22.苦手なものに女とお化けが追加された
間に合わなかったけど一応
「ユースケ、約束、忘れた?」
毎朝のことではあるが、いきなり人の家まで押しかけてきて、戦いを挑んできたユースケにナルミは首を傾げて見せた。
若干不機嫌なのだが、ユースケは気付いていないらしい。
「もちろん覚えているぞ。今日は俺の装備を整えるための素材を採集しに行くのだろう。だからいつもより少し早めに来たのだ」
ナルミはかぶりを振る。
「時間ない。朝ご飯食べてすぐ行く」
「ぬぅ、そうなのか。仕方あるまい。俺は外で待っていよう」
しかしナルミはユースケの腕を掴むと、中に引き入れようとした。
「ユースケ、ご飯食べよ?」
ユースケの顔が若干赤らんだ。
手を触れ合っていることに、多少は照れてくれているらしい。
「そ、それは悪い。それに俺はちゃんと食ってきたぞ」
「ユースケ、大食漢。私と同じ」
「まぁ、確かに食おうと思えばいくらでも食えるが……」
ナルミとユースケが入り口で問答を繰り広げていると、急に外から声が掛けられた。
「裕典君、ワタシタチ、一緒シヨウ?」
ナルミはその声にギョっとした。
声のした方を覗いてみれば、やはりそこにいたのはハナである。
ハナがニコニコと笑って手を振ってきた。ナルミは引きつった笑みを浮かべる。
ナルミはユースケと二人きりで行くつもりだったし、当然ユースケ以外には誰も声を掛けなかったのだ。
ということは、ユースケがわざわざハナに話したということになる。
ナルミは内心で「この朴念仁」と呟きながら、ユースケを睨みつけた。
しかしユースケは、ナルミが思いもしないことを口走り始めた。
「いやぁ、ナルミが声を掛けてくれたのだろう? びっくりするくらい朝早い時間に声を掛けられたから驚いたけど、何だかんだ仲良くしようとはしているのだな」
ユースケは満足げに頷いているのだが、ナルミは内心それどころではなかった。
ナルミは当然声を掛けていないし、ユースケも声を掛けていないと言う。
じゃあ、何で知っているのと、ハナを見やると、真顔の彼女と目が合ってしまった。
すぐにハナは何事もなかったように笑顔になるのだが、余計にそれが怖い。こんな朝早くから怪談話を聞かされた気分である。
このまま逢瀬を邪魔され、一日中怖い思いをしなくてはいけないのか。
断じて否と、ナルミは内心でかぶりを振り、己を奮い立たせる。
そして最後に残ったなけなしの勇気と知恵を働かせ、なんとか断る口実を思いついた。
「ユースケ、素材は魔物。冒険の基本は二人一組の組み合わせ、さらにそれの組み合わせ」
冒険者の編成は二人一組が基本となり、その組み合わせが二つで四人一組となり、最大で六人一組で組むことになっているのだ。
つまり三人は中途半端な組み合わせであり、通常こういう組み方はしないのである。もっとも絶対にいけないというわけではないのだが。
それでも何とかその線で推し進めようとナルミは考えたのだが、どういうわけかユースケの雰囲気は変わらない。
今だけは曇れその笑顔と、念じてみても、何も変わらなかった。
「そうらしいな。俺は素材が魔物だとは聞いていなかったんだが、花さんにはちゃんと言っていたんだろう?」
ユースケが花の後ろ側を見た。瞬間、口を開けて固まる。
そこにはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる人物がいる。
起きたばかりなのだろう。大きく口を開け、非常に眠そうだ。
ナルミの表情が歪んだ。
それはハナと同じ日本人の女なのだが、百歩譲って女であることを許したとしても、その恰好に大いに問題があるのだ。
こちらに向かって歩いてくる、背の高い短髪の女の名前は間宮杏奈。
ユースケやハナと同じ魔獣食の成功者であり、そしてその力はナルミやユースケに遠く及ばないが、ハナと比べれば高く、場所を限定すればであるが、狩猟の民の中でも一流の実力者といえた。
「チーッス」
アンナが日本語で挨拶してくる。
