21.あれから三か月が経った。大変だった
推敲無し、誤字脱字チェックなし
ナルミは狩猟の民の間ではもちろん、農牧の民の間でも有名な戦士だった。
戦場において狩猟の民は彼女を守護神と呼び、農牧の民は死神と呼ぶ。
そんなナルミの一番有名な話が邪竜の討伐であった。
農牧の民にとって竜とはただの魔物の一部に過ぎないのであるが、狩猟の民にとっては違う。
竜とは良き隣人であり、信心深さというものを持ち合わせない彼らが唯一敬い崇めるものでもあるのだ。
実際のところ、竜は非常に身体的能力も知能も高く、一部の上位竜は人語すら介することができる。そもそもその圧倒的な力ゆえ、人間が討伐できるような代物ではない。
かといって竜は人を滅多なことで襲ったりはしなかった。
人を襲うこともあるにはある。例えば竜の住処が人間に侵された時だ。
農牧の民は開発を進めており、その結果竜との衝突が多く、農牧の民の信仰も相まって竜を魔物と認定したのである。
しかし時にはそういった理由以外で人を襲う竜もいた。
というより、狩猟の民に邪竜と呼ばれる竜は、何の意味もなく人を襲うのだ。意味と言えば、『楽しいから』という快楽的欲求に従ったものくらいしかない。正しく邪竜と呼ばれるに相応しい。
ナルミはそんな邪竜の一匹を討伐したことがある。
と言っても、それはもちろん単独で行ったことではなく、軍を率いての討伐だった。
彼女はそこで獅子奮迅の活躍をし、壊滅しかかった軍を守りながら最後に竜の首を切り落としたのだ。
ちなみにナルミが普段から着ている漆黒の甲冑は、その時倒した邪竜、マーグニスの鱗から作られており、彼女が愛用する自慢の逸品だった。
ただナルミは、“マーグニスの鎧”を自慢することはあれど、自身を誇示することはなかった。
邪竜マーグニスを滅ぼせたのは、自分一人の力ではなかったし、ナルミ自身も死にかけたのだ。とてもではないが竜殺しを名乗ろうとは思えなかった。
それでもナルミは周りからは敬われ、最強の戦士の一角として目を向けられた。
ナルミ自身もそれを嫌がることはない。むしろ戦士として尊ばれることは、最高の栄誉である。
だから今回の事態に見舞われたとき、そしてユースケとの出会いは、ナルミに困惑をもたらしたのだ。
ユースケはナルミを戦士として扱うのと同時に、一人の女性として扱った。
それでもユースケは、ついナルミを女性として見るのを忘れてしまうなどと言うのだが、自分の仲間たちや、ユースケの仲間たちと比べても、格段に特別扱いされている気がするのだ。戦士ではなく、女性として。
いや、実際にユースケは、ナルミを女性としても特別だと言っていた。
ユースケ自身は深い意味があってそう言ったわけではないようなのだが、他の女性には話しかけるのも躊躇う、言葉遣いもまるで違うなど、明らかに対応の違いがあれば、自分は彼にとって特別なのだと意識してしまうのである。
そういったユースケの対応のせいなのだろう、気が付けばナルミもまた、ユースケを特別に扱ってしまっていたのだ。つまるところ、ナルミはユースケに惚れていたのだった。
「ナルミ! さあ! 俺と勝負してくれ!」
朝一番にユースケは声を掛けてくる。自分との距離を測り損なっているのではないかと思えるほどの大音量だ。
「ユースケ、うるさい」
「むぅ、すまん」
一度注意すれば、しばらくは静かになってくれるようになっただけまだマシだろう。言葉が通じなかったときは、なかなか大声をやめてくれなかったことを考えれば。
ユースケたちと出会ってから三か月が経っていた。
あれから結局ユースケの他の仲間は見つからず、『日本』という世界からこの地まで来たのがユースケたちだけだったのか、違う場所に飛ばされてしまったのか、もしくは麓にいた農牧の民に保護されたのだろうという話になった。
自分たちの仲間が死んだとは、ユースケを含めてほとんどの“日本人”が考えていなかった。
