12.勘が良いガキは嫌いだけど利用価値があるんだからしょうがない
ヒロトは自分に疑惑の目を向ける要を無視して、こちらにやって来る卓に意識を集中した。その動きは随分と鈍く、彼の体型を考えても遅すぎる。怪我をしているようには見えないのだが。
しばらくするとようやく卓は姿を現し、えっちらおっちらと近づいてくる。
「もう嫌でござる。森なんか大っ嫌いでござる。環境破壊万歳でござる。お家に帰りたいでござるー!」
それを聞いた日向がまたケラケラと笑い始めた。
「おかしな奴め。いいからとっと来い」
「いや、おかしいのは君たちだからね。この状況はどう考えても普通じゃない。賢い君なら、この森がおかしいことに気付いているだろう」
要の言いたいことはわかる。
この森に群生する植物が日本には存在しないようなものばかりなのだ。さらに言うなら、日本どころか世界中どこを探しても見つからないものなのである。
それにここはただの森ではない。
おそらく、かなり標高の高いところにある森、というよりは山の中だろう。
「確かに良い景色だ。富士山が見えないのが残念だが。日向もこっちに来な」
「うん、行く」
日向は嬉しそうにヒロトの傍に行き、嬉しそうに景色を眺めた。目をキラキラと輝かせており、だいぶ精神状態も落ち着いてきているようだ。
反対に要と卓は目を見合わせ、驚いて日向に目を向けていた。ずっと花だと思っていたのだから無理はない。花だとしても、精神年齢がだいぶ退行してしまってはいるが。
「訳ありなんだ。気にするな」
ヒロトは日向に対して疑問符を浮かべている要と卓にそれだけ言うと、日向と手を繋いで歩き始めてしまった。
要と卓もヒロトたちの後に続く。
「ああ、わかったよ。話したくないなら話さなくていいさ。それよりも今は重要なことがあるからね」
「拙者も気になるでござるが、とりあえずどこに向かっているのでござるか? もう拙者は歩きたくないでござる」
ヒロトは歩きながら後ろを振り返る。
「気付いていると思うが、ここは異世界だ」
「ヒロト殿、この異常事態にさすがにそういうノリは良くないと思うでござるよ?」
卓はすぐに否定するのだが、要は否定しようとはせず、むしろすぐに頷いてしまった。
「認めたくはないけどね。少なくとも日本じゃなさそうだ。で、ここが異世界だと思う根拠は?」
卓が交互にヒロトと要を見てきた。
ヒロトは卓に説明するのは時間の無駄なので省略し、要の質問に答えることにした。
「三つある。一つ、そこら辺に生えている植物は地球に存在しない。二つ、この森に皮鎧と剣と盾を持った集団がいる」
「ちょっと待ってくれ。何で君がそんなことを知っている?」
「それが三つ目。俺はどうやらスキルを手に入れた。半径五十メートルくらいが限界だけど、どこに誰がいて何があるか手に取るようにわかる。そして俺は今その集団から逃げているところだ。ついて来なくてもいいけど、最悪死ぬぞ?」
最後の言葉は卓を見て言った言葉だった。
卓は生唾を飲み込み、何とかついて来ていた。本当に顔色が悪いようだが、止まるわけにもいかないのだ。少なくとも今はまだ。
「そうか、だから宝財院君に気付けたんだね。はぁ、宇宙人のことといい、異世界といい、俄かには信じられないことばかり起きているね」
「天道殿はそんな簡単に信じてしまっていいのでござるか? あまりにも現実離れし過ぎた話でござるぞ」
「そうは言ってもね、今のところ全部鷲目君の言っていることに間違いはなさそうだ。信じるしかないだろう」
「私も信じるよ、ヒロトの言うことなら」
ヒロトは手を繋いだままの日向を見た。
どうやら少しずつ戻ってきているらしい。
「ヒロト殿、どうせ移動するならついでに食料を探しませぬか? 拙者は腹が減って死にそうなのでござるが」
ヒロトが卓に振り返った。
確かに卓の頬がげっそりしているように見えないこともない。
「ちょっと痩せたか?」
「かもしれないでござるね。実を言うともう餓死寸前で……」
すると卓以外の三人が同時に笑い始めた。
「ははは、確かにこういう状況だからこそユーモアは必要だね」
「宝財院君、面白い」
「卓の冗談はいつも面白いなぁ」
だが当の本人は困り顔だ。
「えーっと、ちょっと待つでござる。拙者は至極真面目に餓死するかもと言っているのでござるが」
三人が同時にピタッと笑いやみ、卓を振り返った。
「「「それはない!」」」
ピシャリと言われ思わず黙る卓だが、目にはじわじわと涙が溜まってきていた。
「皆ひどいでござるよー! 拙者はお腹が空いたのでござるー! お腹空いたー!」
「バカ、騒ぐな。こっちに来るだろ。……仕方ないな。ほらっ」
ヒロトはそう言って黄色い箱を卓に投げつけた。
卓はその巨体に見合わない反射神経でそれをキャッチする。
「こ、これは、カロリーフレンド! いいのでござるか? なけなしの食糧でござろう?」
「別になけなしじゃない」
「ヒロト、ジャージにいっぱい仕込んでるもんね」
ヒロトは軽く頷き全員分の食糧を出して配った。
