第1話:瑠羽/夜闇に蠢く銀の蛇
ある冬の日だった。
その日は朝から雨が降っていて、少女はお気に入りの赤い傘を差し登校していた。夜更けには雪になるという、昔流行った歌みたいな予報に少しだけ胸を躍らせながら家路を急ぐ。
灰色の空を見つめながら歩いていると、右頬を掠めるような突風が少女の真横を通り抜けた。ばさり、とお気に入りの赤い傘が落ち、ぱらぱらと頭の上に冬の雨が触れる。
「あれ?」
拾わなきゃ、と目線を下げる少女。雨に濡れた道路には傘の色とは違う赤が広がっている。恐る恐る傘を持っていた右手に目をやると。
「――ぇ?」
絞り出すような声が漏れた。少女の右手は根元から斬り落とされていて、傘を持ったまま地面に落ちていた。断面から夥しい血液が流れ出している。
「な……んで?」
絶望的な喪失感と驚きで、痛みは感じなかった。ただ、頭に伝わよりも早く、身体はバランスを崩し、少女は雨の中倒れこむ。
「――――誰……?」
失血とショックで薄れゆく意識の中、雨の中近づいてくる足音を聞いた気がした。
◆◇◆◇◆◇
「――到着した。ここで間違いない?」
少女は感情を殺した声でイヤホンに呟く。だがその表情は声とは裏腹に不機嫌そうで、通話相手の共犯者に良い感情を抱いていないことが見て取れる。
『あぁ、ターゲットが中に入っていくのも確認済みだ』
深夜の裏路地。雑居ビルが立ち並ぶ一角。まばらに明かりが灯る一棟を、少女は睨みつけるように見つめていた。
「結界の解除、お願いね」
『わかってる。すぐ気づかれるから、急げよ、ルウ」
「言われなくても。――カウントするわ。五、四、三、二……」
一、と発する直前に少女――ルウは、雑居ビルの扉に向けて右手を構えた。黒い手袋に覆われたその手に、尋常のものではない輝きが灯る。
これこそ、太古から続く神秘の源。魔力と呼ばれる、奇跡を引き起こす力。そしてそれを扱う存在は、魔術師と呼ばれる。
「――貫け」
魔力が押し固められた弾丸がルウの右手から放たれ、雑居ビルの扉を打ち抜く。発射の勢いで、肩で切り揃えたルウの黒髪が揺れた。
「扉に術式は掛かっていないみたい」
呟き、破損した扉を蹴破るとルウはそのままビル内に突入する。明かりが灯っていたのは三階。階段を駆け上がると、一室のみ灯りが漏れている。そのドアは錆び付いてはいるものの、作りはしっかりしていて頑丈であることが伺える。ドアの横には金属製の怪しい人形が佇んでいた。
部屋の中には人の気配があり、ガチャガチャと激しい物音がする。こちらに気づき逃走しようとしているのだろう。急いで部屋に突入しようとドアに近づいた瞬間。
「――――っ!」
ルウは声を上げ、ドアの前から飛び退いた。彼女が直前までいた場所に、銃弾がばら撒かれる。ドア横にあった金属製の人形。その右腕が掲げられ、手のひらに銃口が覗いていた。
「機械人形ね。番人というわけ」
ルウは金属製の無機質な人形と対峙する。銀色の肉体を持ち、関節も露わで、人を模してはいても、人に擬態はしていない。そのくせ無駄に目や鼻や口があって不気味さを醸している。
「貫け!」
ルウは先ほど扉に放った魔弾を人形の頭に撃ち込んだ。人間くらいならあっさり昏倒させられるので、直撃をすれば凹ませることくらいはできるはずだ。ぎしり、と音を立てて体制を崩す人形。だが――。
「……無傷。魔力の防御が働いている。ただの人形ではないのね」
人形は傷一つない身体で、再び手のひらの銃口をルウへと向ける。ルウは魔術師だ。きちんと魔力で防御を行えば、銃弾くらいなら弾ける。だが、痛いものは痛いのだ。
「身体に痣を作るのも御免だし、なにより時間もないわ。――人形遊びは、終わりにしましょう」
ルウは右手の黒手袋を外す。本来なら彼女の白い肌が覗くはずのその下から現れたのは、人形と同じ金属の輝き。
物言わぬ人形が銃弾を放つ。それを左に跳躍して躱すと、ルウは金属製の右腕を振るった。
「――喰らいなさい」
右腕が青い光を纏ったと思うと、次の瞬間、手に当たる部分が蛇の頭のように変形した。そのまま右手が――伸びる。
白金の蛇そのものの動きで宙を泳ぐルウの右腕。人形との距離はおよそ三メートル。それを一瞬で詰めると、その牙が人形の頸部に突き立てられた。短剣のような鋭利さを持つ牙は、金属が擦れるような不快な音と共に、人形の首を嚙み潰す
だが、人形は折れた首をそのままに、右手を再びルウに向けた。それも当然。人の形を模しているだけの紛い物だ。頭がなくとも稼働する。銃弾で少女を打ち抜かんと、無表情な人形の目が光る。だが――。
「――知らないのかしら、蛇には毒があるものよ」
ビクン、と跳ねるように人形が動いた後、制止する。当然ながら、人形に毒は効かない。だが、ルウの右手に仕込まれた毒は特別製だ。――それは、魔力を阻害する。
「予想通り、魔術の流れを塞いでやれば簡単に止まるわね。――さて、急ぎましょう」
