魔総研にて
推しへの課金を惜しまないためには先立つものが必要。
やっとお金の使い道をみつけた私は、今日も魔総研での業務にまじめに取りくんでいた。
OL時代はあんなに仕事が嫌だったのに、喜んで働いてるなんて人は変わるものだよね…。
ここに通うようになってから一か月が過ぎて、今ではどこに何があるかだいた分かるようになった。
私の仕事は、主にシア様宛に寄せられた重要な報告書のファイリングや会計報告書の作成。
それから実験データの集計といった事務作業と来客対応がメインだった。
今までこれを一人で請け負っていた上に研究所とのやりとりもすべてこなしていたシア様付きの秘書・ダニエルさんは、定時で帰れるようになったとか。
奥さんの機嫌が良くなったと感謝されるので、役に立てているみたいでほっとする。
ダニエルさんは4男3女の大家族。
お給料がいいとはいえ、帰りが遅いとワンオペ育児の奥さんに負担がかかってしまうため、離婚危機を回避できたみたいで本当に良かった。
時々報告や相談にやってくる研究所のスタッフとも少しずつ打ちとけてきて、この世界でも顔見知りが少しずつ増えてきた。
―大丈夫、ちゃんとやれてる。
例えば騎竜隊のドラゴンが空を飛んでいたり、庭師が落ち葉を集めるのに魔法を使ってつむじ風を起こしているのを見たり。
この世界ならではのふとした瞬間にそんなことを思う。
「どうかされましたか?」
魔総研の渡り廊下から試験場をながめていると、研究所のエミリアさんから声をかけられた。
子爵令嬢であり、最年少で魔総研入りした才女だ。
私にも気さくに話しかけてくれ、時々一緒にランチする仲になった。
私は笑顔に切り替えて、明るい声で答えた。
「いえ、あんなに大きな試験場で、どんな実験をしたのかなぁと思って。」
私は芝生がめくれてむき出しになったクレーター状の地面を見ながら答えた。
「あれはガラス玉の大きさの魔力装填容器にどこまで魔力を凝縮できるか試した結果、大爆発を起こしたあとなんですよ。
暴発のリスクが高すぎてまだまだ開発中ですが、武器として有効利用できれば遠距離から魔獣討伐が可能となり、接近戦のリスクを軽減することができます。」
「すごい…。」
「離れた場所にあるとはいえ、王宮内でこんな実験をするという意味でもすごいですよね。
後処理が相当大変だったと聞きました。」
「うわぁ。」
始末書を作った人の心労を考えるとなんていうか、お気の毒さまとしか言いようがない。
「でも、魔力をここまで使いこなせるものなんですね。」
「まだまだ厳しい道のりですけれどね。」
「最近ようやくこれだけ出せるようになった身からすれば、気の遠くなるようなすごいお話です。」
私はそういって指先から小さな炎をだしてみせた。
まれびとであるということを公言してるわけじゃないから、多くの人の前では私の身分は遠縁の伯爵家をたよって王都までできた未婚女性、ということになっている。
ここへは読み書き計算が得意だから紹介されて働きにきた設定でよろしくっていうことで。
第二王子と顔見知りの訳ありらしい田舎娘に、魔総研の人たちは何も聞かずに親切にしてくれるからすごくありがたい。
ライター程度の炎でもものすごく大変だったので、魔総研の人たちのレベルの高さがひしひしと感じられる。
「リリカ様は無詠唱で魔力を操れるのですから、それだってすごいことですよ。
そもそも生活に支障がないのに魔力を習得しようとする姿勢が素晴らしいと思います。」
エミリアさんはそう言ってにっこり笑った。
「え、だって魔法使えたら絶対楽しいに決まってるじゃないですか。」
「この国ではもともと高い魔力を備えた人間が国の教育機関である魔術学院に入るか、そこそこの魔力がある庶民が生活のために必死で習得するものなんです。
魔力が少ないかったり、ほとんどない庶民は、別の道で稼ぐしかない。
生活に困っていなくて、必死で魔術を習得しようとする方は珍しいのですよ。」
エミリアさんの話を聞いてまっさきに思い浮かんだのはデュカスさんのことだった。
高い魔力を持っていなかったら、デュカスさんは魔術師団長までのぼりつめることもなく、全く別の人生を歩んでいたことになるんだ。
