24【キンニッカー家の朝食】
シルバームジの当主、ビルドォ・キンニッカー子爵の館。
そこは木造三階建ての大きな洋館。部屋の数は三十室を越えて、雇っている執事やメイドの数も三十人を越えている。その他、警護の兵士たちも毎日複数人出入りをしていた。
時間帯は朝食時。食堂の長いテーブルにキンニッカー家の家族が数人揃って朝食を取っていた。
当主のビルドォ子爵。妻のローラ。次男のパワム。三男のマースルの四名が食卓を囲んで居る。その背後に数人のメイドたちが並んで待機していた。
食卓を囲む家族は沈黙を保っている。喋る者は居らず、ナイフとフォークで食事を取る僅かな音だけが響き渡る。
そのような静かな食卓で唐突に父ビルドォが口を開く。分厚いステーキをナイフとフォークで刻みながら問い掛けて来た。
「マースル、話は聞いたぞ」
強面に見合った渋い声だった。マースルは威厳に溢れる父の口調に緊張感を強める。
「何をですか……?」
三男にも負けない程の巨漢を有するビルドォ子爵は威圧するような冷めた眼差しを息子に向けながら言う。
「酒場で喧嘩に負けたそうじゃあないか」
どうやら既に当主の耳に事の顛末が報告されたらしい。誰かがチクったのだろう。
マースルは冒険者を営んでいるが、それは遊びの範囲だ。別にプロの冒険者ではない。趣味の範囲内で冒険者を嗜んでいる程度である。本気で将来的に冒険者で食べて行こうとは考えていない。
それに関しては父から許しを請うていた。父も息子が強くなれるならばと許しているのだ。
父からしてみれば、冒険者としての働きはトレーニングの一環だと考えているから許しているのだ。
キンニッカー家の家訓は、ただ強くあれである。
強ければ何の問題も無い。負けなければ何の問題も無い。戦いに勝つ。戦争に勝つ。それですべての問題が解決できる。そう考えている脳筋一家なのだ。実力主義の軍人一家である。
そもそも初代キンニッカー家の当主は戦争で戦果を挙げて、その功績で子爵まで出世した武闘派の人物である。
だから戦いに関しては一族揃ってプライドが高い。勝つ事は当然。負ける事は恥なのだ。
ビルドォ子爵はライオンのような眼差しで息子を睨み付けていた。その眼光の鋭さにマースルは視線を逸らす。少し怯えている様子だった。
「それで、サブローたる人物は何者だ。この辺では聞かぬ名前だな。旅の者か?」
ビルドォは軍人だ。しかも副将を任されている。戦争が勃発したのならば軍馬で先頭に立ち特攻を掛ける役目を担っている。
そして、命知らずの鬼将と恐れられている人物だ。それは、幾度の戦場で実績を上げて証明している。その武勲から、もうそろそろ伯爵に出世するだろうとも噂されていた。
ビルドォの信念は単純である。
戦争で戦う。更には勝利する。それだけを目標に生きて来た。故に息子たちにも勝利を求めている。
それがだ――。
それが、何処の馬の骨かも分からない全裸の少年に自慢の息子が敗北した事が許せなかったのだ。
喧嘩だったから良かったものの、これが戦争であったならば息子は死んでいた事になる。それだけはキンニッカー家の雄として許せない敗北なのである。
マースルは俯きながら敬語で答えた。
「異国から来た少年だと聞いております。歳は私より二つ歳上で十七歳とか……」
ステーキを刻むビルドォの手に力が入る。その力身でナイフとフォークの先がグニャリと曲がってしまう。
「戦場では歳なんぞ関係無い。赤子だろうと年寄りだろうと敵は敵でしかない。倒して勝つのみだ。そのように指導しただろう、マースルよ」
ビルドォは四十歳を超えていたがマッチョマンで勇ましい。体格もマースルと同じぐらいのサイズ感である。
そして、スーツを着ているが筋肉質な大きな肩が震えていた。父は完全に怒っている。
そのような父に三男が言い訳を述べた。
「しかし、良い奴です。もう友達になりました」
「それも関係無い。友だからと言って負けて良い理由には成らんだろう」
きっぱりと言われてしまう。
「それに彼の加護はレア以上だと思われます。もしかしたらSRの可能性もあります」
「可能性とは、どう言う事だ?」
「彼は加護の鑑定が無い異国から来たと言っていました。なので、これから加護鑑定を受けるところです」
ここで妻のローラが穏やかに口を挟んで来た。それは息子を可愛がり過ぎているようなゆっくりとした話し方である。
「それならSRの可能性が高いんじゃあないかしら。だってレアな加護持ちのマースルちゃんを素手でやっつけちゃうぐらいなんだもの」
「ローラ、お前は知らないのだ。戦闘は加護のレアリティーだけでは決まらない。強さとは、それだけではないのだ」
「でも、でも〜……」
少し頭が緩いのか、奥方のローラは蕩けるような口調で意見していた。
すると今度は次男のパワムが口を挟む。その声色は男性なのに艷やかだった。女性のような口調である。体格も父や弟と違って細かった。しかし、鍛えていないような体形でもなかった。
「ねえ、マースル」
「なんですか、パワム兄さん?」
次男は長い金髪を掻き上げると女性のような美しい容姿を澄まして見せる。そして、ナプキンで麗しい唇を拭きながら席を立った。それから弟に問う。
「その少年、わたくしよりも強いのかしら?」
高貴な女性のような喋り方だった。立ち姿も女性のようにエレガントな佇まいである。
更には長身でスマート。男性用の洋服を着ているが、男装を嗜んでいる令嬢にも見える。もしも、ドレスを纏ったのならば女性と間違えても可笑しくない美貌だった。かなりの美少年である。
弟は兄に対して率直な意見を答えた。
「素手ならばサブロー。剣ならば、どちらが上かは分かりません……」
「わたくしの剣捌きを知っていても、そう述べるのかしら?」
「はい……」
「ふっ」
パワムはマースルの回答を聞いて鼻で笑う。弟の言葉を信用していない様子だった。それだけ自分の剣技に自信が有るのだろう。
息子たちの話しを聞いていたビルドォは曲がったナイフとフォークを両手をつかい真っ直ぐに戻すと再びステーキを切り始める。そして、次男に言った。
「なあ、パワムよ」
「なんですか、お父様?」
「その少年と戦ってみたいと思わないか。同い年ならば、どちらが強いか気にならないか?」
気になる。気になるが――。
「ですがお父様、貴族たる者が訳もなく庶民に剣を向ける訳にも行きませんでしょう。エレガントに欠けますわ」
ビルドォはフォークで刺した肉の塊を口元に運びながら威嚇的に述べる。
「それは許す。この町では私が法律だ。なんの問題も無い」
「これまた豪傑な父上ですね」
そう言いながら食卓を離れるパワムは長い金髪を靡かせながら食堂を出て行った。自室に戻ると剣を手に取る。その剣は細身の刀身で、レイピアと呼ばれる種類のソードである。柄にはいくつかの宝石が飾られていた。
「ふうっ!」
閃光一閃。パワムはその剣を鞘から瞬速で抜いてみせると虚空を斬った。空気の流れが鋭利な刀身に切り刻まれる。
「全裸の加護持ちサブローか、面白い――」
どうやらヤル気満々のようである。パワムの瞳は興奮に潤んでいた。おそらくサブローとやり合う気でいるのだろう。美しく切れ長の瞳の奥で闘争心が燃えていた。




