21話 奴隷騎士と姫騎士
僕はシロナ。
ストクッズ男爵家の、ネル様に師事を仰ぐ奴隷騎士シロナ。
美しかった【神聖ハイリッヒ帝国】の聖都を壊して、そこに住む人々をたくさん殺してしまった僕でも……ネル先生の奴隷騎士として、ネル先生の名声を轟かせたい。
こんな僕を拾って大切に育ててくれたネル先生は、きっと将来すごい人になる。それこそ僕の心を救ってくれたように、たくさんの人々を救う英雄になるはず。
だから今、ネル先生の力になるのは……罪深い僕の贖罪で、誰にも曲げられない僕の信念。
この剣闘大会で優勝して、それで、それで、ネル先生にいっぱい褒められたい。
ヘリオがあんな無茶して……僕に黙ってこっそり剣闘大会にエントリーしてたのも、きっと同じ理由だと思う。
「————【風竜の爪痕】」
「……なかなかやりますわね?」
でも、目の前の少女騎士は……僕の爪痕すら残せない。
押し切れない。
「————【流星斬り】」
ネル先生に教わった数々のスキルも、技も、そのどれもが見えない壁に阻まれてしまう。
まるで僕の前に立ちはだかる大きな試練で、必死になればなるほど……怖くなる。
「————【竜鳴のとどろき】」
僕の雄叫びが闘技場の舞台をえぐる。
それでも少女騎士は動じずに剣と大盾を構えながら向かってくる。
だから全力になればなるほど……僕の中で、メキメキとそれは目覚めそうになっていて。
シロナ・オリオン・ドラゴンロードとしての力が、ユニークスキル【天竜人】と【剣聖王】が暴発しそうになってしまう。
「————【大地にそびえ立つ聖塔の十字架】」
気付けば握りしめた剣を振り下ろし、闘技場には白く輝く巨大な十字架が立っていた。
いや、これは僕が生み出した剣撃。
あの日、聖都で何者かに襲われ————怖くなってしまって、とっさに発動してしまったユニークスキルの一端。
【白き千剣の墓標】はダメ。
この地をまた、白い墓標で埋め尽くして破壊するのはダメだよ。
僕はネル先生に修行をつけてもらって、あの頃よりも強くなったから、怖くない。
そんな僕の思いを裏切るように、巨大な白刃から姿を現した少女騎士。
でもさっきまでの余裕は完全になくなっていて、ちょっとボロボロ。
「教えてさしあげますわ。防御こそ、最大の攻撃なのですわ————」
そんな彼女は、いつの間にか翼の生えた白馬に跨って突撃してきた。
きっと彼女の見えない壁で僕を押しつぶすつもりなんだろうね。でも、じゃあ、こっちだってネル先生に教えてもらった盾があるもん。
「————【天馬と共に】!」
「————【絶対の盾】!」
ギャリギャリと何かが削れていく不快な音が響き渡る。
僕の中の信仰がどんどんすり減っていく音みたいで、それは焦燥感に繋がってしまう。そうなるとやっぱり、【天竜人】と【剣聖王】の力に頼ってしまいたくなる。
でも、でも————
ここで全部を壊してしまったら、きっとネル先生の名声は地に落ちちゃう。
ネル先生の奴隷騎士が王都を破壊したなんて大惨事になっても、優しいネル先生はきっと全部の責任を背負ってくれる。
だから、そんなのは許されない。
これは僕自身の力に目を背けて、逃げるわけじゃない。
だって、ネル先生は言ったもん。
『誰かを守ったり救ったり、誰かの役に立って、気が済むまで贖罪としゃれこめばいい』
ネル先生を守るために、怖いけど……力を使わないのだってきっと、自分と向き合ってるもん。
もっと、上手く使いこなせれば、次はきっとネル先生の名声を上げられるから。
だから今はまだ届きません。ごめんなさい、ネル先生。
そんな想いを抱いたまま、僕の【絶対の盾】は砕け散った。
◇
あっはっはー!
俺はシロナとアリシアの戦いを楽しく鑑賞させてもらっていた。
なにせあの自信満々だった少女騎士の余裕がなくなるのは痛快だったからだ。
【絶対の盾】を発動するシロナを見て、生意気な少女騎士はヘルムの下部からポカンと大口を開けていた。
うっわー。あれが貴族のご令嬢とかだったら、さぞかし『はしたない表情だ』とかバカにされてたろ。
笑えるわ。
なんて俺が笑えていたのもつかの間だった。
シロナの攻撃はことごとく防がれ、合間を縫って鋭い攻撃が繰り出され、ジリ貧に追い込まれていた。
「————【竜鳴のとどろき】」
そんな苦しい戦いの最中で、シロナは俺が教えたことのないスキルを発動させてみせた。
あれは確か……竜の血脈にしか習得できないスキルだったような……?
