17.動物に好かれないけど、別に動物好きじゃないからいい
次の日の朝、ヒロトは目覚めると日向が目を覚ますのをそのまま待ち、二人でともに木の下へと降りて行った。
ヒロトは出発の準備をするのかと思ったのだが、ゲイリーたちは荷物を片付ける様子を見せず、弓を取り出したりしている。その様は兵士といえば兵士なのだが、狩人に見えなくもない。
ヒロトのまさかという考えは当たっていたようで、ゲイリーたちは今から彼らの町へ帰るのではなく、ここで狩りを行うようだった。
つまりは狩りをしないと、ここにいる人数の食料を確保できないということであり、少なくとも一日、二日で辿り着けるような距離でもないということだろう。
「こりゃあ、長くなりそうだな」
ヒロトがぼそりと呟くと、日向が首を傾げて見つめてきた。
「えっと、日本に帰るのが?」
「いや、野宿」
「えっ……」
絶句する日向をよそに、ヒロトは日向の手を引いたままつかつかとゲイリーのところまで行った。
「ゲイリー、ヒロト、テツダウ」
片言で話すヒロトにゲイリーはすんなりと頷き、弓矢を一式渡してきた。
自前のボウガンがあるが、ヒロトは渡された弓矢を借り受ける。矢が壊れるのも嫌だったし、ボウガンだって使えば損耗するのだ。
ほとんどの同級生がまだ眠る中、ヒロトは日向を連れてゲイリーと狩りに出かけたのだった。
それから三十分もゲイリーのレクチャーを受けると、ヒロトはすんなりと弓矢の使い方を習得していた。
木に向かって試し打ちすると、難なく幹の中心に刺さる。
もともとボウガンを扱えるということもあり、狙いを定めるのも下手ではないどころか、ヒロトの持つスキルも相まって、ゲイリーが呆気にとられるほど上手くなっていった。
初めは木に当てて練習していたのだが、すぐに動く標的を探すことになった。本来の目的は弓矢の練習ではなく、食料の確保だ。
これから供に長旅するかもしれないゲイリーに能力を隠していても仕方ないと思ったヒロトは、自分から積極的に獲物を探すことにした。
どう転ぶかはわからないが、ゲイリーに自分の有用性を見せておいた方がいいと思ったのだ。
ヒロトがものの数分で獲物を発見すると、ゲイリーもヒロトの能力に気付いたようである。
しかし見つけた獲物が問題だった。
飛び越えていける程度の小川を挟んで、それは木々の間を移動していた。
「大きい……! でも何かしら、あれ?」
日向が驚くのも無理はない。
それは巨大だったのだ。
荷馬車に使われていたサイよりもさらに巨大な体の持ち主だった。
そして日向が言うように、それが何だかヒロトにもよくわからなかった。
一言でいえば巨大なモップである。巨大なモップが足を生やして歩いているのだ。
「体は毛の長いマンモスってところだが、頭はバッファローだな。毛の間からちょっとだけ角が生えてる」
ヒロトは言いつつ視線を感じてゲイリーを見ると、彼は憮然とした表情でヒロトを見つめていた。
何でよりによってアレにしたんだとでも言いたそうだ。
もちろんヒロトも、ここにあのマンモスのようなバッファローがいることには気付いていた。普通に矢を当てたところで、全く効かないどころかあの毛に阻まれて皮膚に貫通すらしないだろうということもわかっている。
それなのになぜあれを獲物にしたかといえば、ヒロトにもちゃんと考えがあってのことなのだ。
さっきの練習で、ヒロトは何か不思議な感覚を掴みかけていた。
それを試してみたい。上手くいけばあの大物ですら仕留められるかもしれない、ヒロトはそう考えていた。
ヒロトはおもむろに弓矢を構えた。
「××! ××××××!」
ゲイリーが叫ぶのも無視してヒロトは狙いを定める。
すぐに発動する気配はない。
何かが足りない。あと少しなのに。
足りないのは鍵だ。それを発動させるための鍵が必要なのだ。
その鍵とは何か、ヒロトはそれを紡ぎだした。
「【穿ち:火の鳥】」
ヒロトは矢を放った。