「そっか。伯爵家という後ろ盾がある田舎者が個人教授をつけてもらってまで魔法を学ぶなんて、一部の人は良く思わないかもしれませんね。」
「申し訳ありません、そんなつもりで言ったつもりではないのです。
ただ、慣れない土地で働くだけでも大変なのに、学ぶ姿勢を忘れないリリカ様の前向きさに心を打たれたというか…。」
「分かってますよ。それに、自分がどれだけ恵まれた状況にいるのかちゃんと気付けて良かったです。」
孤児だったデュカスさんが私を嫌う理由も、少し分かった気がした。
だからといって、魔法を学ぶのをやめるつもりは全くないけれど。
むしろ謎のポジティブさが発揮されて絶対に習得してやろうって気持ちになってきた。
「ねぇエミリアさん。確かに私の勉強は、生活のためではなくてただの道楽かもしれません。
でも道楽だからこそ、人を幸せにしたり楽しませたりするために使えるようになりたいです。」
何の役にもたたないけど、見てたら元気になって嫌な気持ちが晴れるような。
そんな魔法が使えるといいな。
「リリカ様ならきっとできますわ。」
「頑張ります。」
この世界にきてからまたひとつ目標ができた。
少しずつ、この地に足がついている実感がわいてくる。
「そういえば、身分の高いお生まれで魔力量が少ないのに、必死に努力して高位魔法を習得された方が、リリカ様のお近くに一人いましたわ。」
思い出したようにそう答えるエミリアさんに、私は思わず距離をつめた。
「えっ、誰ですか?魔術師向きじゃない体質なのに使いこなせるようになったとか。
ぜひお話を聞いてみたいです!」
やっぱり無駄なことじゃないんだ。
私は嬉しくなって、今すぐにでもその人に会いに行きたい気分だった。
「その方ならリリカ様がお望みになればお会いできますよ。
魔法だけではなく、武道や剣技の努力もおしまず、王立騎士団副長にまで上りつめたお方です。」
「それって…。」
王族には代々受け継がれてきたケタ違いに高い魔力があるのだと個人授業で聞いた。
個人差はありますが、と妙に含ませた言い方をしていたけど、あれはユリウス様のことだったんだ。
側妃の子ー。
かつて陛下の寵愛を受けたお母様も今はご病気で王宮にはいなくて。
王族の血を引いているのに生まれ持った魔力量が決して高くはない。
正妃様と陛下の間にはユリウス様の異母兄にあたるマクシミリアン様がいて。
ああ、だから。
王族に生まれても一騎士としてふるまい、それどころか結果を残している騎士としてもっといい待遇を受けてもいいはずなのに。
自ら辺境の地に行って、先陣切ってボロボロになって。
それでも他人の心配をするんだよ?
あんなに優しくて素晴らしい人が、寂しそうに笑うのはなんでだろうってずっと思ってた。
なんでだろうって、あんな顔をして笑うしかない事情があったんじゃない。
推すとか概念とか、私は一体ユリウス様の何を見ていたのだろう。
はしゃいでいた自分が恥ずかしくて情けなくて、うつむいてじっと足元を見ることしかできなかった。
「シア様が、リリカ様がきてからユリウス殿下の雰囲気が少し柔らかくなったとおっしゃっていました。
以前より自然に笑うようになった、と。」
違う、あんなもんじゃない。
私は自分に言い聞かせながら顔をあげた。
「きっと!ユリウス様はもっと素敵な顔で笑うんです。
大勢の人に愛されて、ぴかぴかの笑顔が似合う方だから。
見た人みんなが骨抜きにされる表情で笑うはずなんです。」
「それは困りましたね。」
エミリアさんはふふっと笑った。
「ユリウス様の魅力で、できれば全国民を心底困らせたいですね。」
私の心のさけびに、さすがの子爵令嬢もちょっとドン引きした気がしないでもないけれど、見なかったことにしてエミリアさんと別れた。
ユリウス様がもっと自分を大事にできるように、心から笑ってくれるように。
私にできることはなんでもやろう。
主に忠誠を誓ってひざまずく騎士って、こんな気持ちなのかな。
ユリウス様の前でひざまずく自分の姿を想像した。
悪くない、どころかめちゃくちゃ良かった。いつか実現してもらおう。
この世界に来て、また一つ楽しい目標ができた私は、軽い足取りで所長室へ戻るのだった。




