勘違いしちゃいけない
7
「で、何で来たの?私明日仕事あるんだけど?」
次の日、隆人は何食わぬ顔で、私の部屋にやって来た。毎度毎度、ああやって借金取りみたいにドアを叩かれたらひとたまりもない。仕方なく部屋に入れたけど、最近合鍵を寄越せといわんばかりにやって来る。
こいつ、暇なの?
「電話するなとは言われたけど、来るなとは言われてないし。あ、これ母さんから~」
そう言って隆人は、紙袋をカウンターに置いた。またきっと、母の料理だ……。
「彼女の所行きなよ。」
「あれ彼女じゃないし。元、彼女。」
それ、ほぼ彼女みたいなもんだよね?
「あの子とはとっくに終わってんの。」
その終わった女が追いかけて来るのに、私に『もっと好きになって』って、何?普通に考えたら告白に聞こえるんだけど……
ん?告白?
「あのさ、本人目の前にして、こんな事聞くのも何なんだけど……」
「何?」
「まさかとは思うけど、もっと好きになれって…………あれって告白?」
隆人は深い深い、それは深いため息をついた。
「はぁーーーーーー。」
そして、しばらく黙った。
「………………。」
え?どっち?それ、どっちの反応?
「それは、いくら何でも鈍感の度を超してるよね?」
「えぇ!?」
嘘!!マジ!?マジなの!?
「そうゆう事か!……瑠璃に大人の余裕なんかあるわけがないと思ってたけど……。伝わって無かったって事か!!」
もし仮にあれが告白だとしたら……いや、仮じゃないのか。なんだかこの前の自分の対応が申し訳なくなった。
「あ、いや、ごめん。」
「わかれよ!!」
「いや、だからごめんて。」
だって、だって………………それぐらいあり得ない!冷静に。ここは冷静に。冷静に理由を聞いてみよう。
「じゃあさ、何で私なの?私を選ぶ理由は何?」
正直、自分より7つも年上のオバサンを好きになる理由がわからない。
「瑠璃はさ…………」
隆人は話始め、一旦黙った。
その後、こう言った。
「俺の他に、好きになる奴がいないからかな?」
なるほど~!って…………ん?おや?
「それって…………モテないって言いたい?」
「モテないどころか、ライバルがいないって所が安心だよ。」
「はぁ!?何それ頭来た!!」
それって、私は絶対に浮気しなからとか、虫もつかない干物女だからって事!?
「来い来い!!頭来い!!」
「ふざけんな!!」
「しかも、幼なじみなんてレアだよな~!」
隆人は私を煽りだした。私はそのふざけた隆人の頭におもいっきり頭突きをした。
「痛っ!!」
「頭に来たから、この前の勝負はノーカウント。」
「えぇ!?そんな、卑怯だぞ!?」
卑怯で結構。
「頭冷やしてから言って。冷やさないとコブになるよ。じゃあね。」
そう言って、急いで支度をして、私は家を出た。
頭に来て、向かった先は…………
吉高さんの所だった。吉高さんは日曜なのに、出勤していた。私は吉高さんのデスクの方へ歩いて行くと、吉高さんが私の異変にいち早く気がついた。
「瑠璃?何だ?その頭、どうした?」
多分、頭突きのせいで額が赤くなった。
「お仕事中すみません!!吉高さん、すっごくムカついたので、私と付き合ってください。」
「はぁ?」
他にも出勤している人達がいて、少しざわめいたのがわかった。
「私、めちゃくちゃ腹立ったんです。だから付き合ってください!」
「ちょ、ちょっと待て?少し落ち着け。とりあえず外に出るぞ。」
廊下に出ると、吉高さんは腕を組んで、首を傾げた。
「今のは何だったんだ?新手のドッキリか?」
「だから、私と付き合ってください。」
「?ちょっと待て。さっきムカついたからって言ったよな?」
そこをちゃんと聞き逃さないのが吉高さんだ。
「だって、モテないとか、ライバルがいないからとか、隆人にめちゃくちゃバカにされて……」
「で、俺に付き合えと?」
「あ、吉高さんが無理ならそこら辺の誰かに……」
そう言って私はオフィスのドアを開けようとした。
「待て待て待て!」
吉高さんは私を止めると、困った顔で言った。
「瑠璃が誰と付き合おうと構わない。ただ、そこら辺の誰かと思って付き合うのは許さない。勝手かもしれないけど、俺は瑠璃の兄だと思ってる。瑠璃がちゃんと幸せになれるように、俺は梨理の代わりに…………」
「ずるい……。」
「瑠璃……?」
自分の中の、箍が外れた。
「吉高さんはずるい!!いつもそうやって逃げて……」
止まらなかった。いつもは全然ちゃんと言えないのに、その時だけは、溢れ出て来る言葉が止まらなかった。
「はっきり言えばいいじゃないですか!梨理に似てても、梨理じゃない。だから好きになれないって。」
ずるいのは、私の方だ。隆人を理由に、こんな形で吉高さんに告白した。
こんな形でしか、告白できなかった。
それでも、ちゃんとフラれなきゃ………………
これ以上、前に進めない気がした。
電話がかかって来た。
「電話来てる。出た方がいい。」
そう言って吉高さんはオフィスに戻って行った。
電話は、隆人からだった。
「もしもし?」
「………………。」
あ、そうだった……。これも慣れなきゃ。
私は携帯を左手に持ち変えて、電話に出た。
「もしもし?」
「あの、瑠璃、さっきはごめん。」
すると、突然、携帯を持つ手を掴まれた。
え?誰?何?
振り返ると、それは、吉高さんだった。
私は手に持っていた携帯を思わず落としてしまった。
カッシャン。と、携帯の落ちる音だけが廊下に響いた。
「瑠璃?聞こえてるか?」
携帯からは、隆人の声が響いていた。
「吉高……さん……?」
「あ……悪い。電話が終わったら、話がある。もう一度呼びに来い。いいか?帰るなよ?」
「え?あ……はい……。」
それから、隆人との電話に戻ったけど、内容が全然頭に入って来なかった。
ただ、自分の心臓の音だけが、頭に響いていた。
落ち着け。落ち着け自分。
勘違いするな。
これは、驚いただけ。驚いたから胸がドクドク言ってるだけ。
勘違いしちゃいけない。
期待しちゃいけない。