考えないようにしているのではない。そんなことは起こりえないと、心から信じ切っているのだ。
特にユースケやタカネによれば、あの中にはカナメやヒロトという彼らの友人がおり、ユースケとタカネを凌ぐほどに頭脳明晰なのだという。しかも戦闘能力も高く、生き残る術一点に絞れば数段上だという。
ユースケやタカネもかなりの実力者だ。その二人が認め、あまつさえ負けている部分があるというくらいなのだから、そもそも仲間たちが簡単に死んでいる姿を想像すらできないのかもしれない。
しかしハナだけはそうではないようだった。
妹のことを心配しているのだ。といっても「うーん、大丈夫かなぁ。まぁ、いっかぁ」と言っていたくらいなので、心の底から心配しているというわけではなさそうである。
ただ彼女は気になることを言っていたらしい。
ユースケが「心配ありません! あのヒロトが一緒にいることでしょうし!」と声を掛けると、ハナは「うーん、だから心配なんだけどねぇ」と意味深なことを言ったそうだ。
ユースケがそのあと聞き返しても、ハナは気にしないでと言ってそれ以上は語ろうとしなかったそうである。
もちろんナルミにはどんな意味かなんて分からないし、自分に出来ることはハナの妹の無事を一緒に信じてあげることだけしかないと思っていた。
もし農牧の民の国で生きていることが分かれば、ナルミであれば簡単に潜入することができるから、探してきてあげることだって可能である。
ただ一つ問題があるとすれば、実はナルミは、ハナが苦手だったのだ。
ハナはいつも笑顔を絶やさず、スタイルも良く、可愛らしく優しい女性だった。一見すれば。
だが実際のところは、何を考えているかわからないし、それよりも何よりもふとした時に気が付くと、ハナはこちらをじっと見つめているのである。笑顔のない、真顔で。
目が合ったら視線を逸らしてくれればいいのに、ハナは目が合った瞬間いつもの笑顔に戻り、ニコニコと微笑み掛けてくるのだ。ナルミは何度叫びかけたかわからなかった。
きっと恨まれているのだろう。
ユースケと初めて決闘した時、いや、あれは一方的に殴っているだけだったが、ナルミの足を掴んで邪魔をしてきた人物がいた。それがハナだったのである。
弱っている上にそもそも戦う力のない人間を足蹴にするなど、戦士として最低の行為だし、恨まれて当然だろう。
やめてくれといいたいのだが、自分に負い目があるため、それを言い出すこともなかなか出来なかった。
だからといって、ナルミはハナが苦手なだけで、悪く言うつもりは毛頭ない。
それに彼女は立派な戦士の一員だ。
三か月前までは農牧の民の一般的な女性と何の変りもない、か弱い女であったが、あれから鍛えて戦士として立派に戦えるようになったのである。
日本人たちはすぐに鑑定石でその素質を測った。
鑑定石でわかった素質は、普通は親や王などの、目上の者にしか見せず、知った者たちも口外しないのが掟なのだが、彼らがこの世界の常識に疎いのは承知だったため、例外的に全員で情報を共有して、どう対応していくか協議することになったのだ。
そのためナルミは全員の鑑定結果を見ていた。
ハナは次のような素質の持ち主だった。
名前:カガミ ハナ
職業:結界師
体力:小鬼級(八段階中下から二番目)
攻撃:小鬼級
耐久:小鬼級
俊敏:小鬼級
魔力:黒妖犬級(八段階中下から四番目)
器 :邪妖精級(八段階中下から五番目)
異能
自動発動型:なし
任意発動型:聖なる守り(対象の無事を願うことで防御壁を発動する)
魔力はそこそこに高く、才能を示すと言われる“器”もなかなか高いと言える。
しかしそれ以外は壊滅的で、全てが小鬼級(あくまでランクであり、ゴブリンと同等の能力という意味ではない)しかなかった。
それが今ではここまで変化した。
名前:カガミ ハナ
職業:結界師、白魔法使い、狩人
体力:小鬼級→黒妖犬級
攻撃:小鬼級→悪鬼級(八段階中下から三番目)