アンナの着ている服は、体を隠す面積が少なかった。そして体のラインがぴちっと出ている。
普段からずっとこの格好というわけではないのだが、冒険に出掛ける時、彼女はこの“競泳水着”という服装で現れるのだという。おかげで狩猟の民の男からは大人気だ。
一応ちゃんと外套は持っているのだが、そんなに寒くないのだろう。彼女はそれを肩に引っ提げていた。
「お、おお、お早うごじゃいます。ま、まみ、あ、じゃなくて、あ、杏奈さん」
ユースケが顔を耳まで真っ赤にしてアンナから逸らし、いつもの元気がどこかに吹き飛び、噛み噛みになってようやく挨拶を返していた。
ナルミは今最悪の気分である。
冒険を断る口実が無くなり、しかも同行者がこの二人とは、最悪の一日になりそうだった。
ナルミがどんよりとしていると、近づいてきたアンナが両手をばっと広げて抱き着いた。
ハナでもナルミでもなく、ユースケに。
「ユースケ、×××××××××××××××××。××××××××、××××××××××」
アンナは悪戯っ子のような表情をしており、何やら日本語でユースケに言ってから、彼の前髪をかきあげてしまった。完全に彼をからかっていた。
その途端、ユースケの顔貌があらわになる。
ユースケは普段前髪で顔を隠しているためわからないのだが、晒されたその顔は美しく整っており、隠してしまっているのがもったいないと感じられた。
だがユースケは顔を晒すのが苦手らしく、こうなるとまともに女性と話せなくなってしまうらしい。もちろん露出が多い女性も十分すぎるほどに苦手だった。
そもそも女性が苦手なのだ。
露出が多い女が現れ、抱き着かれ、顔を晒され、どう見てもユースケの限界値は超えていた。
「ギャアァァァァァ!」
ついに限界を突破してしまったらしいユースケは、発狂しながら顔を押さえてうずくまってしまった。
うずくまったまま、幼子のように泣き出してしまう始末である。
「ア、ヤベ」
アンナが何か呟いているが、もう知ったことではない。
ナルミは怒り心頭でアンナに近づいていった。
しかしナルミが何かするよりも早く、ハナがアンナを後ろから羽交い絞めにし、ずるずると引きずってユースケから引き剥がした。
ハナは笑顔のままであるが、何か黒い靄のようなものが見える気がし、ナルミは思わず身震いしてしまった。
アンナも徐々に表情が青くなっていく。
どうやら後ろからハナが何事かを呟いているらしい。笑顔のままで。
その後少し時間が掛かったが、なんとかユースケが復帰した。
アンナがユースケに何度も頭を下げて謝罪し、ユースケもそれを許した。ちなみにアンナはハナに言われたのだろう、ちゃんと外套を羽織っていた。
「今日、やめとく?」
ユースケの絶不調を心配してナルミが声を掛けると、ユースケはかぶりを振った。
「いや、大丈夫だ。見苦しいところを見せたな。いつの間にか出発の予定の時間になってしまった。早く行くとしよう」
ユースケは元気と調子が大幅に低下してしまっているようだが、装備の素材を手に入れるのはユースケのためでもある。ユースケが大丈夫と言うのを信じ、ナルミは出発することにした。
目的地は遠く、とても歩いて行けるような距離ではなかったため、ナルミは予め移動手段となってもらうための動物を用意していた。
それは黒い体色に白い縞模様が入り、口から下に向かって長い二本の牙を生やした虎である。
黒牙虎という獣であるが、ユースケの話によると、“さーべるたいがー”という動物に似ているそうだ。しかし見た目が似ているだけで、全く別の生物らしい。
ナルミは黒牙虎を二体用意していた。
本当はユースケと二人だけで行くつもりだったのだから、当たり前である。
しかしこれは嬉しい誤算となった。
黒牙虎は人を二人乗せて走ることなど、何の造作もない。
だがユースケが、女性と二人きりで黒牙虎の上に乗るのは造作しかない。ただ一人、ナルミを除いて。
そのためナルミは、ユースケと同じ黒牙虎に乗って移動することになった。もちろん移動中は密着したままである。
