前へ目次 次へ 11/12 綺麗な育ち方をした私 もう一人いる私は、感じていたとおり、思っていたとおり、綺麗な育ち方をした私でした。綺麗な生き方をした私でした。障りがあるかと恐れますので、今、その「もう一人いる私」が具体的に誰のことなのか、ここでは明かさないでおこうと思います。これから時間がたてば、あるいは明かすべき折りが来るかもしれません。 いずれにしても、春花という名の私と違って、「もう一人いる私」は、死霊との汚濁を知らない綺麗さだった ─ これは敢えて断言するまでもない事です。