その瞬間にそれは起きる。
放った矢が赤く燃え上がり、鳥の姿となった。
真っ直ぐに獲物に向かって飛翔する火の鳥は、その凄まじい勢いのまま獲物に命中し、その巨体に大穴を開けた。
胴体の大部分を失ったマンモスとバッファローの合いの子は、自分に何が起きたのかもわからない内に絶命したようだ。
そのまま頽れるように倒れた。
同時にヒロトもその場に膝をついてしまっていた。
息は荒く、具合も良くない。立ち眩みと吐き気がいっぺんに襲い掛かってきたような感覚だ。
おそらく魔力欠乏症とかだろうとヒロトは考える。要も同一の減少に襲われ倒れたに違いない。もっとも要の方が症状は重いようであるが。
ヒロトが一息ついて顔を上げると、ゲイリーが眼を点にして倒れた獲物を見ていた。
どうやら異世界においても、これほどの威力の技はそうそうないのかもしれない。となると、要の使った技は、どこかで見ていたゲイリーたちにもっと驚愕されていたはずである。
やはりゲイリーたちがヒロトたちを救助したのには、何かしらの魂胆があるとみるべきだった。
ただ、今のこの何もわからない状況では、上手く利用されてやるしか道はない。
ヒロトはとりあえず起き上がり、どうだという風に胸を張って見せた。
ゲイリーはぽかんとした表情のままだが、その顔のままでヒロトの頭に軽くチョップを落としてきた。
「何故だ、解せん」
ヒロトが頭を抱えていると、ゲイリーは巨大な獲物の胴を指差して首を振り、今度は頭を指差した。どうやら頭を狙えと言いたいらしい。確かにあれでは食べられる部位が少なくなってしまうだろう。
「ベツノショクリョウサガス」
ヒロトが抗議するように言うと、ゲイリーは大きく息をついた。
どうやら何かを諦められたらしい。
気を取り直して肉を切り取りに行こうとするのだが、なぜか日向が待ったをかけた。
「ヒロト、今の技、私もできるかも」
「は?」
ヒロトはさすがに驚く。
折角気合を入れて編み出した必殺技を簡単に真似できると言われれば当然の反応だ。
しかし日向は驚くヒロトから弓矢をひったくり、そのまま獲物の頭に向けて構えた。
できればできないでほしいとヒロトは願うのだが、次の瞬間、
「【穿ち:火の鳥】」
日向の放った矢は見事にヒロトと同じ火の鳥となった。
だが幾分か威力は劣るらしい。ヒロトの作った火の鳥より一回りほど小さい。
それでも獲物の頭部を消し去るには十分な威力だったらしく、バッファローの頭は完全に消滅してしまっていた。
ヒロトがその光景を憮然とした表情で眺める中、日向は少し脂汗を掻いているが、それでも嬉しそうに「ほらね、できた!」とはしゃいでおり、ゲイリーはなぜかゲラゲラと笑っている。
「ちっ、いいからとっとと解体するぞ」
ヒロトが不機嫌にそう言い、小川を飛び越えてさっさと向かっていった。
「ちょっと待ちなさいよ」
日向がその後を追う。
先に辿り着いたヒロトは持っていた自前のナイフで解体を始めた。
といってもやり方を知っているはずもなく、「こんなもの皮を剥げばいいんだろ」と言わんばかりの随分と雑な捌き方だ。
見かねたゲイリーがすぐに追いかけてきて、手本を示してみせる。
ヒロトはこうして異世界のサバイバル技術をまた一つ習得したのだった。
幾分気持ち悪そうにしているが日向もゲイリーからナイフを借りて参加し、三人で肉と皮を回収していった。
しかし三人だけでは到底持ちきれそうにない。
「コレ、ドウスル?」
ヒロトが訊くと、ゲイリーは自分がここで待っているから二人で人を呼んでくるように指示する。
二人が遭難者であることはわかっているようだが、ヒロトの能力を既に把握しているため、二人に任せたのだろう。
ヒロトと日向は言われた通り、二人で元来た道を戻り始めた。
しかししばらく進んだところで、日向が足を止める。
ヒロトは日向を怪訝な表情で振り返った。
ヒロトも自身の能力で、そこに何があるかはわかっていた。
