22話 悪役による快楽堕とし
決勝トーナメント、第三試合。
【黒剣のファルス】と【青薔薇】の戦いは予想通り、【青薔薇】の圧勝となった。
というよりファルス氏には本気を感じられなかった。
どうにも【青薔薇】ことマリアローズの鋭い魔法に最初から太刀打ちできないと判断したようで、なるべく怪我を負わない立ち回りをしていた。
結果、のらりくらりとマリアローズの猛攻をかわし続けていたファルス氏も、やがては追い詰められ降参となった。
「さすが青薔薇だぜ! ファルスの幻影剣も飛び道具も、全部ものともしねえな!」
「闇雲が広がったときはヒヤっとしたけど、黒い領域をまるごと吹き飛ばして凍土に変えちまうたあすげえ色力だよ!」
「彼女の強さは魔法だけじゃない! 魔法と組み合わせた剣技が卓越してるんだ!」
俺からしたらつまらない試合だが、見た目だけはド派手だったので会場は大いに沸いているようだ。
「あれでたったの13歳だぜ? しかも隣国の大貴族の娘さんと高貴なお生まれよ!」
「憧れるなあ」
「今回は若い出場者が多くないか?」
「それでいうと、決勝トーナメントの残りは【炎奏者エンブレナ】が最年長者ってわけか」
「次の戦いも見物だぞ!? 絶対防御を誇る【金剛のアリシア】と、謎の仮面少年【無剣のネロ】だ!」
「【無剣のネロ】はちょーっと地味だよなあ」
「【金剛のアリシア】もなんつーかワンパターンって感じなんだよね」
そんな観客たちの感想を耳にしながら、俺は闘技場へと足を踏み入れる。
対戦相手のアリシアも同じく、反対側の選手控え室から軽快な足取りで出てきた。
どうやらシロナとの戦いで、それなりに疲労が蓄積しているとの読みは外れたか?
いや、単にそう見せかけているだけかもしれない。
口元以外の顔面を覆うフルフェイスから、アリシアの表情が見えない以上……その所作でコンディションを見極めたい。
何せ匙加減を間違えては殺しかねない。
「【無剣のネロ】、でしたわね? 貴方の弱々しい魔法が果たして私まで届くのかは疑問ですけれど、せいぜい楽しませてくださいな?」
「【金剛のアリシア】。金剛石ってのは硬く美しい。けれどその硬さも優雅さも、オリハルコンやアダマンタイトに匹敵するほどじゃない」
「あら? ご自分が私より硬いとおっしゃりたいの? それは私への口説き文句ですの?」
「ああ、砕き文句ってやつだな。ちなみに先の戦いで下したシロナは、間違いなくオリハルコンの原石だったよ」
敢えて勝者よりも敗者を褒めて評価する。
これはプライドの高い人物からしたら我慢ならない挑発だろう。
「その傲慢な態度、へし折って差し上げますわ」
ビシリと力のこもったポーズで俺に剣を向けるアリシア。
さて、これで全力の動きを一瞬だけ見れたわけだけど、どうやら彼女は左足を負傷しているらしい。
ほんの少しだけ、こちらに切っ先を定めた際の動きがぎこちなかった。
「いやいや、傲慢なのはそちらだな。まず教えてやろう、油断は禁物だと」
「私がいつそのような愚行を?」
「最初からだよ。戦いはもう始まっている————」
『ガチ百合』において、決勝トーナメントの舌戦は相手の負傷具合を探り合う好機だった。
今、目の前のアリシアは右足が負傷しているであろうから、右方面から攻勢を仕掛けていけばいい。もしくは右に意識を向けさせた後に、決定打を左手から打ち込むなど、色々な戦略を立てられる。
そして俺は後者を選択した。
「何を言ってるのかしら? そんなつまらない発言で私を惑わそうなんて、下賤な者は見目だけでなく、性根も汚らわしいのね」
「そんな風にしか見れないなんて哀れだな。あんたの見ている世界がいかに狭く、つまらないものかを教えてやろう————余談だが、俺はあんたが右足をひどく負傷しているのを知れて、笑みが止まらないぞ?」
「なっ!?」
「ほら、楽しいな?」
俺がニヤリと笑うと同時に司会の声が響く。
もちろん、アリシアが一番動揺するであろうタイミングに調整しての結果だ。
「ではこれより! 全ての攻撃を無にする【金剛のアリシア】と、謎多き仮面の魔導士【無剣のネロ】による、準決勝戦第一試合を開始いたします!」
俺たちの会話は、アリシアが一番衝撃を受けた時点で止まってしまう。
さあ、文字通り動揺した瞬間からゲームスタートだ。
◇
「————【闇吹く大雲】」
先ほどの試合で【黒剣のファルス】が発動したのと同じ魔法を闘技場に充満させてみる。
ちなみにこの魔法は、マナリア伯爵令嬢の献身的な魔封石売買によりヒモスキルで自動的に習得したものだ。
本来であれば【闇精霊】と契約を交わし、さらにその親睦度を『親愛』まで上げないと習得できない代物だけども、俺のスキル【闇吹き師】はLv5と達人級にまで到達している。
「おおーっと、まさかのネロもファルスと同様の魔法を繰り出したあああ! これはまさかの負けフラグかあああ!?」
どうでもいいけど司会はアリシア寄りの解説が目立つな。
そんな司会の発言とは裏腹に、アリシア本人は視界を奪われてさぞ焦っているだろう。
主に右足の負傷を知られて、右方面からの攻撃を警戒しているに違いない。もしくはそれこそが俺の狙いだと考え、逆の左方面を注意すべきかと。
そうやって精神をじわりじわりと削るのが目的だと知らずに、一生懸命【触れられざる高貴】を発動しているのだろうな。
さて、俺は【闇吹く大雲】が晴れるまで寝転がるか。
あ、その前にテキトーに闘技場に転がる石を数個拾ってから、テキトーにぽいっとな。
コツンッ。
ふああああ……あくびが出るなあ。
コツンッ。
アリシアのやつ、雲を晴らすスキルを持ってないのかなあ。
コツンッ。
それとも│信仰《MP》を温存してんのかなあ。
コツンッ。
さっきから石を投げるたびに、ガシャッて鎧のすれる音が丸聞こえなんだよなあ。
コツンッ。
ガシャガシャって、よほど派手に振り向いたり動いたりしてるのか?
