旧市街シメイルへ
「やった…。」
とうとう私の家のリフォームが終わった。
全室南向きの平屋建て。そして庭がものすごく広い。
といっても2部屋しかないし、王宮内にあるから自分の庭ではないんだけどね。
板張りの床に敷かれた目の細かいラグは、シア様からの新居祝いでいただいた。
北の地方で織られたとても貴重なものなんだとか。
テーブルはこの家の大きさに合わせて二人がけ、台所も魔石を使うコンロとオーブンがついていて自炊にはまず困らなさそう。
シンクは小さめだけど一人で暮らすならこれで十分。
なにより日当たりと出窓からの眺めが最高だった。
家の外には大きなガーデンテーブルと椅子を置いてもらった。
お天気のいい日にここでお茶をするんだ。
来賓室を引き払ってまとめてきた少ない荷物を家の中に運び入れると、私は買い物リストを書きだした。
「本当に、使用人を一人もおかずに暮らすおつもりですか?」
王宮にきてから私のお世話をしてくれたイリーナは、心の底から私のことを心配してくれた。
でも、元が庶民の私には一人気楽に生きるほうが合ってるんだよね。
「大丈夫、もとの世界でもずっと一人で暮らしてきたからそこそこ生活力はあるつもりだよ。
それに先代のまれびとさんもここで一人で暮らしていたんだし、シア様も悪い人が入ってこないように守護結界を張ってくれたし、こんなに心強いことはないよ。」
思えば1Kの古いアパートで独り暮らしをしていた時よりも、ここでの暮らしのほうがずっと賑やかだった。
アランや会社の先輩たちには恵まれたけれど、職場以外でご飯を食べる時はいつもひとりだったもんね。
この家には、いろんな人に遊びに来てほしいな。
お茶を飲みに、気軽にふらっと寄れるように。
「ねぇイリーナ、私は一人で暮らすのには慣れっこなんだけど、もしあなたさえよかったら時々ここに顔を出してくれないかな。
この世界の暮らしについて教えてもらえると、とっても心強いんだけど。」
私がそっとお願いすると、イリーナはにっこり笑って
「そういうことならお任せください。今日のお買い物も、心をこめてご同行させていただきます。」と言ってくれた。
そんなイリーナと私は、玄関先で護衛の人を待っていた。
町へ出かける許可がおりたので、初めてのお買い物にわくわくしていたのだ。
この国で黒髪は珍しいからと、魔法で明るい茶色に変えてもらったことや新居ハイもあいまって、やたら勢いのよかった私のテンションは、けれども迎えにきてくれた人の顔を見てだだ下がりとなった。
「…仕事選びましょうよデュカスさん。」
私の不本意な顔に、心底同意するといった表情でデュカスさんは馬車の扉をあけてくれた。
「いちいち文句をいっているようでは殿下の側近はつとまらん。」
「文句のひとつもいいたくなるような仕事を押しつけてすみませんね。」
私とデュカスさんのやりとりを聞いていたイリーナと御者のお兄さんは信じられないものを見た、という顔をしてる。
そうだよね。
国内トップクラスの、しかも超絶不愛想な魔術師にこんな口のきき方する人なんていないんだろうな。
「なんか、デュカスさんの無駄遣いですよね、お買い物に付き合わせるとかくだらない用事ですみません。」
3人で馬車に乗り込んで向かい合わせに座ると、デュカスさんは「構わん。」と言って御者に合図を出した。
「まれびとは要人扱いと同等だからな。
お前はユリウス様の保護下にいる立場である以上、俺の仕事に余裕がある場合には同行してその生態を報告する義務もある。」
「人を珍獣みたいに。っていうかそういうことならちゃんと要人扱いしてくださいよ。」
デュカスさんは勝ち誇ったように笑った。
「悪いが俺の知る限り下町に嬉々として買い物にいく要人はいないものでな。」
「じゃあ私が第一号ですね。」
さらに勝ち誇った顔で言ってみたけど、デュカスさんは窓の外を見たまま黙り込んでしまった。
なのでこちらも気にすることなくイリーナに窓から見える景色で気になるものを教えてもらったりしているうちに、馬車は王都の中心街・シメイルへ着いた。
ここで馬車をおりて、川沿いへむかって歩いていくと見えてくるのは旧市街マーケットだ。
昔は水路が運輸のかなめだったから、栄えていたのは川に近いこの場所だったとか。
市場や露天商、それに問屋や屋台が並ぶ賑やかな大通りは経済の中心地と言われているのだとイリーナが教えてくれた。
王宮に出入りするような高級店や宝石商、貴族のタウンハウスが並ぶシメイルよりも、買い物するなら断然こっちだと話を聞いていた時からずっと気になってたんだよね。
私はまず貿易商が並ぶ通りへ足を踏み入れるとスパイスや調味料、お茶や焼き菓子を買い込んだ。
どれも一つずつ説明を聞くのが楽しくて、後ろでデュカスさんがつまらなさそうにしているのはこの際気にしないことにした。
「本当に、買い物慣れしてらっしゃるんですね。はじめて町にきたとは思えません。」
あれこれ買いまわっては最終的に値切りはじめた私に、イリーナは驚いていた。
豆から作られた調味料を大量に買い込んでほくほく顔の私は「そうかな。」と上機嫌だった。
豆だまりと呼ばれるこの調味料。