いや、まあ正確には竜血持ちじゃなくても習得できるにはできるけど、相当な修練が必要だぞ?
「————【大地にそびえ立つ聖塔の十字架】」
んんんー!?
あれって【聖王】系譜のスキルを習得してないと発動できないよな!?
シロナのユニークスキルって聖王系なの!?
それとなく女勇者と系統が被ってないか?
いや、でも女勇者の名前はユウだし……そもそもシロナは白髪で、俺が記憶している女勇者の髪色は蒼銀髪だった。
まあ、女勇者の当て馬としてはいい人材ってわけだろう。
このまま育て上げて————
「————【天馬と共に】!」
「————【絶対の盾】!」
んんんー?
アリシアとかいう少女騎士があの猛攻に耐えた? しかもまさかの反撃……?
あそこまでの防御力を誇るスキルは、『ガチ百合』のパーティーで気分屋ワガママクソタンクだった……俺の一番嫌いなヒロインの姫騎士しか知らないぞ!?
多分、あれってユニークスキル【触れられざる高貴】じゃないか?
しかも【天馬と共に】って、【天騎士】か【騎士王】のスキルを習得してないと発動できないよな?
姫騎士と戦闘スタイルが酷似しているように感じる。
そういえば言動もそこはかとなく似ているような?
いやいや、常にやる気のないあの姫騎士が、まさか市井の剣闘大会に出場するはずもないから……他人の空似だろう。
一国の姫がお忍びで、野蛮人が凌ぎを削る剣闘大会に出場するわけないか。
スチルやイベントシーンはほぼすっ飛ばしたので、姫騎士の性格なんて知らないけど、さすがに現実的じゃない。
そもそも今はゲームの五年前だ。
ここまで姫騎士が強いはずもない。もしそうだとしたら、難易度が跳ね上がっている周回モードの世界線になってしまう。
しかも二週目や三週目のレベルじゃない。
初期状態でレベル40以上だとするなら、もはや周回10週目の地獄モードに入っているかもしれない。それほど敵は強力になるし、スタンピードやら冠位種モンスターが出現するイベントが盛りだくさんになってしまう。
それに加えて『魔王編』や『七色戦争編』、『光の消失編』や『救済編』の難易度も上がり、世は乱世に次ぐ乱世に突入するだろう。
特に『桜花の大和姫』や『古喰い』関連はキツすぎる……。
そんなのグータラしたい俺にとって地獄だし、そんなはず絶対にない!
そう思いたい! いや、信じている!
ひ、姫騎士との共通点はその戦闘スタイルと、フルフェイス型の兜からはみ出た金髪ぐらいだしな。気のせいだ。
「勝者! 【金剛のアリシア】! 金剛のアリシアに盛大な拍手を!」
それに司会が言うように、少女騎士の名前はアリシアだ。
姫騎士の名前はアリスだったから、面倒な姫騎士ではないはず。
それよりもシロナの傷具合は……うん、ここから見ても大丈夫そうだ。憔悴はしているが、間一髪でアリシアが加減してくれたのだろう。
つまり両者には、一方が手を抜いてやれるほどの実力差があったってわけだ。
次の俺の対戦相手は【金剛のアリシア】に決定したようだな。
正直、姫騎士以外にも【触れられざる高貴】を使える奴がいるのは驚いている。
ただ、対人コンテンツをやり込んだ俺からすれば、彼女の戦闘方法は児戯に等しい。やみくもに強い技を放っているだけで、工夫のくの字もないお遊びだ。
「ネロとやらは、もっと私を楽しませてくれるのでしょう?」
アリシアは勝利の高揚に浸っているのか、健闘した対戦相手のシロナへ敬意を全く示さず、そのまま観戦していた俺に剣を向けている。
自分に負けた相手は眼中にないと。
きっとコイツは今まで圧倒的なユニークスキルに物を言わせて、自分より弱い者としか相対してこなかったのだろう。だからこそお山の大将気取りになってしまったのかもな。
鳥籠の中の温室に浸って飛べない鳥とはうらやましい。
だがここは一つ、ご要望通り対人戦の醍醐味ってやつを調教してやろう。
「仰せのままに、お姫様?」
俺は傲慢な態度のアリシアに、皮肉からなんとなく姫様呼びで応えてやった。
その高く伸びきった鼻っ面は、下賤な民に叩き潰される。
そんな意味を込めたのだ。




