16.どんな状況だろうと眠いから寝る
「うわー、やっぱり野宿でござるか。異世界ファンタジーでこういうシーンってよくあるでござるが、実際やるとなるとめっちゃ嫌でござるなー」
野宿もしたことないのか、これだから金持ちどもは、とヒロトは思ったのだが、よく考えれば金持ちでなくとも野宿した経験のある十六歳、十七歳などいないだろうということに思い至り、ただ溜息を吐くに留めた。
一方でヒロトはテキパキと枯れ枝を集めたりして準備を進め、日向もそれを手伝っている。
「こうやって野宿するなんて何年ぶりだろうね」
「日向、今はこれからどうするか考えよう。昔のことよりも」
「……うん」
もう十年近く前、二人は何度も野宿した経験がある。あの裏山で。
それは日向とヒロトだけの思い出で、他にそれを知る人間はいない。
いや、一人だけいた。日向の姉が。
しかしその当時の思い出を掘り起こすのは、絶対に避けなくてはいけないのだ。少なくとも今はまだ。
野営の準備が終わると、兵士たちは外套を生徒たちに配り始めた。
ヒロトは首を傾げた。
明らかに量が多いのだ。この人数にこの外套の数はどう考えてもおかしい。
「近くで何かしらの戦闘でもあったのかもしれないな」
ヒロトが言うと、日向は首を傾げた。
「え、何で?」
「外套もそうだが、明らかに荷台に積んでる食料やら装備やらの数がおかしい。仮にここで待っていた兵士たちが補給部隊だとすると、あの山にはゲイリーたちの他にも兵士がいたはずだ。それなのに、物資を俺たちに分け与えてるってことは、ゲイリーたち以外の兵士は……」
「戦闘で死んだってこと?」
「多分な」
ヒロトの言葉に、日向は生唾を飲み込む。
もしかしたら自分たちも、その誰かに襲われるかもしれない、と思ったのだろう。
「でも待って。ゲイリーさんたちが生きてるってことは、もうその敵も倒したんじゃない?」
「どうかな。だけどとりあえず危険はないみたいだ」
ヒロトはゲイリーの方を向いて言う。
彼は微笑んでおり、敵の襲撃を警戒したり、死んだ仲間のことを思って沈痛にしていたりする様子もなかった。
普通に考えれば、すでにゲイリーたちがその敵を倒したから安心していると考えるのだが、それにしては疑問が残る。
ゲイリーたちは誰も怪我一つしておらず、返り血すら浴びていなかった。
そこから導き出される答えはいくつかある。
一つはこの物資がそもそも自分たちのために用意されたもので、自分たちが誰かの意思で異世界召喚されたということ。
しかしヒロトは、状況から考えてそれは薄いと思っている。
残された答えは、ゲイリーたちだけが戦闘に参加していないということだ。
ゲイリーは何らかの理由により、後から戦闘に参加する予定だったが、参加できなかった。例えば着いた時にはすでに先発隊の戦闘が終わっており、敵も帰ってしまっていたとか、自分たちの仲間が全滅するのを確認してそのまま逃げ帰ったとか、考えられることはいくつかある。
だがそのどれもが、ヒロトは納得できなかった。
しかしヒロトはそれ以上考えることをやめた。
ゲイリーが何を考えているか、何をしようとしているかなんて、いくらでも仮説は出て来るし、反対に言えばそのどれもに決定づけることがなく、結局はわからないのだ。
薪に火をつけ、その周りに外套を羽織った生徒たちが集まる。
ゲイリーたちが生徒たちに食料を配ってくれた。チーズに干し肉、それと何かの木の実だった。
食料の粗末さに多くの者が文句を言っているが、それよりもヒロトは気になることがあった。
それは兵士の一人がつけた火だ。
誰も気に留めなかったのは、一瞬のうちに火がついてしまったのと、兵士が何かを手に握っていたため、おそらく火打石か何かで火を点けたと思ったのだろう。
しかしヒロトの目にははっきりと映っていた。
手に握っていたのは、赤く光る宝石のような石で、それを何かに打ち付けることもなく、小声で何かを呟いた瞬間に火が付いたのだった。ヒロトの知識にある限りでは、ルビーがそれに一番近いだろうか。
ヒロトはその兵士に近づいていき、何を持っているのか見せてもらった。
兵士は「なんでそんなことが気になるんだ?」と言いたげな表情だったが、特に断るようなこともなく、ヒロトにその宝石のようなものを見せてくれる。
「もしかしてアレか? “魔石”ってやつか?」
「おお、何か面白いものを見つけたのでござるね」
いつの間にやってきたのか、卓も興味深そうにヒロトが手に持つ宝石をしげしげと観察していた。
「よし、試してみるか」
「え、ちょっと……」