ルウは銀色の右手を露わにしたまま、ドアノブを捻る。ギィ、と軋みを上げてドアが開いた。――同時、ガシャン、と窓を割る音が暗い室内に響く。直後、何かが落下するような音が響いた。
「――逃げたわね」
舌打ち、窓に駆け寄る。目視できたのは裏路地を駆けていく人影。ルウはためらうことなく割れたガラスをすり抜け、ビルの窓から跳ぶ。常人ならば怪我を負いかねないが、魔術で肉体を強化すればこの程度問題はない。
路地に着地し、人影の逃げた方向へ進む。大通りに出る前に捕獲したいところだったが――。
「……人形」
人影と共にビルから飛び降りたのだろう。ルウの行く手には先ほどと同系の機械人形が立ち塞がった。
「時間がないのに――!」
ルウは右手を伸ばし、人形が攻撃態勢に入る前に首元へ牙を差し入れた。銃弾などばら撒かれては後始末が面倒だ。魔力を流し込み、人形を先ほどと同じように行動不能にすると、再び逃げた影を追いかるため踏み出す。だが――。
「――――っ」
漏れ出る小さな声と、足音が路地裏に響く。ルウが追う影が逃走したのとは別の方向に、少年が駆けていくのが見えた。
「なっ……気配なんて、感じなかった……!」
ルウは一瞬迷ったのち、少年を追う。現代において、神秘は秘匿しなくてはいけない。神に見つかってしまうからだ。昔なら見間違いで済んだことも、現代は皆が高度な撮影機器と全世界への発信手段を持ちあわせる時代。動画でも撮られていたら洒落にならないのだ。最悪、情報漏洩で粛清されかねない。
「待ちなさい!」
ルウは走りながら魔弾を放つ。手加減などする余裕はない。夜闇を切り裂く青い輝きは、狙い違わず少年の背中に直撃した。呻き声をあげ、少年はその場に倒れる。
「……意識はあるようね。いきなりでごめんなさい。あなたは見てはならないものを見た。なぜ結界をすり抜けられたかはわからないけれど……私は、あなたを殺さなくてはならない」
少年に近寄りながら、ルウは告げる。彼女自身、躊躇いはあった。だが、それ以上に自らの覚悟が勝る。――自らの目的を達成するため、手段を選んでいる余裕はないのだ。
立ち上がることもできず、倒れ込んだまま上半身を起こす少年。怯えたような顔をルウへ向ける。彼女はその視線を逸らさず受け止めた。
「────」
端正とも、特徴がないとも言える容姿。異国の血が入っているようで、全体的に色素が薄い。少年の顔を見た時、なんとも言えない感覚に襲われる。茶色の鶏だと思ったら小さな鷹だったような違和感。だが、それを考察している暇はない。ルウは月明かりを受け白金に光る右手を掲げた。
「――せめて、痛みは最小限に。望むなら、死ぬまでも、それからも、恨み続けて頂戴」
膝をつき、機械仕掛けの右腕を少年の首元に添える。魔弾の衝撃で少年は動けない。彼は状況が良くわかっていないのか、丸い大きな瞳で、声一つ上げることなく、ルウのことを見ている。
――唇を噛む。内心から溢れ出す様々な感情を押し殺して、指先を少年の首元に突き立てた。血はほとんど出ない。むしろ『毒』がどんどんと流れ込んでいく。『毒』と言っても一般的な毒物ではない。先ほど人形に注入したように魔力を流し込んでいる。
「――魔力を持たない人間が過剰な魔力を注入されると、拒否反応で死に至る。痛みがないよう、神経を麻痺させる作用も付与しているわ。……おやすみなさい。そして……ごめんなさい」
呟き、少年の身体から力が失われている様子を見る。――本当はすぐにでもさっきの影を追いかけたかったが、せめて意識があるうちは、側にいてあげなければと。
少年の瞳が閉ざされ、身体から力が失われる。ルウは少年のポケットを探り、携帯端末を取り出した。指紋での認証を行い、ロックを外す。
「――何も、ないわね」
写真や動画を確認するが、特に気になるものはない。メモ代わりに使用したとしか思えない履歴で、人が映っているものは一枚もなかった。SNSに至ってはインストールすらされていない。
殺す必要があっただろうか。その考えが過るが、殺さなければもっと様々な対応が必要になる。
「今の私に、そんな余裕はないの」
言い聞かせるように呟くと、ルウは白金に輝く右の腕に触れる。彼女には取り戻さなくてはいけないものがある。
あの雨の日、天災のような唐突さで奪われた彼女の一部。存在価値そのものとさえいえるその部品を、あの日からずっと探しているのだ。
「――取り戻すためだったら、何だってしてやる」
知らない他人の命を奪うことでも。
こんばんは。里予木一と申します。
お読みいただきありがとうございます。
こちらの作品おおよそ十万文字、三十話で完結まで書き終えてからの投稿です。
エタることはありませんし毎日投稿予定となりますので、
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イラストは自作です。
拙いものですが、キャラクターイメージの参考にしていただければと