「おそらくここは標高の高い山だ。食わないと日暮れまでに降りれなくなるぞ」
三人は頷きながら食べた。
登山には『シャリバテ』という用語が存在するくらい、エネルギーの補給は必須なのだ。特に糖分は重要で、ヒロトは飴やミニ羊羹などもジャージに仕込んでいた。当然いきなりサバイバルすることを想定して。
エネルギーを補給した三人は再び歩き出すのだが、行き先は全てヒロトが決めている。日向は何も不満なくついてくるが、他の二人は違ったようだ。
「五十メートル先がわかるといっても、下山できるわけじゃないよね? さっきから不規則に歩いているけど、一体どこに向かっているんだい?」
要が笑顔のまま聞いてくる。
いつもの爽やかなポーカーフェイスではあるが、ヒロトにも彼が焦っていることが分かった。
正直なところ、ちょっと良い気分なのだが、彼を敵に回すわけにもいかないので、説明するべきだろう。
「いや、知らんけど」
「ヒロト殿っ!?」
「ああ、いや、実は後ろにいる兵士に見つからないように、先回りして歩いてるんだ。だから行き先は知らないけど、安全な場所に向かっているんだとは思う」
「ああ、そうだったのでござるね。あーびっくりした」
卓はそれで納得してくれたようだが、要はまだ何か疑問があるようだった。
「それともう一ついいかな? さっきから誰にも出会わないような気がするんだけど、ここに飛ばされたのは僕たちだけなのかい?」
ヒロトは内心舌打ちした。
もちろんそんなわけはなく、実はこの探索能力に目覚めてからずっと他の生徒の存在も感知していたのだ。
「いいや、他にもたくさんいる。おそらく一クラス分近くの人間がこの近くにいる。合流しないのは、俺が合流しないように歩いているからだ」
「えっ?!」
「はぁ、やっぱりか……」
日向だけは「そうなの?」というようにこちらを見上げて首を傾げるだけだが、卓は唖然としているし、要は呆れたように溜息を吐いていた。
「そうだと思ったよ。食料にだって限りがあるだろうし、何より足手まといになるだろうからね。加賀美さんのお姉さんや柴雷さんたちと合流しないのは、そもそも近くにいないってことかい?」
ヒロトは頷いた。
「鉄穴森君はどっちかな? いないのか、それとも合流しないのか」
要の質問の意図は明白だった。
そもそも特に仲がいいわけでもない要を助けたのは、要の能力を信頼しているからだ。要という男は、味方にすれば必ず役立つ男なのである。
その点で言えば裕典もそれは同じである。裕典以上に頑丈な男など、ヒロトの知る限りいないのだから。
だがもしヒロトが必要のない生徒を見捨てていると知れば、正義感の塊のような要は必ず激怒するだろう。
ただそれでもヒロトは裕典を助けていたに違いない。なぜなら、
「あいつがいたら合流している。説得なんて簡単だろ、あいつ馬鹿だから」
ということなのだ。
「そうだね。じゃあ、このメンバーが妥当かな。欲を言えばもっと女の子が欲しかったけど。あ、まだ近くにいたりしないかな? 女の子だけのグループとか」
ヒロトが要を選んだのはこういうところだった。
といってもそれは要の女好きのことを言っているわけではなく、要がヒロトと似た思想の持ち主というところで、要もまた、自分が助かるためには手段を選ばないような男なのだ。
「うぅ、ここに悪党がいるでござる。悪代官と越後屋でござる。はっ! 加賀美殿、気を付けた方がいいでござるよ。そこのイケメンと幼馴染は悪党でござるゆえ」
呼ばれた日向はきょとんとした顔を卓に向けた。そしてにっこり微笑む。
「大丈夫よ。だって私も悪党だもん」
「ア、ハイ。ソウデスカ」
ヒロトは後ろで「リア充なんて爆発すればいいのに」と呟いているピザデブを無視し、目に見えていない景色に意識を集中させながら進んだ。
そしてヒロトは急に立ち止まった。
「あ、やばいかも」
「今度は何でござるか?」
「何か向こうに動きがあったのかい?」
「走れ!」
ヒロトは叫ぶと、下に降りるのではなく、横に向かって一直線に走り始めた。同時にジャージのファスナーを下ろし、内側に手を入れて何かを探す。
「兵士に見つかったのかい?」
後ろに続く要が訊いてきた。
しかしヒロトはかぶりを振る。
「ダメっぽいな」
ヒロトは何かを諦めたようにそう言うと、立ち止まって周りの木を眺め始めた。
「あれが良さそうだ。日向、登れるか?」
日向は頷き、ヒロトが手を貸さずともすいすいと木に登っていく。
その後に要が続き、要とヒロトが手を貸すことによってなんとか卓も登ることができた。
ヒロトは四人の中では一番身軽で、まるで猿か忍者のように一気に登って行ってしまった。
「で、そろそろ説明してほしいんだけどね」
「ん、あれ」
ヒロトは説明する代わりに地上を指差した。
ヒロトが指差したのは太い木なのだが、その奥から何かが顔を覗かせている。
やがてそれはゆっくりと姿を現わした。
黄金色の体毛に蒼い鬣、ヒロトの知る地球産のそれよりもなぜか顔が異常に大きい。
地球では百獣の王と呼ばれる四足獣が、真っ直ぐにヒロトたちのいる大木へと向かってきた。