ヒロトは卓を無視して、足元にある木に向かって宝石を持った拳をかざし、「火よ点け」と念じてみた。
……。
しかし何も起こらない。
ヒロトはそれでも決して折れることはなく、今度は口に出してみることにした。兵士だって何か言っていたのだ。
「着火」
その途端、宝石を握った拳のわずか先から火花が散り、木に燃え移った。
「おお!」
「いやいやいや! 結構ヤバいでござるよ!」
慌てたように兵士が火をブーツで踏み消し、いつの間にか背後にやってきていたゲイリーがヒロトの頭に拳骨を落とした。
現役の兵士の精錬された動きを避けることができず、ヒロトは頭を抱える。
「××××っ××××、××××」
「もう、ヒロトは本当に落ち着きがないんだから!」
拳骨を落とされたうえに、日向にも怒られる始末だ。
しかし日向はゲイリーに頭を下げ、ヒロトの代わりに謝ってくれていた。ゲイリーも意味が通じたらしく、笑っている。
ヒロトは日向に引っ張られ、生徒たちの輪に入っていった。
一緒に食事を摂りながら、さっきのことについて考える。
「どうやらこの世界では、あの魔石みたいなのさえあれば誰でも魔法が使えるらしい」
「ほう、して、何か体調に変化などはござらんか? 魔力を消費したなぁとか」
ヒロトは首を傾げる。
「いや、どこも変わってない。どういう原理かわからないし、もし転移したことで魔力を得たんだとしても、さすがにちょっと火をつけたぐらいじゃ変化ないだろ」
ヒロトたちがそんな会話をしながら食事をしていると、兵士の一人がヒロトに水色の魔石を渡してきた。さらに全員の注目を集めるよう手を叩く。
どういうつもりなのか見守っていると、兵士は顔を上にあげ、魔石を口の真上、十センチくらいの高さに持って行った。
兵士が再び何事かを呟く。
すると、兵士の掲げた魔石と口の間くらいに水が発生し、それが兵士の口の中に注がれる。どうやらそれで飲み水を確保しているようだ。
兵士はそれをヒロトにやってみるよう促した。
「なんだ、俺は実験台か」
「アンタが勝手に火をつけるような真似するからでしょ」
確かにその通りではある。
きっとゲイリーたちは、ヒロトたちが魔石について知らないことに気付いて、やり方を親切にも教え、あとは躊躇せず実践してくれそうな相手に任せることにしたようだ。
「まぁ、気になるからやるけどさ」
ヒロトも同じ風にし、「飲み水」と呟いてみた。
すると同じように水が発生し、ヒロトの口内に注がれた。
「呪文は日本語でいいらしい」
ヒロトは面倒臭そうに同級生たちに説明する。
彼らも最初はおっかなびっくりという風ではあったが、できることがわかると途端にごくごくと飲み始めた。どうやら歩き通しだったためか、皆よほど喉が渇いていたらしい。
全員が一休みできるようになると、兵士たちは『自分たちが見張りをするから、もう寝ろ』というようにジェスチャーで伝えてきた。
随分至れり尽くせりな気はするが、ヒロトはとりあえずここは甘えて休ませてもらうことにする。
恐ろしいのはここまでしてもらっても、文句を垂れている同級生が多くいることだ。
もっともヒロトには関係のないことなので、さっさと眠ることにした。この世界の探索や研究などは、こう暗くては何もできないだろう。
ヒロトはうるさい同級生たちとは一緒に眠りたくなかったため、日向を連れて大木の一つに上って行った。木の上で眠った方がよほどよく眠れそうだ。
「私、けっこう寝相悪いけど大丈夫かしら?」
日向は高所恐怖症ではないのだが、少し心配そうだ。
「大丈夫、俺と一緒にいれば落ちそうになっても捕まえる。どうしても心配なら縄でも掛けといてやるよ」
ヒロトはそう言ってジャージからするすると縄を取り出した。しかしそれは縄というより、ワイヤーロープと呼んだ方が良さそうな鉄製の頑丈なものだった。
「アンタ、何でそんなものまで持ってんの……? ううん、いいわ。どうせ今日はそんなぐっすり眠れそうもないし」
「そうだな」
ヒロトは頷くと、腕を広げて枝の上に横になった。
日向は顔を赤くしながらも、ヒロトの腕を枕にして横になる。
二人はどう見ても恋人同士に見えない。
事実、同級生のほとんどが、この出来事に巻き込まれて困難を乗り越えていった結果、二人は付き合うことになったのだと思っていた。まさかまだお互いをお互いが幼馴染としか思っていないとは誰も思っていないのだった。
夜が更けていく。
ヒロトはここが異世界だとか、木の上だとか気にせずぐっすりと眠った。
闇夜の中で広角を上げるゲイリーには気付かずに。




