているんだ?」


 スオウが悲鳴にも似た声を上げる。それも当然だ。無敵のはずだった、衛星軌道上からの神器による狙撃。それを防げる数少ない手段が石化の魔眼だろう。たまたまこの場所にいたというのは偶然が過ぎる。


「運命とか、そういうのはよくわからないが……きっと俺はこのために――ルウを救うために生まれたんだろう」


 英雄は、何らかの問題を解決するために生み出される。――きっと、それと同じように、真白がこの力を持って生み出され、ルウに殺されかけたのも偶然ではなかったのかもしれない。


「……私の願いは、阻止される運命だったと? そんなこと……認められん。妻を蘇らせる。そのために――神崎彩華かんざきさいかを倒して、死返玉まかるがえしのたまを手に入れなくてはならんのだ……もう一度、妻と……」


「――残念ながら、それは叶わん。死返玉まかるがえしのたまには魂が必要だ。死亡から時間が経過していれば、身体から離れ輪廻りんねを巡っている。肉体には戻れんさ」


 響いたのは、氷のように凛とした感情のない声。気配を感じなかったはずの闇の中から、人影が現れる。


 長い黒髪の、鋭い目つきをした絶世の美人。見たことはないが、この場面でこの会話。該当する人物は一人しかいない。


「…………神崎、彩華」


 呻くような、スオウの声。人類最強と呼ばれる、現代を生きる怪物が、突然現れたのだ。

挿絵(By みてみん)

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