0×7つめ
「お人形さん、お人形さん 遊びましょ」
夕暮れの和室。
本当はお爺さんの部屋だった。
でも、お爺さんが亡くなってから 線香をあげる時くらいしか入らなくなっている。
ここ、二階堂家は和風な家だ。
お姉ちゃんはまた精神科に行っているのだろう。
お母さんもお父さんも、共働きで誰もいない。
和室の隣にはベランダがある。
襖を背に手を合わせる。
「ミ…ソ……ラ?」
お人形さんが襖を開け、和室へと入ってくる。
「そうだよ。お人形さん。私が美空だよ」
ごめんね。美空お姉ちゃん…。でも、お人形さんのこと 怖いって思ってるのなら…
私に貸して?
「また、今日も遊ぼうね! お人形さん」
誰もいない夕暮れ時。
私は、いつもお人形さんと遊ぶ。
一緒にジュースを飲み、お菓子を食べる。
そして、積み木をしたりかくれんぼをしたり。
夜7時くらいにお姉ちゃんは、帰ってくる。
* * *
「ただいま」
トタトタと妹の鈴音が玄関までやって来る。
「おかえり!お姉ちゃん」
「着替えたら、すぐ夜ご飯作るからね」
「うん!」
鈴音は基本、笑顔だ。
知らない人が見たら、普通のかわいい妹だと思うだろう。
鈴音は変だ。
私は、いや家族みんな 変な子だと思っている。
例えば、誰かと会話している話し声が聞こえたり流しにコップが2つ置かれていたり…。
鈴音は、友達が来たと言っている。
本当かどうかは知らない。
でも…
私が修学旅行に行っていた時、鈴音は ひとりかくれんぼをやっていたそうだ。
何もなかったから、よかったけど。
それでも、変わった妹なのには変わらないと思う。
だからこそ、鈴音にお人形さんを近づけたくはない。
1.
寝ることは、良いことだと思う。
ほら、寝る子は育つって言うし。
だから、私は決して悪いことはしていない。
それが授業中だったとしても…。
「じゃあ、この問題を… 加島!」
私はいきなり、名前を呼ばれ ガタッと席から立つ。
「は、はい!!」
もう、ぐっすり寝てたのに!
数学教師の鐚奈田 義昭は、わからない人をよく当てる。
「この問題、解けるよな?」
「え、えっとー」
普通は解けて当然、みたいな態度も気に入らない。
「わかりません」
「おいおい。それでどーすんだ?」
「クスクス」
私はイラつきと恥ずかしさで、下を向いた。
絶対に許さん!
私は席に座ってから、また眠りについた。
現実逃避である。
2.
「おーい!加島 美海華ちゃーん?」
「ちょっと、鐚奈田の声真似しないでよ!」
「わははは」
友達は、よく私のことをからかってくる。
数学が終わったばかりの教室は、ガヤガヤと騒がしい。
「美海華、まぁた 寝てたでしょ?」
「別に寝ることは悪いことじゃないし」
「ははは、はいはい」
だから、鐚奈田が悪い。
私の睡眠を妨害し、恥とストレスを与える 鐚奈田が悪い!
「でも、鐚奈田も鐚奈田でひどいよねー。わざわざ わかんない人 当てなくても笑。」
友達は他人事だ。
まぁ、それも当然。
友達は数学ができるのだから。
ムスッとしている私に友達は、ひとりごとみたいにぼそっと言った。
「お人形さんとかで殺せたらいいのに」
「へ?お人形さん?」
友達は、私の顔を見て 「知らないの?」という顔で説明を始めた。
「お人形さんっていうのは、一種のオカルト。代償を払う代わりに嫌いな人を殺してくれんの」
「へー、そーなんだ」
お人形さん…うっすら、聞いたことがある。
もし、鐚奈田が死んだら あんな恥もイラつきも味わわなくていいんだ。
だったら、殺してやろうか。
お人形さんを使って。
「お人形さんって、どーやるの?」
「うん?お人形さんのやり方? お人形さんはー」
お人形さんのやり方を言い終わった後に、友達は言った。
「まさか、本当にやるの?」
「さあね」
キーンコーンカーンコーン
ちょうどチャイムが鳴り、この話は終わった。
3.
深夜0時。
ドアを背に正座する。
足はだんだんと痺れてきている。
こんな、簡単な方法で鐚奈田を殺せるなんて。
「お人形さん、お人形さん どうか鐚奈田 義昭を殺してください」
よし、これで明日の朝には鐚奈田はいなくなっている。
「よーし、寝よっと」
寝ることは良いこと。
鐚奈田は悪いやつ。
ガタン
「えっ。なになになになに」
周りを見渡すが、物は落ちていない。
わけではない。
「お人形?」
瞬間、ゾゾっと体全身が震える。
いや、待てよ。そっか。
代償を払うんだった…。
鐚奈田が死ぬことだけを考えていて、忘れていた。
お人形さんと目が合った。
「あ、えっと、その…」
お人形さんは1人でに、むくりと起き上がる。
そして、こっちにヒタヒタと歩いてくる。
「ひっ!いや、あの、えっと」
何も言葉が出てこない。
頭が真っ白になり、何も考えられない。
怖い。
ただ、恐怖だけが体を襲う。
怖い。怖い怖い。
なのに…眠い。
すごく眠い。
今、寝たら いつものように現実逃避できるだろうか。
意識が薄くなってくる。
そうか。私は…
寝ることが好きなんじゃなくて、現実逃避したい だけなんだ……
4.
朝、起きると 私は床に寝ていた。
あれ?お人形さんは?夢?
窓からは暖かな日差しが部屋を照らしていた。
よかった。夢だったんだ。
あれ、お母さんが入ってきた。
何か言っている。
怒っている。
「何をそんなに怒ってるの? あ、寝坊だ」
お母さんは、何かを言っている。
え、何?
お母さんはゆっくりと一言一言 喋り始めた。
「こ?」
「え」
「が」
「き」
「こ」
「え」
「て」
「な」
「い」
「の」
そういえば、声も音も聞こえない。
そうか。あれは…夢じゃなかったんだ。
亜美と鈴音は姉妹です。
ちなみに、鈴音は小学生です(*´꒳`*)