ビクついてるのかあ。
コツンッ、コツンッ。
あっ、ついつい楽しいから二個も石ころ投げちゃった。
コツンッ、コツンッ、カキンッ。
おっ、本人にぶつけちゃったかな?
「……石、ですわね……」
ぷーくすくす。
この辺でさらにちょこっといたずらだ。
俺は無詠唱で、【炎劇と樹劇】を発動する。
燃える樹木の化け物たちが周囲を蠢き、一瞬にして気温は上昇し始める。
これはこれはフルプレート、フルフェイス装備のアリシアさんはさぞ熱いだろうに。
俺はといえば、高熱の範囲を調整して快適な空間で寝そべっている。
ぽかぽかあったかい、眠い。
【触れられざる高貴】は、物理や魔法でも接触を要する攻撃は防げるが、気候などの変化までは防げない。
空間遮断の類ではなく、単に攻撃を無力化するものだからだ。
まあ、だからこそ最強の防御ともいえるのだろうけど、そんな【触れられざる高貴】も常時発動できるわけもない。
発動には信仰を消費する、だからフルプレートと大盾で身を固めているのであって無敵ではない。
さあさあ、暗闇とこの暑さの中、次こそ本命の攻撃がくるかもと【触れられざる高貴】を発動し続けているのかな?
「くっ————【天馬召喚】!」
おっと、耐え切れずに天馬に頼ったか。
空へと飛べばこの闇から逃れられると。
しかしそんなのは当然!
俺に対処されるとわかっていて、ソレしか選択肢がないのが辛いだろうなあ。なにせ前の試合を俺に見られているのは、あっちも把握しているはずだ。
もちろん天馬対策は用意してある。
というか上に逃げるのがわかっているので、ものすごくやりやすい。
「————【骨溶かしの酸聖雨】」
元々はスケルトンなどのアンデットを浄化する魔法だけど、強い酸性を帯びている雨だ。
鎧に身を包むアリシアは大丈夫かもしれないが、天馬は痛くて痛くてたまらないだろう。とめどなく酸の雨が全身を打ち、溶かしてゆくのは苦痛すぎて、空から墜落しちゃうんじゃないかな。
あっ、もちろん術者の俺の周囲だけはそれとなく雨が降らないように調整してます。
「きゃああっ」
ガシャンっと大きな音が近くで響く。
どうやら天馬もろとも落ちて闘技場に激突したらしく、可愛らしい声と共に居場所を教えてくれた。
それから定期的に無詠唱で、【土竜の尾走り】を発動してやる。
これは地面を隆起させて棘状の尻尾、もといぶっとい鞭を走らせる魔法だ。
闇の中で太いムチがうねったり、うねらなかったり、うねったり、うねらなかったり、たまに石がコツンッ、間違えて面攻撃の炎が吹き荒れちゃったり。
アリシアはさぞ【触れられざる高貴】を使うか、使わないかの判断に困っているだろう。
こうして彼女の信仰と精神を削りに削ったところで、俺は闇雲を解除した。
「こんなちょっとした工夫にすら、対応できないなんて宝の持ち腐れだなアリシア。こんなんじゃ全然楽しめないぞ?」
実は俺、彼女がシロナに『つまらない』と言い放ったのを根に持っていた。
シロナがどんな子で、どれほど努力したかも知らないくせに……『つまらない』と決めつけるお前こそが、一番つまらないと伝えよう。
「今だけはお前のつまらない流儀に合わせてやろう————」
それから俺はゆっくりとアリシアへと歩む。
彼女は何かを察知したのか、またもや絶対防御を発動した。
「くっ……【触れられざる高貴】!」
「【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】」
俺はひたすら歩みを止めずにアリシアへと迫る。
【絶対の盾】が砕ける前に【絶対の盾】を重ねて発動し、ギャリギャリと削り合ってはまた【絶対の盾】を上塗りする。
そうやって、ただただ何の工夫も面白味もないごり押し戦法でアリシアを押しつぶそうとする。
「【絶対の盾】、【絶対の盾】、【絶対の盾】————どうだ? これがお前の戦い方だ。つまらないだろう?」
「……っ!」
「よかったな。その若さで自分のつまらなさに気付けて。今後はもっと楽しい戦い方を学べよ」
こうしてアリシアの信仰が切れるまで、【絶対の盾】で押し通し続けた。
「しょ、勝者! 【無剣のネロ】! 仮面の少年魔法使いに大きな拍手を!」
司会が俺の勝利を宣言すると、項垂れたアリシアは感慨深かそうに言葉をもらす。
「か、完敗、ですわ…………物凄い刺激でしたのっ!」
それから『世の中にはこんなにも楽しい者がいるのですわねっ!』とか『最高の刺激ですわっ』とか、『もっとこのような刺激をっ』とか……『そうだわ! 王宮にお招きしてっ』とかなんとかブツブツ呟いていた。
何かにとりつかれたように、それこそフルフェイスの兜の奥から、こちらを見つめる瞳が恍惚な光に濡れていて……戦う前よりゾッとした。
俺は何か関わってはいけない恐怖を感じて、その場で一礼を済ませそそくさと後にした。