この国ではそれほど人気がないらしくて、隣国から仕入れたという輸入食材店のおじさんが
「これじゃあ在庫だまりだよ」とぼやいていた。
味見をさせてもらったらほぼ醤油。
私は今日馬車で来ていたことで強気になり、豆だまりを全部買うから安くしてほしいと言ったら店主もイリーナも、そしてデュカスさんまでもがぎょっとしていた。
お隣のシュタット帝国からの輸入品ということで、次はいつ買えるかわからないもんね。
他にも珍しい野菜や果物も買って帰りたかったけど、このあと大事な買い物が控えているのでぐっと我慢した。
「…本当に次で最後なんだろうな。」
中心街シメイルでリボンや布、裁縫道具、それからワックスサシェに使う材料を一通りそろえたところで、ずっと黙って後ろについてくれていたデュカスさんがようやく何か言ったかと思えばこの一言だった。
「すみません、あとは革を買ったら帰ります。」
「わかった。」
イリーナと私がキャッキャと買い物しているのを見ているだけなんて、仕事とはいえ無骨な魔術師には苦痛でしかないんだろうな。
これに懲りて次に街に来るときには別の護衛になるといいね。お互いのために。
私たちは王都で一番の品ぞろえがあるという革製品のお店にやってきた。
ここはオーダーメイドから既製品の鞄やベルト、馬具まで革でできているものならなんでも扱っているそう。
それなりのお値段はするけど生地も買えるので、いろんな階層の人がくるようだった。
一見さんお断りな紹介制のお店じゃなくて良かったよ。
デュカスさんは私たちのあとについて入ると、お店の隅で腕組みをして立っていた。
早く買い物を終わらせろ、という圧がすごい。
これに屈していたら自由は手に入らないので気にしないことにする。
護衛と侍女をつけて、王宮で用意してもらったちょっといい服をきた私は、どこかのお嬢様にでも見えるのだろう。
少し長めの金髪をふわっと後ろに流した優しい雰囲気の男の人が
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか。」と声をかけてきた。
「薄めで上質な革生地を見せていただけますか?淡いグリーンのものが欲しいのですが。」
「グリーン…よろしければご用途をお伺いしても?」
「はい。自分で手帳カバーを作りたくて。」
私は鞄から手帳をとりだすと
「持ち歩くことが多いので、このサイズに合わせて自分で縫える薄さのものがあるといいんですが。」
と伝えた。
「少々お待ちください。ジョアン、こちらのお客様にお茶のご用意を。」
「かしこまりました、オーナー。」
想定外のリクエストに一瞬考えこんでから、オーナーと呼ばれたその男の人は奥に入っていった。
出されたお茶はカップに口をつけるまえに(あ、これものすごくいいやつだ)とはっきりわかるものだった。
ふらっとやってきて生地しか買わないのに、こんなVIP対応されてどうしよう。
ちょっと不安になり始めたころに、オーナーがてのひらサイズの生地のサンプルを手に戻ってきた。
「申し遅れました。わたくし店舗責任者のモリスと申します。
淡いグリーンをご希望とのことでこちらの3種類の色合いと、それから差し色で入れるのに合いそうな生地見本もお持ちしました。
どうぞご自由にお手にとってご覧ください。」
「ありがとうございます。」
モリスさん、分かってるなぁ。
私はいろんな色の組み合わせを考えながらはたとひらめいた。
「こっちのグリーンと、このシルバーっぽいやつ、それからこの薄いむらさきの生地をいただけますか?」
「ありがとうございます。」
買った生地をイリーナに持ってもらって、いざお会計をしようと財布を出した時にモリスさんは一瞬「ん?」という顔をした。
なにかおかしかったかな?と考えて私ははたと気付いた。
そっか、護衛と侍女をつけて買い物するような人間は自分でお金を払ったりしないのか。
私のニセご令嬢っぷりがバレるまえに引き上げようと、デュカスさんに目くばせで帰る合図をするとドアをあけてくれた。
「お茶、とってもおいしかったです。ごちそうさまでした。」
「お気に召していただけたようなら良かったです。またのお越しを心よりお待ちしております。」
モリスさんの営業スマイルがなんだか意味深だった気がしたけど、デュカスさんの帰るぞ圧で深く考えるのはやめた。
「あーたのしかった!買ったなぁ。」
久しぶりに買い物を満喫した充実感で、かなり歩きまわったのにまだまだ元気だった。
馬車はゆっくりと王宮の正門を抜け、デュカスさんの顔パスで中を点検されることもなく庭園の隅、私の家の前に到着した。
「今日はありがとうございました。これよかったらどうぞ。」
私はデュカスさんに焼き菓子が詰められた箱を手渡した。
「イリーナと御者さんも、またよろしくお願いします。」
2人にはキャンディの入った可愛い小瓶を。
3人がいなかったらとても買い物なんてできなかった。
上からの命令とはいえ、本当に助かったからささやかな感謝の気持ちとして。
御者さんには小さなお子さんがいるそうで、その子が喜びますといってにこやかに厩舎のほうへ戻っていった。
うん、いい一日だったな!
私は早くも次のお買い物を楽しみにするのだった。