だが気にも留めていなかったのだ。
そこにいるのは小動物だった。脅威になるようなものどころか、餌にさえならないほど小さな。
「ねぇ、見てヒロト、何これ超かわいい!」
その小動物は全身黄金色で十五センチほどの体長しかなく、丸い耳とくりくりとした目を持っている。
「イタチか、いや、これはオコジョか?」
しかしこんな毛色のオコジョをヒロトは知らなかったし、何より、そいつの額にはマンティコアの額についていたようなクリスタルがある。
違うのはその額のクリスタルの色が紫ということだ。
仮にオコジョと呼ぶその小動物は、木の根の上に乗り日向を見詰めていた。
「ほら、おいで」
「こら、どんな菌を持っているかわからないんだ。やめておけ」
しかしヒロトが注意する間に、オコジョはするすると日向の足元まで移動し、ちょこんと日向の靴の上に前足を乗せる。
「かわいい~」
日向が蕩け切った顔でオコジョを眺めている。
「ねぇ、ヒロト。この子飼おう。ううん、私飼う。決めた」
「決めたじゃねぇよ。どんなウイルス持ってるかわかんないし、急に巨大化して襲ってくるかもしれないだろ」
「そんなわけないでしょ。ほら、この子の人懐っこさ見てよ」
オコジョは日向の足をするすると登っていき、肩まで移動すると、日向の顔をぺろぺろと舐め始めた。
さすがに異世界の生物の危険を判断することはできず、ヒロトは訝しんだ表情のままオコジョに顔を寄せる。
「確かオコジョって凶暴なはずなんだが、こいつは大人しいのか?」
ヒロトも試しに指を差しだして見る。
すると、
――ガブっ。
がっつり噛まれた。
「ほう、なるほど、そう来たか。日向、どうしても飼うって言うならもう止めないけど、俺が何か変な病気になったらそいつを焼き殺すからな」
「ヒ、ヒロト、ちょっと怖いわよ?」
ヒロトはそれ以上何も言わず、さっさと行こうとするのだが、オコジョの様子がおかしい。
何やら招き猫のような仕草をしているのだ。
ヒロトは念のために構えた。
もしかしたら仲間を集めているのかもしれない。そして一斉に襲うのだ。有り得ない話ではない。
しかし仲間はどこからも現れない。
起きたのはもっと別のことだった。
オコジョの額のクリスタルが光った。
すると、オコジョの目の前の何もない空間から、突如何か小さなものが現れたのだ。
それは物理法則に従って地面に落ち、コロコロと転がった。
「木の実、かしら?」
オコジョは日向の肩から降りてそれを咥えると、日向の方に差し出すような仕草をした。
「何? くれるの?」
日向が手のひらを差し出すと、そこに赤黒い木の実を乗せる。
やはり木の実を日向にあげたいようだ。
「もうなんて良い子なの!」
ヒロトは体をくねらせる日向を、しばらく白い目で見ていたのだが、途中でふと違うことが気になった。
このオコジョはどうやって木の実を出現させたのだろう、と。
ヒロトは試しに木の枝を拾って、それを日向に渡した。
「ちょっとこれをそいつに仕舞わせてみてくれ」
「ん? 何言ってんの?」
ヒロトは自分の考えを簡単に話した。
もしかしたらそのオコジョは、自在に物を仕舞ったり出したりできるのではないかと。
ちなみに自分で直接オコジョに渡さなかったのは、おそらく自分では言うことを聞かないだろうと判断したためだ。そして実際にそうなったら、踏み殺してしまいかねない。
「わかった、やってみるわね。ほら、この枝を仕舞って」
オコジョは日向の言葉を理解しているようだ。
日向がお願いした瞬間、本当に枝が消えてしまったのだから。
「なるほど、こいつは便利だな」
ヒロトは一人頷き、そしてまた新たな疑問が浮かんだ。
収納系の能力があるなら、果たしてどれくらいの容量まで仕舞っておけるのだろうかと。
「日向、おっさんのとこまで戻るぞ」
ヒロトはちょうどいいものがあったのを思い出し、試してみることにしたのだった。