こればかりは二人に感謝していいと、ナルミは思っていたのだが、ふと寒気を感じて振り返った。
そこにいたのは、言うまでもなく真顔のハナである。例の如くにっこりと微笑みかけられた。
「ユースケ、女、苦手」
ナルミはユースケだけに聞こえるようにボソッと呟いた。
「あ、や、いや、俺は別にそんなわけじゃないぞ。それにほら、ナルミとはこうして触れ合っていても何の問題もないじゃないか」
嬉しいことではあるのだが、それは果たして本当に女として見られているのだろうかという不安もなくはない。
しかし今言いたいのはもっと別のことだった。
「私も女、苦手」
「ん? は? そうなのか?」
ユースケは戸惑ったような声を上げたが、すぐにくすくすと笑い始めた。
冗談か何かと思ったのか、少しは元気を取り戻してくれたようで何よりであるが、ナルミは本気である。
「ついてきて」
ナルミはハナたちに言うと、黒牙虎の腹を蹴って走らせた。
ハナたちも問題なくついてくる。
この国での移動手段はだいたいがこの黒牙虎であり、日本人たちも幾度となく練習してきたから上手く乗りこなせるようになっているのだ。
ちなみにこの国といっても、ユースケたちから聞かされた日本という国から見れば、せいぜい村程度にしか見えないような場所なのだろう。
いや、この世界においても、農牧の民から見ればそれは同じことに違いなかった。
ナルミは何度か農牧の民の国に入ったことがあるが、あそこはここと比べれば大きく発展していた。
だからといって、彼らの世界に憧れるわけではない。
この国にはない、一晩中開いている飲み屋、ナルミでも可愛いと思ってしまう服を置いている店に、化粧品店、魔石とはまた違った宝石店なんてものまであった。
あの国には楽しいこともたくさんある。しかしナルミにとっては窮屈に感じられた。
どこに行っても人は大勢いるし、人と人との繋がりが多すぎる。
そう、しがらみが多いのだ。
ナルミはこの国が好きだった。
どこまでも広がる草原。そこにまばらに建てられた石造りの家。
大きな建物なんて、グラヘルの住む一応は王宮と呼ばれる、農牧の民の都市にある図書館ほどの大きさのものしかないし、その次が冒険者協会の支部くらいだった。
国土は遥かに狩猟の民の土地の方が広いのに、その程度の物しか建てられていないのだ。
だが問題も多くある。
その一つが日本人たちだった。
彼らには土地を与え、今はそこで暮らしてもらっている。
ユースケのように、土地を離れて自分の隙にいる者もいたが、それは僅かだった。
彼らはこの国で生きていくには、あまりにも非力だったのだ。
彼らは故郷に帰りたがっている。
帰る方法は今のところ何も見つかっていないが、もし見つかれば喜んで帰っていくだろう。
もしかしたら、その時ユースケもまた、帰って行ってしまうのかもしれない。
そうじゃなくとも、何人かは農牧の民の土地に移り住むことになりそうであり、それについて行ってしまうということだって考えられた。
ナルミが振り返ると、ユースケが首を傾げた。
ナルミはそんな感傷は口に出さず、代わりに伝えるべきことを伝えることにした。
「これから向かうのはあの山」
ナルミの指差す先には大きな山があった。
それは禿山で、草一本生えていないのが遠目でもわかる。そして何より、その禿山は活火山だったのだ。
「ほう、あんなところに何がいるのだ?」
「溶岩熊」
「等級は?」
「大鬼級より少し上」
ナルミはユースケがどんな反応をするのだろうかと期待した。
今までユースケが倒したことがあるのは、大鬼級の一個下の邪妖精級が最高だったのだ。それも四人一組で。
もちろん今のユースケであれば、一人でも余裕で倒せる相手だろう。
それでもナルミは知りたかった。
今までにない脅威と向き合った時、ユースケはどうするのか。
後ろを振り返れば、ユースケは不敵に笑っていた。
「それは楽しみだな」
ナルミはその口元を見て安堵した。
ユースケは自分と同じ世界に住む人間なのだ、と。