耐久:小鬼級→悪鬼級
俊敏:小鬼級→悪鬼級
魔力:黒妖犬級→邪妖精級
器 :邪妖精級→大鬼級(八段階中下から六番目)
異能
自動発動型:応援(戦闘時、付近の味方数名の体力を回復する)
気配隠蔽・小
任意発動型:聖なる守り(対象の無事を願うことで防御壁を発動する)
邪封印(対象を封印する。効果は永久継続)
驚異的な成長ぶりだった。
全てが悪鬼級まで成長し、器は大鬼級まで伸びたのである。
だが普通は、器が成長することは有り得ない。
もちろん他の能力が伸びたり、異能が増えたりしたのにはハナの努力もあったわけだが、器とは生まれてから一生変わらないもので、それが変化するということはないのだ。
それを可能にしたのが“魔獣食”だった。
魔獣食とは、そのままの意味の通り、魔獣を食べることである。
魔獣は体のどこかに魔石がある獣のことだ。
それを理由に、ナルミたち狩猟の民は農牧の民に“魔族”と呼ばれているのだが、今はさておき、魔獣を食べるとどうなるかといえば、体の作りが変わるのだ。
ハナの例を見ればわかる通り、正しく別人になるのである。
ただし魔獣食とは良いことばかりではない。
魔獣の肉は、基本的には人間の体にとって毒なのだ。
まず普通に食べようと思って食べられるほど美味くもない。むしろ思わず吐き出してしまうほど不味い代物である。
そして何とか腹の中に収めても、まず間違いなく食中毒になる。食中毒は一日以上続き、下手をすれば命を落としかねない。
狩猟の民は生まれつき耐性があるためそこまでの事態にはならないが、信仰上の理由でふつうは食べないが、農牧の民が食べればまず間違いなく食中毒を起こすし、それは日本人であっても同じだった。
ユースケたちにはまず言葉を教え、理解できるようになってから、魔獣食をするかどうか本人たちの意思に委ねた。
結果大多数の者が同意したのだが、結局それを成しえたものはごく少数にしかいなかったのだ。
やり方は、まず一番毒性の弱い小鬼の肉を食べることから始める。
この時点で大多数の者が脱落した。
そもそも食べることすらできない者が多くいたのである。この結果はナルミも想定外だった。
そして食べることができても、軽い食中毒を起こしてしまう者がほとんどで、この時点で残った物はわずかとなってしまったのだ。
ハナがその一人というわけだが、彼女はほとんど執念で乗り越えたのである。
小鬼を食べた時点で脱落していてもおかしくなかったのに、耐性が付くまで何度も挑戦し、一番時間はかかったが見事乗り越えて見せたのだ。
反対に初めからほとんど苦労することがなかった人物がいた。
ユースケだ。
彼は、「ん? 不味いのか? 全然普通に食べられるぞっ」と、小鬼どころか邪妖精まで食べてしまったのだ。
食中毒の症状も非常に軽く、「俺としたことが! 下痢を起こすとはっ!」と嘆いていた程度である。
要するに頑丈で味音痴なのだけなのだが、ナルミはそれを笑えない。
なぜならナルミもまた、何でも不味いとは感じないからだ。さすがに美味しいとまでは思わないが。
だがそのおかげもあり、最強の一角に数えられるようになったし、ユースケもまた恐ろしいほどに成長したのである。
名前:カナモリ ユースケ
職業:格闘家→魔闘士、聖闘士
体力:黒妖犬級→大鬼級
攻撃:邪妖精級→蛇王級(八段階中下から七番目)
耐久:大鬼級→竜級(最大級)
俊敏:黒妖犬級→邪妖精級
魔力:邪妖精級→大鬼級
器 :大鬼級→竜級
元からあった能力も、十分上級冒険者として生きていけるほどの高さだ。
しかし生まれ変わったユースケはそれ以上だった。
職業も魔と聖を併せ持つ珍しいもので、異能も通常なら持ちえないような強力なものが揃っていた。
ナルミは新たな英雄の誕生を喜んだ。
農牧の民には存在しない、そして狩猟の民にも数えるほどしかいない竜級、ユースケは至ったのだ。自分と同じ強さの頂点へと。
もう無理




